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目覚めと檻の中

目が覚めると、黒島は狭いガラスの檻の中に閉じ込められていた。一辺の長さが黒島の座高より少し高い程度しかないほど短い立方体だ。360度見回すと、頭上辺りに空気孔とおぼしきブルーベリーサイズの穴が6個空いていた。

だが、彼が閉じ込められている檻の外側にも何もないようだった。真っ白な部屋。白すぎて、目を凝らさないとただの白い、何もない空間のようにしか見えない。部屋の天井の中央部分が、まるで月のようにまばゆく光っている。


「ここはどこだ、、、?」

黒島は呟いた。もちろん、返事はない。彼は気絶する前に何が起こったのか思い出し、咄嗟に腕を見た。両腕とも、ちゃんとついていた。ほっとしたが、すぐに今まで味わったことの無い恐怖が彼を支配した。


自分に一体何が起きたのだろうか、と黒島はとりあえず想像を巡らせた。黒い粒が竜巻になり、腕が消えたことは覚えている。だが、だからなんだというのだ?俺の腕はなぜ消え、そしてなぜ戻った?そして何より、自分は今どういう状況なんだろう?


考えても仕方がないことは良くわかっていた。今は体力回復がとにかく優先だ、と医者の自分が患者に説明する時のように分析する。腹は減っていたし、10日間ぶっ通しでオペをした時よりも圧倒的な疲労感が彼を包んでいた。普通、腹が空いていたら眠れないものだが、今度の疲れはただの体力消耗という次元を越えた、他者が能動的に黒島にかけた抗えない魔法のようだった。彼は膝を腕で抱えた体育座りの姿勢で檻の壁に頭を寄りかからせ、仮眠室では迎えることのできなかった穏やかな眠りについた。


「起きろ、被験体。」

まるで雷がすぐ近くに落ちたかのような音量の声が、黒島を起こした。彼は反射的に起きあがった。

立方体の中では無かった。一切の無駄を省かれたような、シンプルで清潔なベッドの上だった。いつの間にか入院服のようなものに着替えさせられている。どうやら眠っている間にここに運ばれたらしい。

周囲を見渡すと、牢屋のような狭い部屋にいた。ざっと見た感じでは6畳ぐらいだろうか?牢屋よりは清潔だが、その分いくらか不気味である。天井中央には凹みがあり、その内側に直径1mほどの丸い照明が埋め込まれていた。こちらも月ほど眩しい。


壁は相変わらずの白一面で、金属っぽい質感の頑丈そうなドアと、換気口のような小さな網目の入った穴ががあるだけだ。窓ももちろんない。部屋の中には仕切りに区切られたトイレと、蛇口と洗面台しかなかった。洗面台の上には紙コップが一つ置いてある。

なんとなく、これからずっとここで暮らしそうな予感がした。トイレの上についている換気口から時折、馬のでかいため息はこんな感じなんだろうな、と連想させるような風の音がする。中ではファンがずっと回っているのかもしれない。


しばらくそれを見つめていると、再び声がした。

「お前には毎日実験に協力して貰うことになった。これからはここで暮らして貰うことになる。一通りのものは揃っているはずだ。食事は実験終了後に3食分出す。それを持ち帰って食べるように。」

「お、おい、、ちょっと待て!」

黒島は思わず叫んだ。聞きたいことが山程あるのだ。どういう状況なのかも知りたかったし、ここがどこかも全く検討がつかなかった。実験って何の話だ、と彼は言おうとした。


だが相手は黒島の声が聞こえていないのか、それともただ単純に無視しているだけなのかはわからないが、躊躇うことなく、黒島が口を開く前に続けた。

「消灯時間15分前には知らせる。早めにベッドに横たわるように。喉が乾いたら蛇口の水を飲め。必要な物は申請が許可されれば、実験終わりに渡す。お前はこれから被験体Nと呼ばれることになる。協力しなければどうなるか分かっているな?」

一気に捲し立て、最後に脅しのような言葉を吐いたあと、謎の声は消えた。


黒島はしばらく呆然とした。


きっとこれは悪い夢なんだ、と彼は思った。そう信じたかった。連日オペのストレスのせいで変な夢を見てしまったのだろう。本物の自分はまだ仮眠室で眠っている。そうでなきゃ困るのだ。


だが換気口のファンの音がはっきりと耳に語りかける。これは現実だ、と。

黒島はトイレの手前に立ち、換気口を見上げた。ファンはかなり速い速度で回っているのか、風が心地よい強さで彼の顔面に当たる。それが彼の興奮と混乱で火照った頭を冷やしてくれた。彼は自分が、自分でも驚くほど冷静であるのに気付いた。それにに気付いてしまうと更に落ち着いてきた。


一体あの声はどこから響いてきたんだろう、と黒島は考え、照明を見上げた。

あそこからかもしれない。照明の中にスピーカーを埋め込む。まどろっこしいが、できるだけ部屋をシンプルにしようとした結果そうなったのかもしれない。

なぜシンプルにするのか?黒島の精神を安定させるためか?それとも真逆で、彼をゆっくり壊したいからだろうか?

黒島は換気口からの風に手のひらを翳し、さっきまで出ていた手汗を冷やした。


いずれにせよ、あの声は黒島に対して全くといっていいほど友好的ではなかった。

実験、と言っていた。つまり彼(あるいは彼ら)は彼を実験動物と見なしている可能性もある。


SF映画でよくありそうなシーンだが、まさか自分に降りかかるとは夢にも思わない。映画だと主人公たちは華麗に脱出して見せる。そういう能力がある人が監禁されるのだ。それか、主人公の仲間達が力を合わせて助けに来る。


だが黒島には超能力もないし、すごい仲間もいない。そもそも友達が少なかった。思い当たるのは福井という男ぐらいである。

福井は黒島と同じ、キョート大学の医学部の学生だった。ハリー・ポッターみたいな眼鏡をかけ、天然の跳ねまくっている毛を、いつも左手で押し潰すのが癖だった。


彼と出会ったきっかけは、まるでB級映画の主人公とヒロインの出会いのようだった。

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