退院と久し振りの飛行タイム!
「はあ、入院しろって言ってくれたグレイさんに感謝しないとね。確かにこれ、部屋で一人だったら絶対に詰んでいるわ。リッティや周りの人達に思いっきり迷惑かけていたかも」
リッティとチムタムを見送ったあと、私は着替えをするだけで右手が使えない不自由さをいきなり思い知る事になっていたわ。冗談抜きで本当に大変。
まず、首のボタンを外せない。
以前と違って今の私には背中に大きな翼がある。
なので着ている服は当然全て背中側が開いていて、翼が出る仕様になっている。服を脱ぎ着する際には、背中の翼にも気をつけなければいけない。
例えば、今着ているワンピースの場合、背中部分がまるっと開いているので首の後ろ側でボタンを留めて前側部分をホールドしている。
もちろん、両袖は前側部分の左右にあるので、袖を通してから首の後ろのボタンを留める仕様よ。
でも、まず着替えようにも右袖が包帯でぐるぐる巻きにされている為に、物理的に袖が抜けない。
結局、どうにも出来なくて助けを呼び、来てくれた看護師さんに右袖を切ってもらう事になったわ。
このワンピース、気に入っていたのになあ。
結局、前回入院した時にも着ていた、入院患者用の脱ぎ着しやすい服を借りてそれを着る事になったわ。
でもって、夕食が用意されたんだけど、今回の私は怪我での入院なので前回とは違って普通食が出た。
それは嬉しかったんだけど、ここでも大問題発生!
そう、水石から水を出せない事案発生だったのよね。
通常、右手で持った水石を左手の指先で軽く弾き、水石の周りに水が染み出してきたらもう一度左手で衝撃を与えて出てきた水をカップに落とすわけだけど、今の私の右手は完全なる役立たず。
なので左手で水石を持ってみたんだけど、どう頑張っても水石を片手では弾く事が出来なかった。
色々やってみたけど、水石を持っている左手では水石をどうやっても弾けなくて、腫れ上がった右手の指で弾いてみようとしたんだけど、これはちょっと力を入れて水石を指先で叩こうとして水石に触れた瞬間、肩まで響いたあまりの痛みに悲鳴を上げただけで終わってしまった。
結局、これも助けを呼んで看護師さんに水石を弾いて水を出してもらう事になった。
うん、次からは誰か来た時にお願いしてカップに水を出しておいてもらおう。
カトラリーは、なんとか不自由ながらも左手でも使う事が出来たんだけど、パンの実をちぎる事すら出来ず、結局お行儀悪くパンの実を丸齧りしたのでした。
「うう、こんなに不自由だとは思わなかったわ」
とにかく、何かしようとする度に片手では出来ない事案が発生してその度に看護師さんに助けを求める羽目になってしまい、申し訳なさすぎて毎回謝ったわ。
気にしないで遠慮なく助けを求めてね。その為の入院なんだからと、笑ってそう言ってくれる前回もお世話になった看護師さん達に、もう一回改めてお礼を言った私だったわ。
結局、十日も入院する事になってしまい、抜糸が終わってまだ不自由はあるものの退院の許可が出た時には、思わず喜びの声を上げた私だったわ。
ちなみに、ここにはそもそもお金の概念が無いので、何か欲しければ物々交換が基本。
怪我や病気で入院したり治療してもらったりした場合、特に個人で何か支払う必要はない。基本全て無料。
もちろん怪我や病気で入院した場合には、着替えも貸してもらえるし当然症状に合った食事も出る。
これに関しては、相互扶助が徹底している世界なのよね。
でも、私は何かお礼がしたくて、少し考えて手持ちの大きめの水石をいくつか施療院に寄付しておいたわ。
すごく喜ばれたので、今回もそれでいくつもり。
この世界に来てすぐの一人の時に知らずに集めた手持ちの水石は、まだまだたくさんあるからね。
「ルリ〜〜〜〜〜〜〜迎えに来たわよ〜〜!」
「退院おめでとう! グレイも来たがっていたんだけど、今日は別の浮き島へジェムモンスターを狩りに行っているのよね」
受付で退院手続きを取り、ここでお礼の水石を渡してから外に出ると、笑顔のチムタムとリッティが揃って出迎えてくれた。
グレイさんがいなかったのはちょっと残念だったけど、お仕事なら仕方ないわよね。
ちなみに、入院している間は前回同様にお見舞い制限がされていたみたいで、今回もグレイさんが一人で来ることはなかったから、あれからゆっくりまだ一度も話が出来ていなかったりする。
まあ、二人きりになったら何を話して良いかなんて全く分からないので、助かったと言えば助かったのよね。
「出迎えありがとうね。まだちょっと無理に動かすと痛いけど、もう明日から採取に行っても良いって許可も貰ったわ」
前回の入院と違い体自体は健康なので、カシム先生からは、右手に無理させなければもう動いても問題ないと言われている。
「そうなんだね。じゃあまた一緒に採取に行けるわね」
嬉しそうなチムタムの言葉に、私も笑顔で頷く。
「チムニーも今日退院なの。今から迎えにいくからルリも一緒に行きましょう」
「そうなのね。じゃあ行こうか」
笑ってそう言い、三人一緒に入院棟へ戻る。
一応、入院棟は同じだけど私とチムニーの入院していた階は違ったので、私の方からいつも会いに行っていたわ。
退屈だと言って拗ねていたチムニーだったけど、翼の怪我の回復は順調だったらしく、もう翼には包帯は巻かれていない。
怪我をした右手も、傷自体はごく軽症だったみたいで、今は軽く包帯が巻かれているだけ。
それから酷くちぎれていた風切り羽は、全部自分で引いていて、歯抜けになった部分からは羽鞘がすでに何本も生えてきている。すでに先が解れ始めているものもあるから、きっとすぐに綺麗な風切り羽が生え揃うだろう。
準備万端で待っていたチムニーを引き取り、受付でチムニーの退院手続きを取ってから全員揃って入院棟の外へ出る。
私物は全部収納してあるので、今の私は身軽そのものよ。
「じゃあ、飛んでみましょうか」
笑顔のリッティの言葉に私も笑顔で頷き、背中の翼をゆっくりと広げて一つ深呼吸をする。
チムニーを抱き上げたチムタムとリッティも、それに続いてそれぞれ翼を大きく広げた。
「行きます!」
笑ってそう言った私は、そのまま数歩駆け出し思いっきり地面を蹴って飛び上がった。
懐かしい、ググッと体が持ち上がる感覚があり、それにタイミングを合わせて翼を大きく羽ばたかせる。
「飛んだ!」
「すごいわルリさん!」
背後から追いかけてきて飛び立ったチムタムとリッティの嬉しそうな声が聞こえる。
チムタムに抱えられたチムニーも、すごいすごいと言って拍手してくれている。
「ええ、もう大丈夫よ。本当に今までたくさん助けてくれてありがとうね」
羽ばたきながら振り返った私はそう言って声を上げて笑い、痛くない方の左手をリッティと繋いで並んで飛びながら、空を飛べる嬉しさと幸せを文字通り全身で味わっていたのでした。
「ああ、ルリさんが飛んでる!」
「退院したのね、おめでとう!」
「すごいすごい! ルリさんが本当に飛んでる〜〜〜!
その時、カーク君とキース君、それからチムタムと仲の良いロアが揃って飛んできて私の周りに集まる。
皆と一緒に並んで飛びながら、私は飛べる幸せを噛み締めつつもう一度声を上げて笑ったのでした。




