俺の涙と右手
「おう、チムニー。どうしたんだ、そんなに慌てて」
絶対に、採取している子供達に危険が及ばないよう、ジェムモンスターの気配には常に気をつけている。
俺やカークが森の中を少し歩いて大丈夫な事を確認してから、張り切った子供達が採取を始めたのを見ていると、背後からチムニーが走って来て俺の足にぶつかって、そのまま転ぶ事なく俺の足にしがみついた。
驚いて振り返ると、真っ青になったチムニーが、口をハクハクさせながら抱きついた俺の足を叩いている。
「落ち着け、どうしたんだ? お前は、森の東側でルリさん達と一緒に下痢止めの新芽を摘みに行っていたはずだろう?」
今日の子供達の採取予定を思い出しながらそう言ってやると、突然チムニーの目に涙がブワって感じに一気にあふれた。
「おいおい、どうしたんだ。泣いてちゃ分からないぞ。何があった?」
これは普通ではないと判断して、慌ててチムニーの前にしゃがんで視線を合わせる。
「た、大変なんだ。大変なんだよ! 今すぐ来て!」
泣きながらそう言って、グイグイと俺の腕を引っ張る。
「分かったから落ち着けって。向こうでいいのか?」
俺の腕を引くチムニーをそのまま背後から抱きしめるみたいにして捕まえ、とにかく翼を広げて飛び立つ。
「キース、どうした?」
それを見て、近くにいたカークが来てくれた。
「うん、ちょっとチムニーの様子がおかしい。何かあったみたいだから様子を見てくるよ」
「ルリさんが怪我でもしたのかな? もしそうなら、お前一人でチムニーとルリさんの二人を運ぶのは危険だ。俺も行くよ。おおい、ちょっと俺達二人、ルリさんのところへ行ってくるからな〜〜」
子供達の近くにいたチムタムにそう声を掛け、そのまま二人でルリさんがいるはずの方角へ向かう。
「あ、あ……」
そして引き取ってくれたカークの腕の中で、また過呼吸みたいになっているチムニーを見て俺達は揃って首を傾げた。
「一体どうしたんだよ。ジェムモンスターでも出たのか?」
無言で首を振るチムニー。
何かあったのは確定みたいだけど、どうやらパニックになって上手く言葉が出てこないみたいだ。
「とにかく急ごう。話はルリさんに聞けばいい」
戸惑うように顔を見合わせた俺達は、森の向こうへ一気に加速していった。
しかしそこで俺達が見たのは、枯れて一部が白化して凸凹になった草地と、ほぼ胸の辺りまで流砂に飲み込まれたルリさんの姿だった。
「ルリさん!」
まさかの事態に一瞬頭が真っ白になったけど、とにかくそう叫んで今の俺に出来る限りの速さで飛んで彼女の元へ向かう。
「ルリさん、手を!」
もう地面の上には、ほぼ顔しか残っていないルリさん。
必死になって上げている右手を、俺はとにかく掴んだ。
「お前は近づくなよ!」
森の木の上にチムニーを残したカークも凄い速さで飛んできてくれ、そのままルリさんの手を握った俺の右腕を両手で掴んでくれた。
「だ、駄目だ。引き込まれる!」
しかし二人がかりで必死に羽ばたくも、凄い力で砂の中に俺達の腕まで引き込まれていく。
俺は、流砂について習った時に大人達に言われた言葉を思い出していた。
流砂に下半身まで飲み込まれた大人を引っ張り出すには、翼の大きな大人が最低でも五人は必要だ、って。
あれは脅しでもなんでもなく、本当の事だったんだ。
でも、今ここには俺とカークしかいない。どこまで流砂が広がっているか判断出来ないので、迂闊にチムニーを地面に下ろして誰か呼びに行かせるわけにもいかない。
「絶対に離すもんか!」
「ルリさん頑張って!」
助けを呼ぶ余裕もなく、俺達はもう必死になって羽ばたき続けた。
でも、どれだけ羽ばたいても目の前のルリさん一人すら引き上げられない。それどころか俺達の方が砂に引き込まれていく。
「ルリさん!」
その時、突然砂の中でも必死になって離さないように握っていた手を、ルリさんの方から振り解かれた。
