パパの会社と自動化(2026年)
その日、慎吾は会議室のモニターを前に、凍りつくような感覚を覚えていた。
「佐伯さん、素晴らしいデータだ。この半年間のライン稼働率、予測精度が12%向上している。君が導入したAIシステムの功績だよ」
上司の安藤が満足げに頷く。会議室には拍手が起こり、慎吾は機械的に頭を下げた。ベアリングという、金属の塊同士が極限の精度で擦れ合う地味な部品。慎吾は二十年間、その「金属の心地よい震え」を肌で感じながらラインを調整してきた。しかし、今の彼は、現場に立つことよりも、AIが出力する推論結果を「承認」することに時間を費やしている。
自席に戻った慎吾は、ふと思い立ち、先ほど報告したAIの分析レポートを細部まで見直してみた。
AIは「歩留まりの改善」を提示していた。温度、湿度、素材のロット番号――膨大な変数の中から、人間には到底見抜けない相関関係を導き出している。しかし、慎吾はそのデータの末端にある「異常値」に目が止まった。
AIは、特定のベアリング研磨工程で発生する「微細なノイズ」を、製品の品質には影響しない「誤差」として切り捨て、プロセスから完全に排除するよう提案していた。
「……おかしい」
慎吾は思わず声に出した。その「ノイズ」こそが、長年培った職人たちが、最後の一線として品質を保証してきた「馴染み」の証拠なのだ。効率だけで言えば不要だが、このノイズを排除した先にある製品は、どこか魂が抜けたような冷たさを持つ。
慎吾はキーボードを叩き、AIに対して「このノイズを残す理由」を問いかけてみた。AIは数秒で回答を生成した。
『当該ノイズは、稼働効率を0.04%低下させます。顧客満足度および耐久試験の数値に有意差は認められません。排除することが論理的最適解です』
論理的。その言葉が、慎吾の胸を刺した。
彼が追い求めてきた「効率化」が、まさに自分の「仕事」そのものを論理的に不要へと追い込んでいる。今のプロジェクトが完了すれば、次に行うことは何だ? 次のシステム導入の際、AIは「佐伯慎吾という判断者」を、排除すべき非効率な変数としてカウントするのではないか。
夕方、帰宅の車中で、慎吾はハンドルを握りながら自分の右手の震えを感じた。昔は、ベアリングの回転音を聞くだけで、どこが歪んでいるのかが分かった。だが今、その感覚は、ディスプレイ上の数値に置き換わってしまった。
玄関を開けると、美沙がタブレットで何かを夢中で見ている。弘樹は、AIが読み上げる絵本に声を上げて笑っている。
「パパ、おかえり。今日ね、AI先生が『一番効率のいい勉強の順番』を教えてくれたの」
美沙が嬉しそうに駆け寄ってくる。その笑顔を見るたびに、慎吾は自分の仕事の成果が、家庭にも浸透していることを痛感する。
「……そうか、よかったな」
慎吾は娘を抱き上げた。腕の中の子供の温もりだけが、唯一、論理では割り切れない現実のように思えた。しかし、その夜、慎吾は眠れぬまま、パソコンを開いて自分の職務内容を再定義しようと試みた。
AIに代替されない「人間独自の価値」とは何か。
検索窓に打ち込んだその言葉に対する答えは、検索エンジンの予測変換が示した無数の「正解」で溢れかえっていた。どれも綺麗で、説得力があり、そして何よりも——AIが考えそうな、借り物の言葉ばかりだった。




