ヴァルデック伯爵領の復興①
《王都官報 号外》
【ヴァルデック伯爵領における一部暴徒鎮圧完了】
内務省発表によると、ヴァルデック伯爵領および周辺農村部において発生していた一連の騒擾は、昨日未明、王国軍および憲兵部隊の共同作戦により完全に鎮圧された。
当局の説明では、本件は一部の宗教的扇動者による租税不服従運動を発端とするものであり、周辺住民の大多数は当初よりこれに関与していないとされる。
反乱勢力は最大時においても数百名規模に留まり、正規軍との戦力差は明白であったと報告されている。鎮圧作戦は短期間で終結し、王国側の損害は軽微であった。
なお、治安回復後の現地調査により、一部地域において農地および倉庫の焼失が確認されているが、これは反乱勢力による退却時の放火および略奪行為に起因するものとされ、現在詳細な被害査定が進められている。
内務省は声明の中で「本件は局地的事案であり、王国全土の治安および統治体制への影響はない」と強調し、住民に対し冷静な生活復帰を呼びかけている。
また、王都内では本件鎮圧を受け、治安維持の成果を称える式典の準備が進められている。
王都の空気は、焼けた硝石の匂いと、安っぽい果実酒の香りが混ざり合ってひどく気に障った。
「万歳! 反乱軍鎮圧、万歳! 正義の軍隊に栄光あれ!」
割れんばかりの歓声が、石造りの街並みに反響して地鳴りのように響いている。
今回の反乱は、王都から遠く離れた東部国境地帯で起きたものだ。ここ中央の住民たちにとっては、新聞の紙面を賑わせた遠い異郷の出来事に過ぎない。だからこそ、彼らは目の前を行進する凱旋部隊を、お気楽な娯楽として消費し、熱狂できるのだ。
大通りを埋め尽くす群衆の頭上を、色とりどりの紙吹雪が雪のように舞い踊り、兵士たちの鎧に当たってはきらきらと輝いていた。
「……お祭り騒ぎですね。当地では今も、その日食べるものにも困っているっていうのに」
アンネリーゼはうんざりしたように肩をすくめた。
馬車の窓から外を眺めていたダニエルは、ひらひらと車内に舞い込んできた赤い紙切れを指先でつまみ、そっと窓の外へ落とした。
その様子を眺めながらハインリヒが答える。
「彼らにとっては、これが終わりの儀式なんだろう。そうやって勝利を祝わないと、税金を注ぎ込んだ意味がないからな」
アンネリーゼは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。予定の出発時刻をすでに十五分過ぎている。パレードによる交通規制のせいで、王都を抜けるだけでも一苦労だった。
「俺たちの仕事はこれからです」
ダニエルの言う通りだった。
現地で反乱が鎮圧されたということは、すなわち、戦場となった地方の統治機能と経済が完全に崩壊していることを意味する。
現地の復興予算の規模を算定するために、アンネリーゼたちはヴァルデック伯爵領へ急ぎ向かっていた。
華やかなパレードを率いる騎士たちの背中が、徐々に遠ざかっていく。
馬車は喧騒の中心を抜け、薄暗い裏通りを通って、王都の東門へと向かった。
門兵すらもパレードの酒が回っているのか、通り抜ける馬車への検問は驚くほど杜撰だった。アンネリーゼが内務省の刻印が入った監査官証を提示すると、兵士はろくに中身も見ずに、早く行けとばかりに手を振った。
ギィ、と重々しい音を立てて鉄格子の門が開き、馬車が王都の外へと進み出る。
途端に、空気が変わった。低く唸るような風の音と、馬のひづめが鳴らす規則正しい音だけが心地よく耳に響く。
振り返れば、巨大な城壁の向こう側から、まだ微かに歓声の残響と、空へ舞い上がる紙吹雪の残像が見える。だが、アンネリーゼたちが進む前方の街道の先には、ここからは見えない、破壊された地方の現実が待っている。
「フォルマー。ここから先は気が抜けないぞ。次の宿場町までの地図を出してくれ。それから、領主が提出していた事前の復興計画書の写しも」
「はい」
復興計画の写しを膝の上に置くと、ハインリヒは鞄を漁り始めた。
「お前はまず、これを頭に入れておけ」
そう言って取り出した分厚い紙束をアンネリーゼに手渡した。
内容は四つに分かれているらしかった。
一つ目は被災前の財政規模と人口。
二つ目は反乱軍と官軍の進軍ルート・駐屯地。
三つ目地元の特産品と主要インフラのデータ。
四つ目領主たちの人間関係と政治的立場。
アンネリーゼもハインリヒも書類の束を膝の上に広げ、目を通していく。ダニエルがアンネリーゼの資料を覗き込んで言った。