一瞬で離れる彼女の小さな手。
思い切り羽ばたいていた俺達は、そのまま勢い余って上に向かって吹っ飛んでしまった。
「「ルリさん!」」
しかしもう、呼びかけても砂の上には何もない。完全に砂の中に落ちてしまった。
「そ、そんな……」
「嘘だろう。どうして手を離したんだ!」
完全に泣き顔のカークが、俺の腕を握ったままそう叫ぶ。
「違う……砂の中でルリさんの方から手を離して、押しやるみたいにして振り解かれたんだ。きっと、俺達を巻き込まないように……」
目の前に涙が滲んで前が見えない。
ガタガタと体が震えて飛んでいられず、俺とカークは近くの木の枝に二人して必死になってしがみついた。
「おい! 何があった!」
その時大きな声が聞こえて振り返ると、チムタムと一緒に今日の護衛役の仲間達が揃って飛んで来てくれた。
「森の中に、流砂の発生を確認。ル、ルリさんが飲み込まれた……」
チムタムの悲鳴と、仲間達のどよめきが重なる。
「ごめん……助けられなかった……」
「かろうじて、キースがルリさんの右手を掴めたんだけど……二人がかりで引っ張っても全然上げられなくて、それどころか凄い力で砂の中に俺達まで引き込まれてしまって……」
「そうしたら、砂の中でルリさんが俺の手を離して押しやったんだ。多分、俺達を巻き込まない為に……ごめん……」
絶句する俺達を見て、今日の護衛役のまとめ役であるコノハズクの翼を持つ先輩のタッカーが、木にしがみついていた俺の腕を叩いて引いてくれた。
そのまま樹上まで飛んで上がる。
カークも、先輩に手を引かれて上がってきた。
「キースは今すぐにホームへ戻って、ルリさんが流砂に飲み込まれた事を狩猟組の人達に報告しろ。あとはもう時間との勝負になる。だが、ここは今まで一度も流砂の発生がない地域だから、砂と一緒に彼女がどこへ落ちるか分からん。手分けして浮島の下側に幾つかある大穴に捜索に行かなければならん。最悪、島まで降りるかもしれんからそのつもりでいろ」
真顔のタッカーの言葉に、もう言葉が出てこない。
でも、確かにあとは時間との勝負だ。助けられる可能性が少しでもあるのなら、それに賭けるしかない。
少なくとも俺やカークが物心ついて以降、つまりこの十数年は、流砂に人が巻き込まれた事がないので、俺達は知識としてしか流砂に人が飲み込まれた時の対応を知らない。
話に聞く限り、流砂に飲み込まれた人がどこに落ちるかで生死が大きく分かれるらしい。
砂の中では、かろうじて呼吸が出来るので、流砂がどこかの大穴に通じていて、そこに砂ごと落ちていれば生きて助けられる可能性は高い。
だけど、流砂がそのまま留まれずに浮島下部に空いた穴から下に流れ落ちてしまえば、飛べない人ならもう砂と一緒に落ちるしかない。
つまり、ルリさんもそれに当たる。
最悪、島まで降りるかもしれないというのは、つまり地上まで落ちたルリさんの遺体を回収に行く、という意味だ。
樹上に逃していたチムニーを回収したチムタムが、タッカーの言葉に悲鳴をあげて泣き始めた。
抱きしめているチムニーはもうずっと号泣状態だ。
「泣いている暇はない! とにかく、子供達を集めて点呼を取ってくれ! 全員の無事を確認したら急ぎホームへ戻るぞ!」
真顔のタッカーの言葉に、泣きながらも俺とカーク、そしてチムタムは返事をして翼を大きく羽ばたかせた。
「子供達を頼む!」
「任せて!」
交わした言葉はそれだけ。
大きく翼を広げた俺は、とにかくこの大事件を報告する為にホームに向かって出来うる限りの速さでかっ飛んでいったのだった。
「ルリさん。生きていてくれ。こんなお別れの仕方なんて、あんまりだよ!」
必死になって飛びながら、俺はただただルリさんの無事を願って、まだ彼女の手の感触が残る右手を力一杯握りしめたのだった。




