AI世代の子供たち(2030年)
弘樹は、小学2年生になった。
かつてはパパの膝の上に座って絵本をせがんでいた息子は、今やリビングの片隅にある専用端末を相棒に、何やら複雑な独り言を呟くのが日課になっていた。
ある日曜の午後、慎吾は就職活動に行き詰まり、リビングでノートパソコンを閉じようとしていた。ふと、弘樹の端末から流れる音声が耳に入った。
「……だから、その方法だと『みんな』は喜ぶけど、『ぼく』は楽しくないんだよ。もっと遠回りする方法はないの?」
慎吾は息を呑んだ。端末から返ってきたAIの応答は、論理的かつ説得力のある「効率的な代替案」だった。しかし、弘樹はそれを一蹴した。
「それは『最適解』であって、『正解』じゃないだろ」
弘樹が端末に向かって、まるで熟練の哲学者か、あるいは反抗期の若者のような口調で言い放つ。隣にいた由香も、掃除の手を止めて信じられないという顔で息子を見つめていた。
「弘樹、誰と話してるの?」
「AIだよ。パパたちよりずっと頭がいいから、面白いんだ。でもね、時々すごくつまらないことを言うんだよ。最短距離でゴールすることばかり考えて、景色を見ることを忘れちゃうの」
慎吾は言葉を失った。自分たちが、AIの効率化に怯え、そのシステムに適合しようと必死になっていた間に、子供たちはすでにAIを「神」としてではなく、「使い古された退屈な道具」として扱っていた。
弘樹は、学校の宿題も、AIに解かせることはしない。AIに質問し、AIが提示した答えの「論理的欠陥」を見つけ出し、それを笑い飛ばすという奇妙な遊びに興じている。
「ねえ、パパ。パパの仕事って、AIに『効率を上げろ』って命じるだけだったんでしょ? それって、何のためにやってたの?」
悪気のない、純粋な問い。しかし、その一言は、慎吾がこの数年間抱えてきた自己否定の核心を鋭く突いていた。
「……それは、みんなが暮らしやすくなるためだ」
「みんな? みんなって、誰? ぼくたちは、不便なままでも十分楽しいよ」
弘樹は端末を閉じると、リビングの床に転がっていた古い積み木を拾い上げた。AIがシミュレーションした「完璧な塔」ではなく、自分の手で崩れやすい不安定な塔を作ろうとしている。
慎吾と由香は、顔を見合わせた。自分たちが子供に伝えたかった「生き抜く知恵」や「AIを使いこなす技術」は、彼らにとっては既に前提条件に過ぎない。自分たちが教え導くべきだと思っていた「親の役割」が、急速にその根拠を失っている。
夜、子供たちが寝静まった後、慎吾は由香に小さくこぼした。
「俺たちが教えられることなんて、もう何もないのかもしれないな」
「そうね。あの子たちは、私たちが必死に守ろうとしていた『正解』の先を、とっくに歩いているのかもしれない」
効率的な世界に生きながら、効率を軽蔑する子供たち。自分たちの「教育」という枠組みが、彼らという新しい世代にはあまりにも窮屈な檻であったことを思い知らされ、慎吾は胸の奥に冷たい喪失感を抱えながら、静かな夜を過ごした。




