最先端のコーディネーター(2031年)
2031年。小学3年生になった弘樹の部屋は、さながら小さなサーバー室のようだった。
かつては積み木を並べていた床には、彼が独自に構築した簡易的なAI環境の端末がいくつも並んでいる。彼は、大人が数時間かけるタスクを、AIとの対話を通じてわずか数分で終わらせるようになっていた。
「パパ、今日ね、学校のタブレットの管理システムに『提案』したんだ。もっと効率的に授業のデータを受け取れるようにって」
夕食の席で、弘樹が何気なく言う。慎吾は箸を止めた。まだ8歳の息子が、社会のシステムに直接介入しようとしていることに、言いようのない寒気を感じたのだ。
「……弘樹、学校には学校のルールがあるんだ。あまりシステムをいじりすぎるのは……」
「ルール? パパ、ルールなんてAIが最適化すればもっと良くなるよ。今の学校の教え方は、あまりに冗長で、時間を浪費してる」
弘樹の言葉には、子供特有の無邪気さと、AIから得た知識による冷徹な確信が同居していた。隣でその話を聞いていた美沙は、フォークで皿をカチカチと鳴らし、あからさまに不快そうな顔をしている。
「弘樹、あんたはいつもそればっかり。AIが『正しい』って言うから、それが一番いい方法だと思ってるんでしょ。つまんないの」
美沙はそう言って、昨日骨董品店で見つけた古いフィルムカメラのレンズを磨き始めた。彼女にとって、弘樹が賞賛する「最適化」は、世界から「色」や「ゆらぎ」を奪い取る無機質な暴力に他ならなかった。
慎吾は、その二人の間に座りながら、自分が町工場で学んでいることを思い出していた。今日、旋盤を操作しているとき、わずかな振動——AIのセンサーには感知されない微細なノイズ——が、素材の内部に「ひずみ」があることを教えてくれた。それは効率とは無縁の、泥臭い経験則だ。
「弘樹」慎吾は努めて穏やかに言った。
「世の中には、数式やデータでは説明できないことがたくさんある。パパの工場では、今日もAIが『問題ない』と言った工程で、ひび割れが見つかったんだ。効率だけじゃ、最後の一線は守れない」
「それはパパのAIの使い方が古いからだよ。ぼくなら、素材の密度を可視化するアルゴリズムを組むから、ひび割れなんて起きない」
弘樹は悪気なく、父の職人としての誇りを一刀両断にした。その瞳は濁りがなく、ただ「最適化」という純粋な目的を追い求めている。
慎吾はため息を深く飲み込んだ。息子の頭脳は、自分たちが追いつけないほどの速度で進化している。しかし、その進化の果てに、弘樹は「人間が汗をかいて失敗する権利」を理解してくれるのだろうか。
リビングの窓から見える2031年の東京は、AI制御によって完璧に調和している。だがその調和の中で、佐伯家という小さなコミュニティは、少しずつ、しかし決定的な亀裂を深めていた。




