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空の彼方に  作者: しまねこ


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退院と密かな心配事

「はあ、自分で食事を食べる事が出来て、しかもその食事が美味しく感じられるって、本当に幸せな事ね。生きていてよかった〜〜」

 ベッドに座って用意された朝食をいただいた私は、自分で持ったマグカップに入った水石の水を飲み干しながら思わずそう呟いていた。

 流砂に飲み込まれて暗闇の大穴に落ち、そこからタルカムさんに助け出された私は、ひと月近い長い入院生活を終えてようやく退院の日を迎えていた。

 今朝の食事は、今まで食べていた妙に柔らかい療養食と違い、いつも食べていたような通常メニュー。

 ワイバーンの燻製肉をたっぷりとはさんだ柔らかな白パンの実と、もう一つは輪切りのゆで卵とパリパリのレタスを挟んだ白パンの実。付け合わせは塩茹でされたニンジンとジャガイモ。果物は初めて食べるものだったけれど、ちょっと葡萄っぽい薄紫の大粒の実は甘くてとても美味しかった。

 綺麗に平らげて、思わずごちそうさまと呟きながら手を合わせた私だったわ。



 一応、午前中に先生に診察してもらい、大丈夫ならもう帰っていいと言われている。

 でも、実を言うと私の体はこの長い入院生活の間で本当に弱っていたので、まだ退院するのはかなり不安がある。

 痛みと痺れが無くなったところでリハビリが始まり、ようやくベッドに体を起こした私は、最初、自分のあまりの弱り具合にもう驚きすぎて言葉が出なかったの。

 何しろ、背もたれ無しだとまず自力で座っていられない。

 何とか手をついて体を動かし足をベッドから下ろして立ちあがろうとしたんだけど、これまた自力では全く立ち上がれなかった。

 見かねたリッティが手を引いてくれて何とか立ち上がれたんだけど、もうそれだけで酷い貧血を起こしてしまい、そのままベッドに逆戻りした私だったわ。

 そんな感じで初日はリハビリにすらならず、そこから数日かけて何とか立って歩けるようになった。

 お見舞いに来てくれたチムタムやリッティにも付き添ってもらい、建物の裏手にある散歩道をゆっくりでも歩けるようになったのが三日前。

 一応退院はするけど、まだ当分は無理をしないで部屋で養生するように言われている。



 それよりも、実を言うと私には一つ密かな心配事がある。

 それは、グレイさんが、私が入院中に一度も一人でお見舞いに来てくれなかった事。

 ワルターさんやカーク君やキース君達と一緒の事や、チムタムやチムニー達と一緒になら来てくれた事は何度もあるんだけど、一人の時は一度も無かった。

 私よりも先に退院したグレイさん。でも、たまにしか顔を出してくれない。

 しかも、来てくれても少し離れた壁際に立って笑顔で私を見ているだけで、ほとんど会話らしい会話をした記憶がない。

「もしかして私、嫌われた……?」

 空っぽのお皿を見つめながら、不意に呟いたその言葉に割と本気で泣きそうになった私だったわ。



「おはようルリ、今朝の調子はどうですか〜〜?」

「おはようルリ! 元気ですか〜〜〜?」

 その時、明るい声と同時にチムタムとチムニーが顔を出してくれた。

「おはよう。今、食事を終えたところ。普通食が出てとっても美味しかったわ。

「あ! じゃあ今朝のワイバーンの燻製肉、食べたんだね!」

 目を輝かせたチムニーの言葉に、私も笑顔で頷く。

「この前チムニーが言っていた、ワイバーンのハムは食べ損なっちゃったもんね」

 私が流砂に飲み込まれたあの日、夕食にワイバーンのハムが出ると聞いていたのを思い出してそう言うと、チムニーは何とも言えない顔になり、チムタムが大きなため息を吐いた。

「そうだったわね。でも、実を言うとあの日は私達もパニックになっていて、夕食を揃って食べ損なっちゃったの。後で聞いたら、ほとんどの人がそうだったらしくて準備した分がほぼ全部残ったんだって。それで、翌日の朝食に改めて出されたのよね。収納しておけば一日くらいどうって事ないし。でも、ワイバーンのハムを挟んだパンの実は確かに美味しかったんだけど、チムニーが、ルリにも食べさせたかったって、そう言って食べながら泣くし、それを聞いた他の子達まで揃って泣き出しちゃって、もう大変だったんだからね。一応、お見舞いも多すぎると迷惑になるだろうからって事で代表して私達が交代でお見舞いに来ていたけど、退院したらきっと皆から声をかけられるだろうから、ルリはしばらく大変だと思うわよ」

 苦笑いしながらそう言われて、思わず目を見開く。

 確かに、お見舞いに来てくれていたのはパムとリッティとチムタムとチムニー、あとはカーク君とキース君、それからグレイさんとワルターさんくらいだった。

 まさか、お見舞いの人数調整までされていたなんて!

 あ、もしかしてグレイさんが一人で来なかったのは、それが原因?

 嫌われたわけじゃあなかったみたいで、密かに安堵のため息を吐いた私だったわ。



 そのあと、午前中の診察でミルキー先生から退院の許可をもらい、改めて迎えに来てくれたチムタムとチムニー、それからリッティと一緒に退院手続きを取る。

 着替えなんかは入院棟で借りたものばかりだったから、退院すると言っても、持って出る私の私物なんてほぼ無いので気軽なもの。

 改めてお世話になった先生方や看護師の皆さんに、お礼を伝えて挨拶を終えてから入院棟を後にしたわ。

「退院おめでとう」

 その時、ワルターさんの声が聞こえて思わず足を止める。

「お、おめでとうルリ」

 そして、何故か少し赤い顔をしたグレイさんがそう言ってくれた。

「ありがとうございます。おかげで無事に退院出来ました」

 そう答えると、グレイさんの背中にある見慣れた大きな翼が少し動くのを見て何故かとても安心したわ。



 私がタルカムさんに連れられてここに戻ってきたあの日、グレイさんはリハビリを始めたばかりでまだ飛べないはずの体で、私の姿を見てほぼ無意識に100メートルくらい飛んだんだって。

 あの後、気絶した私を入院棟に送り届けてくれたグレイさんは、だけど無理に動かして飛んだせいで翼に酷い痛みが出てしまい、私が意識を失っていた五日間、ほぼ彼もベッドに寝たきりになっていたらしい。

 それで痛みが治ったところでリハビリを再開して、それから半月ほどで完璧に飛べるようになって退院したんだって。

 ううん、賭けはグレイさんの勝利ね。今度噂の商隊が来たら何か希望のものを買ってあげないと。

 一緒にホームへ歩いて戻りながら、賭けに負けたのに、その事が泣きそうになるくらいに嬉しくて思わず笑顔になった私だったわ。

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