タルカムさんとの語らい
「あの、聞いていいですか?」
タルカムさんに運ばれながら、ふと思いついた事が気になって小さな声で尋ねてみた。
「構わないよ。まあ、答えられるかどうかは質問によるがね」
笑ったタルカムさんの言葉に、それもそうかと納得しつつ口を開いた。
大きな声を出すと胸が痛いので、囁くみたいな小さな声しか出ないんだけどね。
「あの、運んでいただいている身でこんな事を聞くのは失礼かもしれませんが……どうして飛ばないんですか?」
タルカムさんの翼は、グレイさんの翼よりもさらに色の混じったごちゃごちゃな色だったけれど、とても大きかった。あの翼は間違いなく猛禽類のそれ。
ましてや彼は野良で、それはつまり誰に頼らずとも一人で生きていけるだけの力のある人物だって事を意味している。
そんな彼が、私みたいな小柄な女性一人を運ぶのに、飛ばない理由が思い当たらない。
「ああ、そんな事か。言っただろう? ここは暗闇の大穴。闇の精霊達のねぐらだ。グレイ達狩猟組は決してここには近寄らない。ここの危険性を身をもって知っているからね。闇の精霊達が光を嫌がるので松明の類は火をつけてもすぐに消えてしまうし、普段はもっと明るい光をくれる光の精霊達も、闇の精霊達を刺激しない為にこの程度の光しかくれない。それにこの大穴の天井は尖った岩だらけで、充分な光量がないままに無闇に飛ぶのは非常に危険なんだよ。まあ、外に出るまでもうしばらくかかるから諦めて大人しく運ばれてくれ。まだ痛みがあるのなら歩くのは無理だろうからね」
「うう、ごめんなさい。お世話になります」
何だか申し訳なくなって謝ると、タルカムさんが小さく吹き出した。
「気にしないでいい。荷物とも思えない程度の軽さだし、俺は役得だと思っているよ」
笑ってそう言ったタルカムさんは、立ち止まってちょっと姿勢の崩れた私を抱き直してくれた。
今の私は、癒しの術のおかげで痛みこそ引いたものの、何故か体が全く言う事を聞いてくれないので体勢が崩れても自力では直せない。
文字通り運ばれるだけのお荷物状態なのよね。
「まれびとのお嬢さんは知らないだろうから言っておくが、精霊魔法使いは、今の浮島群島には私しかいないよ。もしかしたら地上にはいるかもしれないがね」
何となく話題も尽きて大人しく運ばれる荷物になっていると、不意にタルカムさんが口を開いた。
「やっぱり、珍しいんですね」
思わずそう言うと、タルカムさんはフッと笑った。
「珍しい……それだけですめばいいんだが、そうはいかないのが人というものでね。俺は鷹族のコロニー生まれなんだが、幼かった頃から精霊達が見えて声が聞こえた。だが子供だった俺にはそれが何なのか分からなかった。それはつまり、他の皆には見えないものが見えるわけで……子供の頃は、仲間外れどころか化け物扱いされたね。しかも俺はこの通りの翼だから」
そう言った後に、軽く羽ばたく音がした。ふわりと風がきて思わず真顔になる。
リッティから聞いた、息苦しくて窮屈なところだったのだという鷹族のコロニー。
そんなところで混血の翼を持って生まれ、さらに他の人には見えないものが見えたタルカムさんがどんな扱いを受けたのかは、想像に難くない。
「飛べるようになるとすぐにコロニーを出て、以来ずっと野良として生きている。まあ、精霊達の力を借りれば、一人で生きていくくらいはどうとでもなるよ」
苦笑いしたタルカムさんは、私を見てまたフッと笑った。
「ちなみにグレイとワルターは俺が精霊魔法使いだと知っている。それを知っても態度を変えなかった。だから、友でいられる」
年齢は明らかにタルカムさんの方が上だけれど、グレイさんとワルターさんを友達だと言ってくれる。
何だか嬉しくなってお礼を言おうとした時、私は続く言葉に唐突に真っ赤になったわ。
