生成AIと宿題(2026年)
食卓の上に広げられた算数のプリントは、あまりにも白く、そして完璧だった。
「パパ、見て! 全問正解だよ」
小学1年生の美沙が、自信満々にプリントを突き出す。佐伯慎吾は、会社から持ち帰ったノートパソコンを脇に寄せ、娘の手元を覗き込んだ。足し算、引き算、それから簡単な文章題。確かに、すべてに赤丸がついている。
「すごいな、美沙。学校の授業、よくわかってるじゃないか」
慎吾は軽く頭を撫でようとしたが、ふと手が止まった。字の書き方が、どこか均質すぎる。筆圧が一定で、迷いがない。慎吾は隣にいた妻の由香と視線を交わした。由香は困ったような、それでいて少し疲れた顔で肩をすくめる。
「……慎吾さん、それ、美沙が一人でやったんじゃないのよ」
由香の視線の先には、タブレット端末が置かれていた。画面には学習用アプリのチャット画面が立ち上がったままで、先ほどまで美沙が打ち込んでいたであろう「問の文章」と、それに対するAIからの「模範解答」のログが残っている。
「美沙」
慎吾は努めて穏やかな声で呼びかけた。
「この計算、どうしてこうなるか教えてくれるかな?」
美沙は小首を傾げた。
「AI先生が教えてくれたよ。手順を教えてもらって、そのまま書いたの。ねえ、正解したんだからいいでしょ?」
美沙にとって、「解くこと」は「答えを導き出す手続き」を終えることと同義だった。彼女の目には、答えが合っているかどうかがすべてで、そこに脳の汗をかいた形跡があるかどうかは些末なことなのだ。
慎吾は自分のノートパソコンに目を戻した。会社では、ベアリング製造ラインの最適化プロジェクトが進んでいる。AIが計算した工程表は、熟練の職人が二十年かけて築いた感覚をたった数分で凌駕する。生産性は上がり、ロスは減り、上層部は拍手喝采だ。自分もその最適化を推進する側にいる。
「……そうだな、正解だ」
慎吾は低い声で言った。だが、喉の奥に小さな小骨が引っかかったような違和感が消えない。
このプリントのどこにも、美沙の「つまづき」が存在しない。わからないという悔しさも、解けたときの唐突な閃きも、すべてのプロセスが「空白」になっている。自分たちが目指している効率化の果てに、もし子供たちの思考までもがこのように透明化されていくのだとしたら——。
夜、美沙と弘樹が寝静まったあと、慎吾は由香と二人でキッチンに立った。
「今の時代、効率がいいほうがいいに決まってるんだけどね」
と由香がマグカップを握りしめながら呟く。
「でも、あの子が自分で考えないことに、どうしてこんなに寒気を感じるのかしら」
「効率化は、手段であって目的じゃない。俺たちの仕事は、その先にある何かを守ることのはずだった」
慎吾は自分の言葉に、どこか他人事のような響きがあることに気づく。翌朝にはまた、AIが弾き出した「正解の生産スケジュール」を誇らしげに報告しなければならないのだ。
窓の外では、東京の夜景が整然と輝いている。遠くを走る電車の音や、自動制御された街灯の明かり。すべてが最適化されたこの街で、慎吾は自分が、何を守るべきかを見失いかけていることに気づく。
その「空白」は、まだ小さく、けれど確実に、彼らの生活の隙間を埋め尽くそうとしていた。