「今日、明日中に頭に入れてしまった方がいい。郵便馬車だと明後日には文字が踊ることになるぞ」
ベルクハイムを発ってから、街道を東へ東へと進む。宿場で馬を替えながらの強行軍も、今日で四日目になる。アンネリーゼの尻の感覚はとうに麻痺していた。
王都周辺都市はすでに街道が舗装されていたため、一昨日までは書類を読むことができていた。しかし窓の外がうらぶれていくにつれ、舗装もなくなりダニエルの言う通り、文字が踊って目が滑り、書類が読めなくなってしまっていた。
郵便馬車を乗り継いで夜通し進み続けているため、ろくに睡眠も取れていない。アンネリーゼとハインリヒはぐったりしていたが、ダニエルはさすが軍人というべきか、まだ姿勢を正して座っていた。
「お前……なぜ俺があの四つを頭に入れろと言ったか、わかったか?」
ハインリヒが突然、弱々しい声でアンネリーゼに尋ねた。
「実は一つ分かりませんでした……。一つ目の被災前の財政規模と人口ですが、これは領主が予算を多く取るために被害を盛っていないかを見破るためですね」
アンネリーゼも弱々しい声で答えると、ダニエルは御愁傷様とでも言うように眉尻を下げた。
「そうだ。平時の税収が金貨100枚の小規模な荘園なのに、復興計画書に『金貨500枚必要』と書いてあったら指摘しなければならない」
それから弱々しい声のラリーがアンネリーゼとハインリヒの間でさらに続いた。
「二つ目の反乱軍と官軍の進軍ルート・駐屯地。これも、激戦地でもないのに大損害が出たなどと主張する嘘を見抜くためですよね」
「それもある。だが、例えば鎮圧軍が3日間駐屯したヘレンシュタットは、兵の食糧徴発で民が疲弊しているはずだから、食糧支援の予算だといった指標にもなるな」
「なるほど……」
アンネリーゼはヘロヘロの文字でメモを取る。
「三つ目の地元の特産品と主要インフラのデータですが、これは限られた予算をどこに集中投下すべきか、仕分けるためですね」
「そうだ。例えば今向かっているヴァルデック伯爵領アルテンキリヒは鉱山からの金の採掘が命の街だ。領主の館の修理は後回しにして、この街の鉱山へ続く街道の崩落現場への予算配分を最優先にするべきだな」
「では、四つ目の領主の人間関係と政治的立場について、把握しておくのはなぜなのでしょうか」
「これはな、駆け引きのためだ。ヴァルデック伯爵は反乱に対してどう動いた?」
「最後まで鎮圧軍と戦っています」
「そうだ、最後まで国に忠誠を誓って戦った領主の計画書は、多少予算が盛られていても、政治的配慮で通してやる必要があるな……」
そこまで話してハインリヒは力尽きてしまったらしかった。突然、ちょっと寝る、と呟いて動かなくなってしまった。
アンネリーゼはもはや眠る体力すらなく、彫刻のように固まった上司を見つめていた。
車輪が軋んだ音を立てて止まり、馭者が嗄れ声で到着を告げた。
王都を出てから三日と半。郵便馬車を乗り継ぎ、街道を不眠不休で強行軍してきた果てが、ここ、ヴァルデック伯爵領アルテンキリヒだ。ここは最も抗争の激しかった土地であり、反乱の始まりの土地でもある。
北風が、車内にまで容赦なく忍び込んでくる。
ダニエルが警戒しながら重い木製の扉を押し開くと、真っ先に鼻を突いたのは、冬の澄んだ空気ではなく、全てを焼き尽くした後の生々しい焦げ臭さだった。
「……ひどいものだな」
最後に馬車から降りてきたハインリヒが、外套の襟を立てながら低く呟く。
視界に広がっていたのは、見渡す限りの白と黒の世界だった。数日前までここにあったはずの長閑な農村の風景は消え失せ、火の手によって焼かれた民家の残骸が、黒い骨組みとなって雪原に突き刺さっている。街道の脇には、放置された馬車の車輪や、主を失った家財道具が半ば雪に埋もれていた。兵士たちの足跡と、血の混じった泥が凍りつき、歪な轍を作っている。
ノルトマルクの冬は容赦がない。マイナス十度を下回る風が、肌を刺すように吹き抜ける。反乱が鎮圧されたとはいえ、ここには勝利の余韻など微塵もなく、ただ凍てついた静寂だけが支配していた。
「突っ立っている暇はないぞ。我々の目的はあそこだ」
上司が顎で示した先には、辛うじて延焼を免れた、煤まみれの石造りの代官所が佇んでいた。半分焼け落ちた屋根から、今も細い煙が冬の空へと立ち上っている。
二人は雪を深く踏みしめながら、その不気味に静まり返った代官所へと歩みを進めた。
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