ホームへの帰還
「上昇気流に乗るから、ちょっと失礼するよ」
真っ暗闇の中、大きな翼を広げて飛び立ったタルカムさんは、そう言って私の体を少し強めに抱きしめた。
とはいえ、すごく気を遣って抱きしめてくれているみたいで、痛みはほぼない。
次の瞬間、ぐっと体が持ち上げられる感覚があり一気に上昇する。
「よし、良い風だ」
嬉しそうなタルカムさんの呟きを聞きながら、私は驚くほどに安定したタルカムさんの飛行にただただ感心していた。これだけの強い風の中を飛んでいるのに、全くと言っていいほど揺れないんだからね。
さっきまで私達がいたのは、この浮島のかなり下の部分にあった穴の中だったみたいで、外に出はしたものの視界はほぼ真っ暗なまま。
まあ、さっきまでいた穴の中とは違って空に星は見えるから、少なくとも上下は分かるんだけどね。
だけどタルカムさんにはちゃんと周囲の状況が見えているらしく、時折羽ばたいて移動しつつ上昇し続けている。
しばらく飛んでいると浮島の上に出た。
「あ! あの光がホームね!」
遠くに見える一際明るい箇所を見て、なんだか胸が一杯になった。
「集合体コロニーが、今ではこの浮島で一番大きなコロニーだからな。遠くからでもよく見える。今日は特に灯りが多いようだ」
苦笑いしたタルカムさんにそう言われて、その意味を考えて真顔になったわ。
「もしかして……私のせいだったりします?」
「まあ、否定はしないよ。早く戻って皆を安心させてやらねばな」
笑ってそう言ったタルカムさんは、大きく羽ばたいて上昇気流から抜け出すと、そのまま一気にホーム目掛けて一直線に飛んでいった。
「降りるよ」
笑ってそう言ったタルカムさんは、ホームの一番メインの建物の前、私達が庭と呼んでいるその広い場所の真ん中に、私を抱いたまま着地した。
それからタルカムさんは、何事もなかったかのようにゆっくりと周囲を見回した。
突然のタルカムさんの登場に、周囲にいた人達は全員揃って言葉も出ないくらいに驚いている。
「ルリさん!」
「ルリさん!」
「ルリ!」
その時、カーク君とキース君の叫ぶ声と、それからグレイさんの叫ぶ声が背後から聞こえて私は慌てて振り返った。
「痛っ!」
だけど、急な動きに首から背中にかけて激痛が走り、思わずそう叫ぶ。
「ルリ!」
大きく羽ばたく音がして、その直後に私のすぐ後ろにグレイさんが着地する。
ええ、ちょっと待って。
今さっき聞こえた声はすごく遠かったのに、まさかここまで一瞬で飛んできたの?
もうリハビリ終わったの?
まだ一度も飛べていないって言っていたのに!
驚きのあまり大混乱な私の背後から、グレイさんが飛びついてきて、タルカムさんごと抱きしめられる。
でも、即座にタルカムさんが腕に力を入れて庇ってくれたので、ほぼ痛みは無し。
「お返しするから離れてくれるか。大きな怪我は無いようだが、流砂による全身圧迫のせいでまだ体には相当な痛みと痺れがあるようだ。数日は安静にしたほうがいい」
笑ったタルカムさんの言葉に、慌てたようにグレイさんが離れる。
そして、私の体はそのままグレイさんに引き渡された。
「あ、ありがとうタルカム。ああ、良かった。本当に良かった」
大きなため息と共にそう言ったグレイさんは、そのまま私を抱きしめた。
でも、その抱きしめ方はさっきとは違ってとてもそっとだったので、痛みを感じる事は無かったわ。
グレイさんに力一杯抱きしめられたら、嬉しいけど多分悲鳴を上げていたと思う。
動かない体がちょっと悔しかった。私だってグレイさんに抱きつきたいのに。
「本当にありがとう。でも、どうして貴方がルリを?」
無言で私を抱きしめていたグレイさんが、しばらくしてから顔を上げてタルカムさんにそう尋ねる。
「彼女が流砂と共に落ちたのは、暗闇の大穴だったんだ。偶然近くにいてね。妙な気配を感じて調べに行ってみて、砂の中で倒れていた彼女を発見した。驚いたなんてもんじゃあなかったよ。あんなところに人がいるなんて思ってもみなかったからな」
タルカムさんの言葉にグレイさんが驚きの声を上げ、周囲が一斉にどよめく。
「く、暗闇の大穴? あそこから出てきたんですか!」
周りにいた誰かが、叫ぶような声でそう尋ねる。
「まあ、そこはあまり聞かないでくれ。一応出来はするが、俺もあんなところへはそうそう入りたくないからね」
苦笑いしたタルカムさんの答えに、また周囲が一斉にどよめく。
私は知らなかったけど、どうやらあの暗闇の大穴は相当危険な場所として認識されているみたい。
「そんな危険な場所からルリを助けてくれて本当にありがとう。心から感謝する。貴方でなければ、彼女をあそこから連れ出す事は出来なかっただろう」
真顔のグレイさんの言葉に、タルカムさんが小さく笑う。
「お役に立てて良かったよ。グレイ。大切な人の手を絶対に離すんじゃあないぞ。そして、想いはちゃんと言葉にしないと伝わらない事を覚えておきなさい。それじゃあ、確かにお返ししたからな。ルリさん、まだしばらくの間痛みはあるだろうが、必ず良くなるからゆっくり休むんだよ」
そう言って笑って手を上げたグレイさんは、そのまま翼を広げて予備動作もなしに一気に飛び立った。
「本当にありがとう。タルカム!」
グレイさんの叫ぶような言葉に笑って手を振ったタルカムさんは、そのまま飛び去って行ってしまった。
「ルリさん!」
「ルリさん!」
「ルリ!」
飛び去っていくタルカムさんを見送っていたら、叫び声と共にカーク君とキース君、それからチムタムの三人がすっ飛んできて周りに降り立つと、そのまま全員揃ってグレイさんごと抱きついてきた。
もちろん力一杯ね。
当然、全身に激痛が走って私は情けない悲鳴を上げる羽目になり、慌てたように三人が離れるのと、グレイさんがその場から飛んで逃げるのは同時だった。
そして、もう一度周囲に大きなどよめきが走り、私はあまりの激痛に呆気なく気絶してしまったのだった。
なんか、色々ごめんなさい。




