施療院にて
「大丈夫だからね。すぐに先生に診てもらおうね」
ホームに向かって必死に飛んでいた私は、腕の中で震えるチムニーに必死になってそう言い聞かせた。
「ルリ姉さん、もしかして……飛んでる?」
その時、少しだけ薄眼を開けてぎゅっと私の服を掴んだチムニーが、小さな声でそう尋ねる。
「うん、逃げようと思って咄嗟にやったら飛べたの。もうビックリだよね」
あえて笑いながらそう言うと、少しだけ顔を上げたチムニーは涙でぐちゃぐちゃになった顔で、それでも笑ってくれた。
「すげえ、ルリ姉さん。本当に飛べるようになったんだ。賭けは、俺の負けだね」
「そうだね。助けてくれてありがとうね。チムニーは私の命の恩人だよ。ファングワームに斬りかかったところなんて、すっごく格好良かったよ」
ぎゅっと抱きしめながらそう言ってやると、チムニーは嬉しそうに笑った。
「だって、俺は班長だから、皆の安全を守るのも俺の仕事なんだぞ!」
「そうね。頼りになる班長がいてくれて安心だわ」
もう一回ぎゅっとチムニーを抱きしめた私は、見えてきたホームのどこに降りるべきか考えて隣を飛ぶチムタムを見た。
「施療院の庭に降りましょう。あそこならすぐに治療室へ運べるわ」
真顔のチムタムの言葉に頷き、ホームを飛び越えて奥にある施療院へ向かった。
「ええ、ルリさん!」
「ちょっと待って! ルリさんだけじゃあなくて、チムタムも血まみれの子供を抱いているわ!」
「早く担架を! 二台よ!」
庭に降り立った私とチムタムを見て、施療院から駆け出してきた看護師の方達が一斉に動き出す。
「怪我人をここへ!」
即座に持ってきてくれ担架に、とにかく抱いていたチムニーを下ろして寝かせる。
「お願いします。ファングワームに翼を齧られたんです! それに腕にも怪我をしています!」
「了解です! おい、運ぶぞ!」
大柄な男性二人がかりで運ばれていくチムニーを見送った途端、私はヘナヘナとその場に座り込んだ。
「あはは、今更だけど、怖くなってきたわ……」
自分でもおかしいくらいにガタガタと体が震え始めた。
チムニーを運んで飛んでいた時は、もう必死だったから考える余裕がなかったけど、我に返ってあの巨大なファングワームと戦ったことを思い出し、更には突然飛べるようになってここまで一気に飛んで来た事も思い出して、さらに震えが大きくなる。
「ルリさんもこちらへ。貴女も怪我をしていますね」
「いえ、私は大丈夫です。これはチムニーの血です!」
駆け寄ってきてくれた看護師の人にそう言われて、慌ててそう言いつつ首を振る。
確かに私の服には、チムニーを抱いた時についたのだろう血の跡が点々とついているので、怪我をしていると思われたのだろう。
「いえ、そちらではなく、右腕が……」
そう言ってそっと右腕を取られて、突然手首から肩まで走った痛みに悲鳴をあげた。
よく見ると、明らかに噛み跡のようなギザギザに抉れた傷跡が手首から少し上のところにあって、手首が全体に真っ赤になっている。
「あ、これって……」
必死すぎて全く気がついていなかったけど、これはチムニーの翼に噛みついたファングワームを倒した時に剣ごと手首まで口の中に突っ込んだから、おそらくあの時に牙の根元にあった小さな歯にやられたんだろう。
「立てますか? 無理なら担架を持ってきますよ」
優しいその声に我に返って慌てて首を振る。
「だ、大丈夫です。あの、手を貸してください。ちょっと腰が抜けちゃったみたいで……」
困ったように笑いながら左手を差し出すと、笑顔で握って引き上げてくれたのでなんとか立つ事が出来た。
そのまま、その看護師さんに連れられて診療所の中へ入る。
