私の怪我と入院の指示
「ええ、やっぱり入院ですか?」
戻ってきたグレイさんに、カシム先生が呼んでいるからと言われて施療院へひとまず戻ったんだけど、もう一度診察室へ通されて言われたのは、やはり入院した方がいいとの言葉だった。
「でも、前回と違って怪我は手だけですし……」
右腕を固定している三角巾を引っ張りながそう言うと、カシム先生は困ったように首を振った。
「まあ、部屋に帰りたい気持ちは分かるが、その様子を見るに最低でも数日は入院した方がいいな。ルリさんは、部屋は一人なんだろう? 何か不自由があった時にすぐに助けを呼べる環境の方がいい。それにグレイも言っていたと思うが、確かに利き腕の怪我は色々と不自由だからな」
苦笑いしているカシム先生の言葉に、私も苦笑いしつつ頷く。
ここでは、成人になると本人が希望すれば個室をもらえる。ちなみに、ここでの成人年齢は十八歳なんだって。
もちろん成人年齢になっても、そのまま家族と一緒に住んでいる人達も大勢いるわ。
成人年齢になったばかりのカーク君やキース君、チムタムも、まだ当分はご家族と一緒に住むんだって聞いた事がある。
この親子で住む場合は、私が住んでいる独身女性が住む女性棟とはまた違う大きな建物があって、そこはそれなりに部屋数のある家族用の部屋がある建物で、そのまま家族棟って呼ばれている。
ちなみに、夫婦二人だけの人達が住む、夫婦棟って呼ばれている建物もあるのよね。
以前ワルターさんから聞いた話では、そこは密かに新婚棟って呼ばれているんだって。
要するに、子供が生まれれば家族棟に引っ越すので、新婚さんばかりが住んでいるらしい。
私は女性棟に住んでいるんだけど、以前は上の階に、今は一階に自分の部屋をもらっている。
そこはいわゆるワンルームで、ベッドと戸棚があるくらい。
部屋自体もそれほど広くないし、お手洗いや水浴びをする水場なんかは別なので、まあ色々と共同生活って感じはするけど、それでも人目を気にせず寛げる自分の部屋があるのは嬉しい。
「入院手続き用の書類は回しておいたから、受付で手続きだけして書類をもらったら、そのまま入院棟へ行けばいい。お大事に」
もう一度苦笑いしたカシム先生にそう言われて、色々と諦めた私は素直にお礼を言ってから診察室を後にしたわ。
「ルリ! どうだった?」
廊下には、チムタムとグレイさんが待っていてくれた。ご両親は、チムニーに今夜は付き添うんだって。
「やっぱり入院しなさいって言われちゃたわ。残念! 帰れると思ったのに〜〜」
困ったように笑いながらそう言うと、何故か二人揃って大きなため息を吐いていたわ。
「そうよね、よかった。ルリはそんな事言うけど、私も入院した方がいいと思うわ。チムニーもそうだけど、絶対今夜は痛みが出ると思うし、指がそれだけ腫れていればほぼ動かないだろうから、片手では服を着るのだってかなり不自由だろうからね」
手首部分は包帯でぐるぐる巻きにされているんだけど、指は半分ほど包帯から出た状態で固定されている。
「ええ、何これ!」
チムタムにそう言われて自分の指を見た私は、思わずそう叫んでいた。
だって、細くて力の無い、いかにも女性の指って感じだった私の細い指は、これ以上ないくらいにパンパンに腫れ上がっていたのよ。
多分、太さだけで言えばグレイさんの指より太いくらい。
「だから言っただろうが。おそらく指はもっと腫れるぞ。それに当分はかなりの痛みが出るだろうから、すぐに助けを呼べるこっちにいた方がいい」
真顔のグレイさんの言葉に、確かにそれもそうかとようやく納得した私は、カシム先生に、私を入院させるように言ってくれたグレイさんに改めてお礼を言ったのでした。
右手に怪我をしていて字が書けないので、チムタムが代わりに受付で入院手続きを取ってくれて、入院手続きの書類一式を受け取り、なんとなくそのまま三人で入院棟へ戻った。
「そうだ。この短剣、おそらく牙に当たった時についたんだろう。ちょっと刃こぼれが出ているから手入れして研ぎ直してから返すよ。入院している間は、さすがに武器は必要ないだろうからな」
笑ったグレイさんが、さっきの短剣を一瞬で取り出し、刃の部分をそっと指先で撫でながらそう言ってくれた。
「お、お願いします!」
短剣の手入れなんて全く考えていなかった私は、グレイさんの言葉に慌ててそう言ったわ。
うん、今度時間のある時に手入れの仕方も教わっておこう。
「まあ、こんなのは使わないに越した事はないが、今回は役に立ったみたいだな。本当にルリが無事でよかった。その怪我なら、まあしばらくは不自由だろうが後遺症も無かろう。それにしても、最大サイズのファングワームは、俺達でも相当慎重に相手をするんだぞ。それをルリとチムニーの二人だけで倒したとはな。冗談抜きで、改めてチムニーを褒めておくよ。咄嗟の時に体が動く子は貴重だ。大きくなったら、是非とも狩猟組に入って欲しいところだ」
また一瞬で短剣を収納したグレイさんは、笑ってそう言うと入院棟を見上げた。
「じゃあ、俺はここで失礼するよ。怪我をしたと聞いたから、ヴァッシュとアンジーの様子を見てくる」
扉の少し手前で足を止めたグレイさんは、そう言って私に向き直った。
「こんな時だが、改めて言わせてくれ。ルリ、飛べるようになったんだってな。本当におめでとう。元気になったら……その、手を繋いで一緒に飛ぼう」
何やら言い淀みつつも笑顔でそう言ってくれて、本当に飛べたんだって実感がじわじわ湧いてきて思わず笑顔になる。
「ありがとうございます。怪我が治るまでまだしばらくかかりそうだけど、元気になったらまた一緒に飛んでください」
笑顔でそう言うと、何故かグレイさんが真っ赤になった。
そして、何故か横で悶絶しているチムタム。
「ええと……?」
「じゃあ行きましょう! グレイさん、またね! ルリは確かにお預かりします!」
唐突に大声でそう言い私の左手を握ったチムタムは、満面の笑みでグイグイと私の手を引いて入院棟に入っていった。
ええと、急にチムタムがご機嫌になったのは、どうしてなのかしら?
意味が分からなくて首を傾げる私が振り返ると、苦笑いしたグレイさんが扉の向こうから手を挙げて見送ってくれていた。
右手は固定されていて振り返せないので、右手を少しだけそのまま動かしてから笑って大きく頷いた私だったわ。




