私とグレイさんのそれぞれ
「あら、いいの? 狩猟組に入ればいつでもグレイさんと一緒にいられるわよ」
にんまりと笑ったチムタムの言葉に、もう一回悲鳴を上げて上掛けの中へと逃げ込む私。
「ええ、それってどういう意味よ?」
不思議そうなリッティの言葉に、今度はチムタムが嬉々としてさっきのグレイさんの言葉と私の答えを報告した。
ついでに、私が全くその言葉の意味を理解していなかったのに、完璧に答えた事も併せて報告していて、リッティからはもうこれ以上ないくらいの嬉しそうな笑いと拍手をいただいたわ。
「ねえ、ルリったら、そんなところに隠れていないで顔を見せてよ」
笑ったリッティにゆさゆさと体を揺らされて、上掛けに顔を隠した私は必死になって首を振った。
「照れるルリも可愛いわねえ。ううん、それにしても我が弟はよくやった! 見直したわ。後で褒めておこうっと」
笑いながらそう言うリッティの言葉に、チムタムも大笑いしながら私からも褒めておくわ、なんて言ってまた吹き出している。
「もう、皆して面白がってる!」
咄嗟に左手をついて体を起こした私は、口を尖らせつつ文句を言った。
「そんなの、人の恋路ほど面白いものはそうないわよね!」
「そうよ。それが身内の恋バナだなんて、これを楽しまずして何を楽しむのよ!」
「お願いだから、両手を握りしめてそんな事を二人揃って宣言しないでちょうだい」
頭痛がしそうな頭を軽くおさえながらの私の言葉に、リッティとチムタムは揃って吹き出して大笑いしていたわ。
*
「はあ、これほど緊張したのは、生まれて初めてワイバーンと対峙した時以来だな。でも、なんとか受け入れてもらえたようで良かった……迷惑がられたらどうしようかって、割と本気で思っていたからなあ」
チムタムに引っ張られて入院棟へと戻っていったルリを見送り、大きなため息をひとつ吐いてからそう呟いた俺は、とにかく表の診療所へと向かった。
子供組の手伝いと護衛を兼任しているヴァッシュとアンジーが怪我をしたと聞いたので、様子を見に行く為だ。
「おうグレイ、ここにいたのか。ルリさんは?」
その時、施療院の建物の前で軽い羽ばたきの音がしてワルターともう一人、狩猟組で俺達と同世代のガスティが俺の両横に降りてきた。
「ああ、ルリもやはりあの短剣でファングワームと戦って怪我をしていたよ。しかも聞いたところ、一人で普通サイズのファングワームを合計二匹倒し、チムニーと二人がかりで最大サイズのファングワームも倒したらしいぞ。その際、チムニーは右手と翼の先を少し怪我したらしい。風切り羽もかなり齧られて酷い状態だったよ。だが後遺症が出るほどの怪我ではないとの事だが、しばらくは経過観察の意味も込めて入院だそうだ。ルリも、右手首にファングワームの口の牙で引っかけたらしい怪我があって縫ったそうだ。彼女も、しばらくは入院するそうだよ」
やや早口になってしまったがそう報告すると、二人は揃って真顔になった。
「最大サイズのファングワームをチムニーとルリさんだけで倒し、さらに彼女は普通サイズのをあと二匹も一人で倒した?」
「それは凄いな。短剣の訓練の時にはあれだけ怖がっていたのに、ルリさんは実戦で度胸が座るタイプだったのか」
驚くガスティの言葉に続き、ワルターも感心したようにそう言って入院棟を見た。
「ちなみに一匹目は、チムニーの翼に齧り付いたファングワームの口に、真っ直ぐ短剣を突っ込んで倒したんだそうだ。手首の傷はその際に、勢い余って手首まで口の中に突っ込んで口の回りにある小さな牙に引っかけたんだと。さすがにそれは注意しておいたよ。最悪の場合、噛みつかれたら手首ごと持っていかれていたところだってな」
「おお、それは俺でも注意するな。で、二匹目は?」
「怪我をしたチムニーを抱いて逃げる際、思いっきり飛び上がって弧を描きながら落ちたら、その先にファングワームが飛び出してきて、そのまま成り行きで思いっきり踏んづけたそうだ。で、そのまま踏み潰して倒したそうだ。ファングワームを踏み潰したとは初めて聞いたよ。俺でもやった事はないな」
苦笑いしながら右足を軽く上下させると、ワルターとガスティが揃って吹き出した。
「そりゃあ凄い。ルリさんを是非とも狩猟組にお誘いすべきだな」
「全くだ。これで飛べれば怖いもの無しだな」
笑った二人の言葉に、俺も苦笑いしつつ頷く。
「そうそう、それでルリは飛べるようになったらしいぞ。咄嗟にファングワームから逃げる為に飛び上がって羽ばたいたら、そのまま飛べたそうだ。本当に良かったよ」
嬉しそうに翼を広げて報告してくれた時のルリの顔を思い出しつつそう告げると、ワルターだけでなくガスティまでが揃ってにんまりと笑った。
「ほう。それはめでたい。後でお祝いを言っておかないとな」
「で、お前はそれを聞いてどうしたんだ? 確かこの前飲んだ時に、彼女が飛べるようになったら、どうするって言っていた? ん?」
ワルターにそう言われて、俺は咄嗟に返事が出来なかった。
「ん? 言ったのか? どうなんだ?」
「腕を突っつくな!」
指先で揶揄うように突っつかれて、思わず腕を振ってそう叫ぶ。
「はいはい、で?」
揃ってにんまりと笑った二人に左右から覗き込まれて、顔を上げた俺は胸を張って口を開いた。
「ちゃんと言ったぞ。元気になったら、手を繋いで一緒に飛ぼうって」
やや口ごもりつつもきっぱりとそう言うと、二人から感心したような声と共に拍手された。
「おお、よしよし。やっと腹を括ったな。それで、彼女は?」
「怪我が治ったら……」
「「治ったら?」」
「また一緒に飛んでくださいって、答えてくれたよ!」
最後はちょっと大きめの声でそう言うと、もう一回二人から拍手をもらった。
「素晴らしい!」
「おめでとうグレイ。やっと両片思いから両思いへ進めたな」
「ああ、ありがとう。俺も安堵したよ」
さすがに恥ずかしくて俯きつつそう言うと、拍手をしていたワルターが突然真顔になった。
「なあ、まさかとは思うけど、ちゃんと伝わっているよな?」
「「え? 何がだ?」」
俺とガスティの声が重なる」
「ほら、ルリさんはまれびとだから、言葉通りに受け取っただけ、なんて事は……」
ワルターの言葉に、一瞬目の前が真っ暗になった気がした。
「た、確かに」
口元に手をやり、彼女の笑顔を思い出す。無邪気に答えたその言葉には、冷静に考えると告白を受けた嬉しさも無かった気がする。
「そ、そこはチムタムが説明してくれていると信じたいが……どうだろう?」
「あはは、頑張れグレイ」
「ううん、まだまだ道のりは遠そうだな」
腕を組んで真剣に悩む俺を見て、ワルターとガスティはそう言いながら揃って乾いた笑いをこぼしていたのだった。