「あ、チムタムは……?」
ここで我に返って慌てて背後を振り返ると、狩猟組の人と話をしていたチムタムが見えた。
報告は彼女に任せて大丈夫だろう。
森に残った皆が心配ではあるけど、この状態で戻っても邪魔になるだけだからまずは大人しく治療を受けるべきだろう。
ため息と共にそう考えて、震える足を叱咤しつつ案内に従って廊下を歩いた。
手首の傷は私が思っていたよりも重症だったらしく、結局、縫われました。
治療室に入ったところにいたのは、施療院の責任者でもあるカシム先生だった。
私の手首を見るなり真顔になったカシム先生に渡されたのは、何度か採取した事のある、痛み止めのハシシの葉を袋に入れて濡らしたもの。
以前、大怪我をして運ばれてきたグレイさんの治療の際にも使ったこれは、いくつかある痛み止めの中でも最強の効能なんだって聞いた覚えがある。
「これはさすがに縫わないといけないからね。これを口に入れたらとにかく噛んで、出てきた汁を飲み込むんだよ」
口をもぐもぐさせながらそう言われて、とにかくガムを噛むように口を動かす。
「苦っ!」
思ったよりも苦い汁が出て、思わずそう叫んだわ。
「まあ、それは諦めてくれ。じゃあ患部を洗うからな。ちょっと沁みて痛いぞ〜〜」
私の右手を取ったカシム先生は、軽い口調でそう言いながらまずは大きな水石から出した水で洗ってくれる。
確かに思いっきり沁みて最初は悲鳴をあげたんだけど、だんだんと痛く無くなってきて驚く。
「効いてきたな。だがもうちょい噛んどけ」
手早く治療道具を手にしながらそう言ったカシム先生は、何度か患部周辺を押さえて痛みの確認をした後、あっという間に私の酷い傷を縫い合わせてくれた。
さすがに縫っているところを見るのは怖かったので、そこは必死でもぐもぐしながら目を閉じていたんだけどね。
でも、その間中マジで全然痛く無くなっていて、ハシシの葉の思わぬ効能の凄さに割と本気で驚いた私だったわ。これはもう完全に麻酔レベルだと思う。
でも、他の感覚もほぼ麻痺しているので、今帰るのはかなり危険だと思うわ。
その後に、患部には痛み止めや化膿止めなどの入った軟膏を分厚く塗られて湿布されて、包帯をぐるぐる巻きにされた。そして三角巾で右腕は完全に固定されてしまった。
それから、最後に水薬を渡されてその場で飲まされた。
聞けば、これを飲んでしばらくするとハシシの効果が無くなるんだって。
体の感覚が戻れば帰ってもいいと言われて、素直に頷く。
「骨に異常はないが、傷がかなり深い。当分は無理に動かず部屋で安静にしているように。それから、湿布の交換は毎日するように。来るのが大変なら、また入院するか?」
カシム先生の言葉に、私は笑顔で首を振った。
「大丈夫です。飛べるようになったので、ここにもすぐに来られます」
こう言える自分が嬉しくて笑顔が止まらない。
「ええ、そりゃあ素晴らしい。良かったな。だが、当分は無理は禁物だぞ。翼の筋肉も衰えているだろうからな」
「分かりました。ありがとうございます」
改めてお礼を言ってから、治療室を出ると、廊下でチムタムが待っていてくれた。
「ねえ、チムニーは! それにオリーブも!」
彼女が何か言うよりも早く、思わず駆け寄りながらそう叫ぶ。
「二人とも、まだ治療室よ。でも、さっき看護師の方から、二人とも翼そのものの怪我はごく軽症だから、後遺症が残るような程じゃあないって言われた。もうそれを聞いて本気で腰が抜けたわ」
「良かった〜〜〜〜」
血まみれの翼を見て最悪の場合を考えていた私もそう言うと、揃って安堵のため息を吐いた彼女と左の手を取り合って揃って、その場にヘナヘナと崩れ落ちたのだった。




