チムニーの負傷と私の翼
「ルリ、とりあえずこれまとめて収納して置いてくれるか。この薬草は、赤い色自体が薬効成分らしいんだけど、ちぎった状態で日に当てるとどんどん色が薄くなるから、こまめに収納して欲しいんだよ」
そう言って、いつものカゴとは違った蓋付きにになっていたカゴを渡してくれる。
「ああ、どうして蓋付きなのかと思っていたらそんな意味があったのね。了解。じゃあそれももらうわね」
笑ってカゴを受け取り、中身だけ収納して空になったカゴを返した。
「おう、よろしく……」
笑ってカゴを受け取ったチムニーが嬉しそうにそう言ったんだけど、私を見たっきり何故か急に黙ってしまった。
「ん? どうかした?」
「ルリ! 逃げて!」
私が首を傾げて尋ねるのと、大声でそう叫んだチムニーが一瞬で短剣を取り出すのはほぼ同時だった。
そして、小さな体なのに驚くほどの力で私を横に突き飛ばしたチムニーが私と入れ替わるようにして前に出た。
「チムニー!」
目に飛び込んできたまさかの事態に、私も大声でそう叫んでいた。
だってさっきまで私が立っていた場所の奥にあった大きな茂みから、あの模型で見たのよりもはるかに大きなファングワームがいきなり飛び出してきたんだもの。
そして、短剣を手にして私と入れ替わるようにしてその場に飛び込んでいったチムニーが、そのファングワームに切り掛かっていった。
グギギギギ!
撫で斬りにされて嫌がったのだろう、金属を擦り合わせたような、聞くだけで嫌悪感しか無いような音が聞こえた。あれがファングワームの鳴き声。
「ルリ、逃げて!」
もう一度そう叫んだチムニーは、呆然としていて動けない私を見てからもう一度その大きなファングワームに切り掛かった。
「うわあ!」
だけど、正面から戦っていた巨大なファングワームの横から、もう一匹、あの模型くらいの大きさのファングワームが不意に飛び出してきた。
そしてそいつはチムニーの翼にいきなり噛み付いたの。
チムニーの悲鳴と共に、真っ白な、せっかく生え揃ったばかりの風切り羽根がいくつも長い牙に噛みちぎられて舞い飛ぶ。
噛まれたチムニーの真っ白な翼から血飛沫が上がるのを見て悲鳴を上げた私は、咄嗟に取り出したグレイさんから貰ったあの短剣を手にチムニーのところへ飛び込んでいった。
そして、チムニーの翼に噛みついたファングワームの口元に手にした短剣をまっすぐに突っ込んだ。
ちょうど開いた口に、横から突っ込んだ短剣が吸い込まれるみたいに消えていく。
勢い余ってそのまま私の手まで突っ込んでしまい思いっきり焦っていると、一瞬で形が崩壊して砂みたいになって崩れたそのファングワームは、握り拳くらいの水晶の結晶みたいな六角柱になって転がった。
すごい、どうやってジェムモンスターからジェムを手に入れるのかと思っていたら、まさかの本体が崩れてジェムが露出するとは。
「何してるんだよルリ! 逃げて!」
片方の翼が血まみれになったチムニーは、それでも私を気遣ってくれていて、手にした短剣を、目の前にいて今まさに私に向かって跳ね飛ぼうとしていた巨大なファングワームに突き刺した。
腕も噛まれたのだろう、短剣を持つ右の手も血まみれになっている。
我に返った私も、悲鳴を上げながら全体重をかけてチムニーに続いてそのファングワームの頭の辺りに短剣を突き立てた。
訓練の時よりもはるかに深く刺さった二本の短剣。
言葉もなく固まっていると、その巨大なファングワームは一瞬で崩壊してさっきの倍くらいはある大きなジェムになって転がった。
「チムニー!」
転がったジェムはそのままにして、倒れ込むチムニーに駆け寄りその小さな体を抱き上げる。
気がつけば、あちこちから悲鳴が聞こえてカーク君達の叫ぶ声も聞こえる。
どうやらファングワームが出たのはここだけじゃあなかったみたい。
血まみれのチムニーを抱いたまま、私はもう泣きそうになった。
助けを呼びに行こうにも、どこからファングワームが飛び出してくるか分からないので迂闊に動けない。
「私が飛べれば、私が飛べれば、怪我をしたチムニーをすぐに運んであげられるのに」
飛びたい。
今、この時ほど心の底からそれを願った事はなかったと思う。
無意識に翼を広げた私は、そのまま茂みを背にして走り出した。
「飛べ!」
大声でそう叫んで、力一杯地面を蹴って飛び上がった。
近くの茂みからまた小さめのファングワームが飛び出してくるのが見えた私は、咄嗟にそのファングワームを踏んづけた。
水袋を踏んだ時みたいな、妙な感触に悲鳴を上げそのままもう一度力一杯ジャンプして、それと同時に思い切り羽ばたく。
「ああ、飛んだ!」
懐かしい、ふわりと体が浮く感覚のあとにググッと体が持ち上がってそのまま空へと舞い上がる。
「ルリさん!」
血まみれの子供を抱えたチムタムの悲鳴のような叫びに、私は必死に羽ばたきながらなんとか体勢を整えた。
「チムニーが私を庇ってファングワームに翼を齧られたの! その子は? ああ、オリーブ!」
右肩の辺りと右の翼が血まみれになったオリーブを見て、もう叫ぶ事しか出来ない。
「ルリさん。飛べるようになったのね」
半泣きになったチムタムにそう言われて、私も泣きそうになりつつ頷く。
「ええ、咄嗟に飛んだら飛べたの。とにかくこの子達をこのままホームへ連れていかないと」
「じゃあ行きましょう! ねえ! ルリさんと一緒に怪我人を先にホームへ連れて行くわ。チムニーとオリーブよ!」
チムタムが、近くにいたカーク君に大声でそう呼びかける。
「了解だ! って、ええ〜〜〜! ルリさんが飛んでる!」
振り返ってチムタムの横でホバリングしている私を見たカーク君が驚いて叫んでいたけど、話は後。
チムタムと頷き合った私は、震えているチムニーをしっかりと両手で抱きしめるようにして、今の私に出来る全力でホームへ向かって飛んでいったのだった。




