チムニーの怪我と私の怪我
「チムタムさん。チムニー君の治療が終わりましたよ」
笑いがおさまったタイミングで、施療院から出てきた看護師さんがチムタムを見つけて駆け寄ってきてそう教えてくれた。
「ありがとうございます。ええと、もう帰れますか?」
頷いたチムタムの質問に、その看護師さんは困ったように首を振った。
「チムニー君は、重症ではありませんでしたが翼に怪我をしていましたからね。まだ未成熟な翼の怪我は、特に慎重に治療しなければいけません。念の為、数日は怪我が化膿しないかなど予後の確認もありますので入院になりますね。オリーブちゃんも、数日は入院になると聞いています」
「分かりました。では、あとで着替えなんかを持ってきますね。よろしくお願いします」
そう言ってため息を吐いたチムタムは、一礼して戻っていく看護師さんを見送ってから、私を振り返った。
「ルリさんは、もう帰っていいの?」
「一応そう言われているわ。まあ、毎日湿布を交換しに来なさいとは言われているけどね。治療してくれたカシム先生からは、入院するか? と言われたんだけど、絶対に入院するようにとは言われなかったわ。私は出来れば自分の部屋で寝たい。やっぱり入院棟は気を使うからね」
苦笑いした私の言葉に、横にいたグレイさんが真顔になる。
「じゃあ、ルリさんは部屋に戻って休んでいてちょうだい。かなり出血もしていたみたいだから、少しでも休んでおいた方が良いわ」
「ええ、それほど痛くないから大丈夫よ。痛み止めも効いているみたいだからね。今日の採取した分はまとめて収納しているから、これの整理もしないと駄目でしょう?」
何でもない事のように笑ってそう言うと、チムタムには、それは急がないからとにかく休むように言われた。
大丈夫だともう一度言って断ろうとしたら、グレイさんに左の腕を軽く叩かれた。
「待て、ルリ。無意識だが、まだルリは初めてのファングワームとの戦いと飛べた事でかなり気分が高揚している。だからそれほど痛く感じないだけだ。間違いなく今夜は……いや、このあと数日はかなりの痛みが出るだろうから、先生に頼んで痛み止めは絶対にもらっておけ。それから、出来れば今夜は一人ではなく誰かと一緒にいた方がいい。俺は入院した方が良いと思うぞ」
真顔のグレイさんにそう言われて、三角巾で固定された右腕を見る。
「それほど重傷じゃあないから、大丈夫だと思いますけど……?」
右腕を軽く動かしながらそう言うと、ため息を吐いたグレイさんはゆっくりと首を振った。
「利き腕の怪我は、意外なくらいに日常生活で不自由が出る。せめて、固定しなくても良くなるまでは、入院した方が良いぞ。処置してくれたのは、カシム先生だったな。ちょっと確認してくる」
ため息を吐いたグレイさんは、そう言って足早に施療院に駆け込んで行った。
「ええと……」
チムタムと顔を見合わせた私が困ったようにしていると、こちらもため息を吐いたチムタムが私の左腕をそっと掴んだ。
「とにかく、一度チムニーの顔を見に行くから、ルリさんも一緒に来てくれるかしら。父さんと母さんも、すぐに来ると思うからね」
「そうね。じゃあ行きましょう」
頷き合って、そのまま並んで施療院の受付へ行き、チムニーの入院手続きを取る。
それから受付で聞いた入院棟の部屋へ、チムタムと一緒に向かった。
ちなみに、タイハクオウムで、真っ白で大きな翼を持つチムタムとチムニーのご両親は、私もよく知る方達。
まずお父さんのお名前はローダンさん。学び舎塾と呼ばれる、ホームが管理する学校で子供達に文字や計算なんかを教えている優しい先生。
ここに来てすぐの頃にチムタムからお父さんを紹介された時、算数の先生だと聞いて私が因数分解についてちょっと話したらもの凄い勢いで食いついてきて、数学の基礎を一から説明する羽目になったのは、今では良い思い出ね。
リリアさんってお名前のお母さんは、留守番組でお裁縫の達人。
退院したあと、採取に出られなくてしばらく留守番組に入れてもらっていた時には、私もかなりお世話になったわ。
お裁縫が下手な私に一から全部教えてくれた、教え上手で笑顔の素敵な優しい美人さんよ。
丁度、入院棟へ向かっていた時に、チムタムのご両親が文字通り飛んで来たので、そのまま合流して一緒にチムニーの部屋に向かった。
私の右腕を見てもの凄く心配してくれたご両親に、あの時の事を簡単に説明して、私を守ってチムニーがあんな怪我をした事もあわせて伝えた。
頭を下げる私を見てご両親は、ルリさんが無事で良かった。さすがは私達の息子だって、そう言って笑ってくれた。
大切な息子さんが怪我をしたのに一言も私を責めないご両親の優しい言葉に、もう泣きそうになった私だったわ。
「どうして俺が、オリーブと一緒の部屋なんだよ! 普通、男女は別の部屋じゃあないのか?」
廊下を歩いていると、元気なチムニーの声が聞こえてきて、思わず立ち止まった私達が揃って吹き出す。
「おうおう、一丁前の口をきいているなあ」
笑ったローダンさんが、そう言いながら部屋に入る。笑顔で頷き合った私達もその後に続いた。
「あ! 父ちゃん! 姉ちゃんに母ちゃんも! ええ、ルリが怪我してる! 大丈夫なの?」
ベッドに座っていたチムニーが、三角巾で腕を吊った私を見て血相を変えてそう言ってくれた。
「うん。こんな見た目だけど、怪我は大した事ないから大丈夫よ。気にしないでね」
出来るだけ平気そうにそう言ったんだけど、真顔になったチムニーは私の右手を見てから首を振った。
「三角巾で固定するなんて、それは大した事ない怪我なんかじゃあない。いいから座って。顔色も悪いよ」
真顔になってそう言ったチムニーは、ベッドの横に置いてあった椅子を指さしてそう言ってくれた。
確かにちょとふらついていたので、素直にお礼を言って座らせてもらったわ。
今のチムニーは、翼の先のところにだけ包帯が巻かれているので、グレイさんの時のように翼そのものを固定しているわけではない。
でも、翼全体にあちこち傷があって羽がちぎられて一部はハゲみたいにになっている箇所もあるし、風切り羽もかなり酷く何箇所も千切られているのを見て、私の方が泣きそうになったわ。
「せっかく綺麗に生え揃ったのに……これは、生え変わるまでかなりかかりそうね」
思わずそう言うと、苦笑いしたチムニーは振り返って自分の翼を見た。
「先生にもそう言われた。でも、怪我は翼の先のところをちょっと齧られただけで、血は出たけど骨にも異常はないから、全然大した事ないって。痛みもそれほど無いから俺は元気だよ」
笑ってそう言うチムニーだったけど、彼の方こそ顔色が悪いと思う。
「チムニー、それは違うわ。貴方は今、ファングワームとの戦いで興奮して気分が高揚しているから痛くないだけ。きっと今夜には痛くて寝られなくなるわよ。だから、お願いだから大人しくしていて」
さっきグレイさんに言われた言葉をそのまま返す。そしてグレイさんが真顔でああ言ってくれた意味がよく分かった。
あんな顔色で大丈夫だ、元気だなんて言われても全く信用出来ない。さっきの私も、きっとこんな風だったんだろう。
「わかったよ。わかったから怒らないで」
「怒ってない。心配してるの!」
思わず怒った口調になってしまい、拗ねたように口を尖らせるチムニーを見て思わず謝った私だったわ。




