目覚めと回復
「う、うん……」
うっすら目を覚ました私は、小さくそう唸って寝返りを打とうとした。
「痛っ!」
しかし、背中に走った痛みに思わず声が出たわ。
「ルリ! ねえ、目を開けて!」
その時、不意に聞こえたチムタムの泣きそうな声に、驚いた私は必死になって目を開いた。
見えたのは、見覚えのない真っ白な壁と明るい部屋、そして泣きそうな顔で私を見ているチムタムだった。
「チムタム……」
なんとか声が出たので、小さな声でチムタムの名前を呼ぶ。
「良かった〜〜目を覚ましてくれた〜〜〜!」
私が寝ていたベッドの端に突っ伏したチムタムは、そう叫ぶなり本当に泣き出した。
「心配かけてごめんなさい」
もう、その様子を見ただけでどれだけ皆に心配をかけたのかが分かってしまい、ただただ謝るしかない。
「ルリは悪くない。謝らないで!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、それでもキッパリとそう言ってくれる。
「うん、じゃあ心配してくれてありがとう。おかげで戻って来られたわ」
笑った私の言葉に、またチムタムは泣き出してしまった。
「本当に良かった。放浪の賢者様にも感謝しないとね。それにしてもまさか、暗闇の大穴に落ちていたなんてね。どれだけ探しても見つからないわけだわ。グレイさんも言っていたけれど、あそこから無事に出て来られる人がいるとすれば、確かにあの人くらいだもの。本当に良かったわ」
しばらくしてようやく泣き止んでくれたチムタムが、ため息と共にそう言ってそっと私の手に触った。
「痛くない?」
「うん、まだ体はちょっと全体に痛いっていうか、痺れているみたいな感じだけど少しくらいなら大丈夫よ」
抱きつかれた時の激痛を思い出しつつ、小さく笑ってそう答える。
「あの時は本当にごめんなさい。生きて帰ってきてくれた嬉しさで、貴方がどういう状態なのかを考える余裕がなかったの。あとで先生に叱られたわ。ちょっとは考えなさいって」
「ううん、私でも同じ事をしたと思うから気にしないで」
笑ってそう答えたけど、なんとなくまだ意識がはっきりしないっていうか、ちょっとぼんやりしている気がする。
思わずしんどくなって目を閉じると、小さく笑ったチムタムは、もう一度そっと私の腕を撫でた。
「もう何の心配もいらないから、安心してゆっくり休んで。先生によると、とにかく眠って休むのがいちばんの回復への近道なんですって。ああ、喉は乾いていない? 水は少しでも飲んでおいた方がいいわ」
慌てたようにそう言ったチムタムは、横にあった小さなテーブルの上に置いてあった急須みたいなものを取り出した。
蓋を開けて一瞬で水石を取り出した彼女は、その急須もどきの中へ水を落とした。
「はい、これだと寝たままで水が飲めるんだって。でも少しだけ体を起こすからね」
笑ってそう言ったチムタムは、急須もどきをテーブルに戻すと屈んで何やらゴソゴソし始めた。
何をするのか分からずに大人しく見ていると、私の寝ているベッドが少しずつ動き始めた。
ベッドの上半分が少し持ち上がって、自然に横向きになって抱き枕にもたれかかるようにして寝ていた私の体も少しだけ起き上がる。
「それで、ここにこれを入れるっと。どう痛くない?」
枕の下と背中側にももう一つ枕を押し込んでくれたチムタムが、そう言いながらすごく心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「うん、大丈夫。確かに喉が渇いたわね」
ベッドが動くのに合わせて自分でも起き上がれないかと思ってこっそりやってみたんだけど、残念ながら全くと言っていいほど私の体は動かない。
助けてもらった直後のようなひどい痛みは無くなったけど、実を言うとベッドが動いた時は腰から背中にかけてかなりの痛みがあったのよね。でも、動きが止まると痛みも止まったのでとりあえず気にしない事にしておく。
「はい飲んで。ゆっくり少しずつね」
そう言って、さっきの急須もどきの注ぎ口を口元に持ってきてくれたので素直にそれに吸い付く。
少しだけ口に入った水は、驚くほどに甘く感じた。
目を閉じて味わいながらゆっくりと飲み干す。
飲み込む時に、胸から体全体に痺れが走ってちょっと痛すぎて動けなかった。
「大丈夫?」
心配そうなチムタムの声に、返事をする余裕がない。
「…ごめんね。ちょっと飲み込む時に痛かったけど、もう大丈夫。もう一口もらえる?」
痛みがおさまったところでそう言ってから、少し口を開く。
頷いたチムタムがまた水を飲ませてくれて、その度に広がる痛みを堪えつつ、とりあえずひどい乾きがなくなったところで止めてもらった。
そのあと、目を閉じたらすぐに意識が遠くなるのが分かって、何か言おうとしたんだけどそのままプッツリとそこで意識が途切れてしまった。
そのあと、何度か目を覚ますたびにチムタムだったりパムだったり、リッティだったりと違う人が側にいてくれて、その度に目を覚ました事を喜んでくれて、水石の水を飲ませてくれた。
申し訳なく思いつつも今は回復が最優先だと分かっていた私も、お礼を言いつつ皆に甘えてひたすら寝る事に専念していた。
何度目の目覚めか覚えていなくなった頃、ようやく体の痺れや痛みが本当に軽くなってきた。まだ完全に回復したわけではないだろうけれど、目を覚すたびに痛みが引いていくのが分かって嬉しくなる。
頭の中はすっかり元に戻ったので側にいてくれたリッティに話を聞けば、なんと私は戻ってきた日から丸五日も意識が戻らずに寝たきり状態だったらしい。
それで初めて目を覚ました時にいてくれたのがチムタムだったんだって。そりゃあ、目を覚ましたって言って泣かれるわけだね。
そしてそこから三日かけて、ひたすら寝ては水を飲みつつ回復しての今なんだって。
ここでようやく食事だと言って、スープを用意された。ちょっと重湯みたいにとろみのあるスープで、具は無し。
それでも、薄い塩味が最高に美味しかったわ。
もちろん、まだ体を起こせない私は、翼の間と左右に縦長のクッションを当ててもらって、少し上向きの状態で食べさせてもらったわ。
そして、重湯もどきを食べさせてもらいながらリッティから聞いた話によると、私が流砂に落ちてホームに報告がいった直後から捜索隊が組まれ、浮島下部にあるいくつもの穴や洞窟に、主に狩猟組の人達が入ってくれて私を探してくれていたんだって。
でも、当然どこの穴からも私は見つからず、私がタルカムさんに助けられてホームに戻ったのは、流砂に落ちてから丸一日半経ってからの事で、もう生存はほぼ絶望的だろうと言われていたんだと聞かされて、もう一回本気で心配かけた事を謝った私だったわ。




