大切な友達といろんな準備
「ルリ! 退院したのね! おかえりなさい!」
「おかえり、ルリ! 待っていたわよ」
「ルリ〜〜卵見せてくださ〜〜い!」
霧吹きを片付け、卵をグレイさんと一緒にカゴへ戻して一息ついたその時、軽いノックの音がして元気な声が聞こえて私とグレイさんは揃って笑顔で扉を見た。
「俺が開けるよ。ルリはそこにいてくれ」
グレイさんがそう言って、カゴの横に置かれた座椅子を指差す。
卵の安全を第一に考え、台の上などではなく床に直接置かれたカゴの横には、付き添い用の座り心地の良さそうな座椅子が置かれている。
もちろん、これもグレイさんが探してきてくれたものよ。
私は、そんなものが必要だなんて考えもしなかったけど、床に置いたカゴにずっと付き添おうと思ったら、確かに座椅子は必要よね。
笑ってしゃがんでいた私は一旦立ち上がり、その座椅子にゆっくりと腰を下ろした。
腰から翼の下側までの背中部分をしっかりと支えてくれる背もたれが、意外なくらいにピッタリと体に寄り添ってくれて驚くくらいに体が楽。
「この座椅子、座り心地最高だわ。これならずっと座っていられそう」
思わず目を見開いて座椅子を見てから、グレイさんの気配りに心から感謝したわ。
遠出する仕事からは当分免除されたらしいけれど待機の仕事はいつも通りにあるので、グレイさんは、基本的に日中は家にいない事が多い。
となると、基本的に卵のお世話をするのは私になるので、この座椅子は私の為のもの。
なんだか嬉しくなって、腕を伸ばして卵を撫でる。
「あ、早速撫でているのね。うわあ、綺麗な卵。真っ白ね」
「本当ね、でも小さい! そうそう、生まれたての卵って、これくらいの大きさだったわね」
「うわあ、ちっさい! なあルリ、撫でてもいい?」
開いた扉から入ってきたチムタムとリッティを追い越して、真っ先に駆け寄ってきたチムニーが満面の笑みで私の横から卵の入ったカゴを覗き込む。
「もちろんよ。どうぞ撫でてやってね」
笑った私の言葉に、頷いたチムニーが真っ先に手を伸ばす。
「二人とも早く生まれておいで。会える時を待ってるからな。一緒にたくさん遊ぼう。そして一緒にいっぱいっぱい飛ぼうな」
卵に向かって聞いた事がないくらいの優しい声でそう言い、それはそれは丁寧にカゴに入った二つの卵を順番に撫でてくれるチムニー。
元気で暴れん坊な普段とは全く違う真剣なその様子に、思わず目を見開いた私だったわ。
「一番乗りいただき。次、どうぞ」
卵から手を離し、何故かにんまりと笑ったチムニーの言葉に、こちらも何故か揃って悔しがっているリッティとチムタム。
「ありがとうチムニー、この子達の事、よろしくな」
そして、嬉しそうな笑顔でそう言うグレイさん。
「もちろんです。ああ、早く会いたい! もう絶対毎日撫でに来るもんね! ねえ、いいでしょう?」
「おう、もちろんだよ」
嬉しそうなチムニーの言葉に、こちらも笑顔で頷くグレイさん。
どうやら、一番最初に卵を撫でる事に何か意味があったみたいで、楽しそうに顔を寄せて話を始めたグレイさんとチムニーを見て、ちょっと首を傾げた私だったわ。
うん、これは後でグレイさんに教えてもらおう。
「ああ、一番乗りを取られちゃった。でも、女性第一号は私だもんね〜〜」
笑ったリッティがそう言って手を伸ばすのと、慌てたチムタムが手を伸ばすのはほぼ同時だった。
二人は、それぞれ左右に置かれた卵をとても優しく撫でてくれた。
「まあ、これは同時って事で」
「そうね。せっかくの二つの卵だもん。じゃあ二人同時って事で」
何故かにっこりと笑って頷き合っている二人を見て、私は首を傾げる。
「ねえ、最初に撫でる事に、何か意味があったりするの?」
私の座椅子の隣に膝をついて座ったグレイさんに、思わずそう尋ねる。
「両親以外に初めて卵を撫でてくれた人は、最初の手、と呼ばれるんだ。その人とその卵から生まれる子は、長く良き縁が続くと言われている。特に、同姓の場合は良き友達に、異性の場合は良き先輩となると言われているな」
笑顔のグレイさんの説明に、なんとなくそうなんだろうと思っていた私も笑顔になる。
「嬉しいわ。よろしくね、チムニー、チムタム。そして……リッティ姉さん」
「勿論ずっと一緒よ! ねえ、我が愛しの妹〜〜」
笑ったリッティが、嬉しそうにそう言って私の横から抱きついてくる。
「早く生まれてきてね。待っているわ」
笑ってそう言い、また卵を撫でてくれる。
思わず、私も手を伸ばして二つの卵を交互に撫でてあげたわ。
撫でて思った。さっき霧を拭いて濡れていたはずの卵は、もうすっかり乾いて艶々のピカピカ。
「もう乾いたか。ちょっと足りなかったみたいだな。じゃあ、もう一度あげておこう」
同じく乾いた卵を見たグレイさんがそう言い、棚に置いてあった瑠璃色の霧吹きを手にキッチンへ向かった。
「綺麗な霧吹きね。それもこの間の商人が来た時に買ったの?」
リッティの質問に、グレイさんは笑って首を振った。
「これは狩猟組の仲間から貰ったものだよ。まあ俺よりかなり年上の人で、三人の子供達を元気に育ててくれた霧吹きなんだって。その人も奥さんの妊娠が初めて判明した時に、狩猟組の先輩から譲ってもらった物だそうだ。
少なくとも五代前までは持ち主の確認が出来ているらしい。俺が六代目だ」
「へえ、そんな由緒正しい霧吹きだったなんて驚きね。でも、道具を代々引き継ぐって話はたまに聞くわね。霧吹きとか、子供用の銀のカトラリーとか。あ、ちなみにカトラリーは私とチムタムが先日の商人のお店で良いのを見つけたから、これを使ってね! 出産祝いに今日持ってきたわよ!」
笑顔でそう言ったリッティとチムタムは、綺麗な布製の巾着を取り出して私に渡してくれた。
「ええ、貰っていいの?」
揃って笑顔で頷く二人を見て、お礼を言ってからそっと巾着を開いた。
「うわあ、可愛い!」
中には、それぞれ布で包まれたとても小さなカトラリーのセットが入っていた。
確かに手に取ってみて思ったけどそれなりに重い、これは確かに銀製っぽい。
ちなみに、こう言った金属製品は浮き島では生産出来ないので、地上との取引で武器を買ったり、鉄や貴金属なんかは精製した状態で買ったりして、それを浮き島にある炉で職人さんが加工しているんだって。
当然、金や銀自体地上との取引でしか手に入らないから、銀製品なんてある意味超貴重品。
「いいの?」
これを買ったのだとしたらかなりの評価になっただろうから、対価に何を渡したのかちょっと気になる。
思わずそう尋ねると、最初のカトラリーは銀じゃないとね、って笑顔で言われた。
これもどういう意味なのか聞いたところ、銀製の食器で初めての食事をした子は、一生食べ物に困らないって言われているんだって。
何も知らない私に、当たり前のように準備をしてくれて後から教えてくれる皆に、私は半分泣きながら何度も感謝の言葉を伝えたのでした。
本当に、このコロニーに来れてよかったって改めて思えて、また涙腺が緩んで水を汲んで戻ってきたグレイさんに揶揄われたのでした。