「そして、友が大切にしている想い人を助けられて本当に良かった。俺は今、初めて精霊魔法使いで良かったと思ったよ」
「え? え? え?」
咄嗟に何と言ったら良いのか分からず、パニックになる私。
「おや? ……これは失礼した。今のは聞かなかった事にしてくれたまえ」
真っ赤になったまま絶句する私を見て、タルカムさんは小さく吹き出してから面白がるようにそう言って首を振った。
「あ、あの……」
「ああ、もう闇の精霊の範囲を抜けたね。光の精霊、明かりを頼むよ」
その時、足を止めたタルカムさんが笑って上を見上げた。
その声に応えるように、周囲が一気に明るくなる。
「うわあ、凄い!」
お姫様抱っこ状態でずっと運ばれているので、当然私は上を向いている。
一気に明るくなった途端、視界に入ったその光景に私は驚きの声を上げたわ。
見えたのは、天井一面を覆い尽くす大小の鍾乳洞。あまりに大きすぎて現実味がないくらい。
細長い円錐形の氷柱みたいになった鍾乳石が至る所にあって、慌てて見回した周囲にも柱みたいな鍾乳石が乱立していた。
こんな鍾乳石だらけの場所を、あんなに何事もなくスタスタと歩いてきたタルカムさんをちょっと尊敬したわ。
あ、もしかしたら精霊達の助けを借りていたのかも。
下を見て、足元だけが妙に平らになっているのに気付いてその可能性に思い至った。
「あの、もしかして歩いている時に精霊達の力を借りたりしていました?」
思わずそう尋ねると、タルカムさんは驚いたように私を見た。
「分かるのか?」
「いえ、私には精霊は見えませんが、これだけの場所をあんな風にまっすぐに歩いてこられたという事は、そうなのかなって思っただけです」
素直にそう答えると、何故かタルカムさんは嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだよ。土の精霊達が私が歩く道を均してくれていたんだ。もちろん、歩いた後は元に戻してくれたよ」
「精霊達って凄いんですね。ええと、土の精霊さん、タルカムさんの歩く道を均してくれて、ありがとうございます。おかげで、運んでもらっている間も全然揺れずにとても楽でした。あ、シルフさん達も癒しの術をありがとうございます。おかげでもうそれほど痛くなくなりました!」
地面に向かってそうお礼を言ったところで、癒しの術を何度もかけてもらったのを思い出して、慌てて上を向いてシルフさん達にもお礼を言う。
何となくイメージで、土の精霊は地面にいて、風の精霊なら上にいるかなって、そう思ったから。
だけど、私がそう言った直後、一瞬だけ地面が揺れてごく軽い振動が来た。そして、とても暖かくて優しい風が、私の周りを吹いてから消えていった。
「精霊達を大切に思ってくれてありがとう。皆、とても喜んでいるよ」
笑顔のタルカムさんの言葉に、私も笑顔になる。
「うら若き女性にこんなおっさんが言うのも何だが、本当にありがとう。貴女の事も、大切な友だと思わせてもらう。もしも何か困った事があれば、私の名前を呼んでくれ。どこにいても精霊達が伝えてくれるから、必ず駆けつける」
最後は真顔でそう言ったタルカムさんは、私が答えるのを待たずに翼を広げると予備動作も無しにそのまま飛び立った。
「うわあ、凄い!」
高い位置から見る鍾乳洞は、それはもう凄いの一言だったわ。
驚く私を見てまたフッと笑ったタルカムさんは、少し私の体を起こすようにして抱き直すと、そのまま岩の隙間に出来た亀裂から一気に外へと飛び出していった。
「コロニーまで送るよ。きっと今頃大騒ぎになっているだろうからね」
そう言って笑ったタルカムさんの周囲に見える光景は、何故か真っ暗。つまり今は夜。
私が流砂に飲み込まれたのは午後のまだ明るい時間だったから、あれからどれくらいの時間が過ぎたのかを考えて、きっと心配してくれているだろうコロニーの皆に、申し訳なくなった私だったわ。




