グレイさんとの勝負?
「丁寧な処置をして抱き、本当にありがとうございました。おかげでもうそれほど痛くなくなりました」
一通りの処置も終わり、改めて先生と看護師の皆さんにお礼を言ったところで、何やら廊下からバタバタと大きな足音が聞こえてきて私とリッティだけでなく周りの人達も真顔になる。
もしかしたら緊急で怪我人が運ばれてきたのかもしれない。そう思って慌てて立ちあがろうとしたところで自分の名前を呼ばれて、私は驚いて振り返った。
今私達のいる処置室に扉は無く、グレイさんが入院している部屋に置かれているような衝立も無い。
その開いたままの入り口に飛び込んできたのは、血相を変えたグレイさんだった。
「ルリ! 血まみれで担ぎ込まれたと聞いたが、何があった! 大丈夫なのか!」
その、グレイさんの叫ぶ声を聞いて、もう私は申し訳なさと恥ずかしさで耳まで真っ赤になったわ。
「大丈夫です! ただの擦り傷でちょっと血が出ただけです! 心配かけてごめんなさい!」
とりあえず立ち上がってそう言ったんだけど、真顔のグレイさんに見つめられてしまって固まってしまった。
「ただの擦り傷で、それだけの包帯は巻かない。何があった?」
最後は、私ほどではないけれどいくつか血止め草を貼り付けたリッティへの質問。
「言っていい?」
しかし、何故か彼女はその問いにすぐには答えず、それどころか満面の笑みになってそう言いながら私を覗き込んでくる。
周りにいた先生や看護師の方々にもうこれ以上ないくらいの笑顔で見つめられているのに気づき、我に返ってまたしても真っ赤になる私。
でも、確かにこれは私の口から報告したい。
「待って。私から言うわ」
笑ってそう言うと、リッティも笑顔で頷いてくれた。
それから一つ深呼吸をした私は、改めてグレイさんに向き直って笑顔で口を開いた。
「あのね、この怪我は、飛ぶ練習をしていて転んで出来た傷なの。それで、一つ報告があります!」
ここで一度言葉を区切ると、真顔のグレイさんは驚いたように目を見開いた。
「もしかして、飛べるようになったのか!」
身を乗り出したグレイさんが、大声でそう言いながら私の顔を覗き込んできた。
待って待って! 近い近い!
鼻先がくっつきそうなくらいに顔を寄せられて慌てて一歩下がると、何故かリッティだけでなく看護師さん達まで揃って吹き出していたわ。
「ああ、すまん」
それを見たグレイさんも慌てたようにそう言って一歩下がったらさっきよりも離れてしまったので、小さく笑って私の方から少し近づいた。
「残念ながらまだ飛べるようにはなっていないけど、その前段階です。少しだけど体が浮いたの!」
半ば無意識に翼を広げながらそう言うと、グレイさんはポカンと口を開けたままさっきの私みたいに固まった。
「体が……浮いた?」
しばしの沈黙の後、自力で復活したグレイさんが私の翼を見てから私を見てそう呟く。
「ええ、グレイさんと別れた後、リッティと少し話をしてから、追いかけっこと言うか……私は走ってリッティが飛びながらそれを追いかけてカゴの取り合いっこをするって遊びをしていたんです。その時に、カゴを手にして飛び立った彼女を追いかけて飛び跳ねたら、一瞬だけど確かに体が浮いたの。直後に落っこちて転んじゃったんだけど、偶然だったのか確認する為にもう一度飛んでみたら……」
「浮いたのか」
「ええ、それでリッティに転んだら受け止めてもらいつつ全部で十五回、そのまま飛べるかどうか頑張って挑戦してみたんだけど、結果は全敗だったの。しかも最後の方は疲れた彼女も巻き込んで一緒に転んだりもしたもんだから、こういう事になった訳です。心配かけてごめんなさい。本当にただの擦り傷と打ち身だけです!」
そう言って深々と頭を下げると、頭上からグレイさんの大きなため息が聞こえた。
「良かった……もしかして、ジェムモンスターが出て襲われでもしたのかと思って、血の気が引いたんだよ……」
小さな声でそう呟きながらその場にしゃがみ込むグレイさんを見て、もう一回謝った私だったわ。
「それじゃあ、リハビリ頑張ってね」
「おう」
入院棟の入り口の所で、笑顔のリッティにそう言われてしぶしぶって感じに無愛想な返事をしたグレイさんは、一つため息を吐いてから私を見た。
「おめでとう、ルリ。まずは最初の山を越えたな。だが怪我が治るまでは、あまり無理はしないようにな。練習は、安全第一で頼むよ」
笑顔でそう言われて、胸の奥がキュってなったのは内緒。
ううん、この距離で正面からイケメンの笑顔を見るのは心臓に悪いわ。
「はい、怪我が治るまではしばらくは大人しくしてます。グレイさんもリハビリ頑張ってね。どっちが先に飛べるようになるか。勝負よ!」
ちょっとふざけた感じで笑ってそう言うと、グレイさんも笑って大きく頷いた。
「よし、その勝負受けてたつぞ。じゃあ、勝った方が次の商人が来た時に何か好きな物を買って貰うってのでどうだ?」
「決まりね! じゃあ、その判定は私が引き受けるわ」
笑ったリッティが審判役を務めてくれると聞き、私とグレイさんは同時に吹き出したわ。
良かった。諦めかけていた飛べるという期待をこんな風に笑って話せる日が来るなんて。
密かに安堵のため息を吐いた私は、背中を振り返って自分の翼をそっと撫でた。
「お願いね。頼りにしているわよ。私の相棒」
小さくそう呟いて、もう一回安堵のため息を吐いた私だった。




