85.私たちはおかしい
昨日は一日ルカに会わなかった。
会わない方がいいんだけど、なんとなく寂しいなと思ってしまう自分がいる。
今日一日このまま過ごせれば、明日は新月だ。
解呪できるかもしれないという期待と少しの不安で、なんとなくそわそわしてしまう。
「クレアさん、申し訳ないんですけど頼みたいことがあって……」
あわただしい雰囲気で書類を抱えた薬局長が、申し訳なさそうに言った。
「先ほど、ルカ君の特別調剤に行ったんですけど、騎士団の医務室に大事な書類を置いてきてしまったようなんです。僕、これからどうしても出ないといけない会議があるので、本当に申し訳ないんですけど、持ってきてもらえませんか?」
「わかりました。……でも良いんですか?ばったりルカに会ったりしたら……」
「特別調剤の後、花まつりの警備で街へ出るって忙しそうに出ていきました。だから大丈夫だと思います」
「そうなんですね。わかりました」
ということで、私は騎士団の医務室へと向かった。
なんかすごく久しぶり。
医務室のドアの前に立つと、なんとなく緊張した。
ルカの特別調剤をしていた頃を思いだす。
黒髪のルカは、本当にそっけなくて、気まずい空気感の中で調剤してたんだよね。
あれから色々あったけど、もう少しで解呪できるかもしれないと思うと、今までのことがあっという間な気もした。
「……でもルカにはそうじゃないもんね」
何年も一人で呪いに苦しんでいたんだ。
あっという間なわけがない。
早く解呪してあげないと!
そう決意を新たにして、医務室のドアを開ける。
「えっ……」
開けた瞬間私は固まった。
なんと医務室に金髪のルカがいたからだ。
彼も驚いた様子で私を見て固まっている。
「あ、ご、ごめん!」
慌てて私は扉を閉めた。
え、なんで?
なんでルカがいるの?
花まつりの警備にでたんじゃないの?_
え、どうしよう。えーと……。
ドアノブを掴んだまま固まる私。
「クレア?」
驚いたような声に名前を呼ばれ、びくりとした時だった。
ドアノブが中からぐいっとまわされ、ドアが開いてしまった。
その勢いで、図らずも医務室に一歩入ってしまう形になる。
「わ!?」
「あ、ごめん。そこにいたんだ?」
見ると、ルカが驚いたように私を見ていた。
確かこれ、前にも同じような状況があった気が……
「前も俺がドア引いちゃったよね」
ルカがくすくす笑って言う。
覚えてたんだ。
私が慌てて姿勢を正すと、ルカは三歩分くらい私から距離を取る。
「どうしたの?こんなところに用事?」
「うん、薬局長の忘れ物を取りに……」
「へぇ。珍しいね。あの人もそういうことがあるんだ?」
穏やかに言うルカに、ものすごくドキドキしてしまう。
私ばっかり緊張してるようだった。
「ルカは?花まつりの警備なんじゃないの?」
「うん。そうなんだけど、俺も忘れ物」
そう言って綺麗な手袋をひらひらと見せる。
「予備の手袋。薬局長と話してる時に取り出して、そのまま忘れちゃった」
「それは良くないね」
「うん、良くない。慌てて取りに来た」
そう言って笑いあうと、なんとなく空気が軽くなった気がした。
とりあえず書類を、と思い部屋に足を踏み入れた時だった。
「ねぇ、クレア。満月の夜、この手袋をはめて、俺の右手に触れたって本当?」
「!」
緑の瞳がじっと私を見据える。
……これは怒ってる感じかもしれない。
「うん、ごめんなさい。薬局長とオーウェン様からもすごく怒られた」
「そりゃそうだよ。俺だって怒ってるし、意識があったら絶対触らせない」
「……うん。ごめん」
「でも、そうまでしてくれるって……俺、幸せ者だなってすごく思ったんだ」
静かにそう言うルカは、怒ってるというよりも、唇を噛み、何に耐えているかのような表情だった。
「クレア。今までごめん。俺焦ってばかりで、全然クレアの気持ちを考えてなかった」
「……え?」
突然そんなことを言われ、びっくりする。
ルカは真面目な顔で続けた。
「俺さ、この姿で日中を過ごすのって、呪われてから初めてなんだ」
「うん」
「これまでは一晩限定だったから、普段から思ってることを伝えなきゃ!って気持ちが強かった。でもこの数日、日中もこの姿で過ごしてみてわかった」
「なに?」
「本来の俺を待っててくれる人が、たくさんいるってことに気づいた。
クレアや薬局長達もそうだけど、同僚達もそう。呪いのある俺を見捨てずに、向き合ってくれてたんだなぁって思ったんだ。俺の右手が怖いはずなのにね」
ありがたいよね、と笑うルカに心が痛む。
「早く呪いを解いて、恩返ししたいなぁって思うんだ」
「うん」
ルカの想いが、その真面目な声色からよくわかった。
彼が恐ろしい呪いの力を身に宿していても、人が離れて行かなかったのは、きっとルカの人間性があってこそだと思う。
それを上手く伝えたいなと思っていると、ルカが言った。
「一番はクレアを遠慮せず抱きしめたい、だけどね?」
不意打ちのセリフに、私が考えていた真面目な言葉たちが、頭からぱっといなくなった。
いたずらっぽく笑う彼に、何と言っていいかわからずうつむいてしまう。
「……だから、俺、今は無理にクレアには近づかない。これ以上クレアに負担をかけたくない。俺のために拒否してくれているのに、俺が近づくなんて最悪だからね」
あぁ、やっぱりこの人はルカなんだ。
そっけない黒髪のルカも、甘い金髪のルカも、私のためを思ってくれている全く同じ人なんだ。
「だから、その代わりっていうわけじゃないんだけど」
そう言って私を見る緑の瞳に、思わず身構えてしまう。
すると、ルカがくすくす笑った。
「そんなに警戒しないで。変なことじゃないから」
そう言われて少しほっとしていると、ルカが言った。
「おくすりラムネ、新しいのくれる?」
びっくりしたけれど、同時に「あ!あの時……」と思った。
すると、そんな私に気づいたらしく、ルカがにこりと笑った。
「聞いたよ。満月の夜にクレアが調剤前に食べたって。俺が持ってたやつ、ボロボロだったんでしょう?」
「うん」
「常にポケットに入れてたから。今思うと、袋破けてたら大惨事だったよね」
そう言って笑うルカにつられて、私も笑ってしまう。
「あれ、やっぱり俺にとってはすごく大事なんだ。そばにいなくても、俺とクレアをつないでくれてる気がして」
「……私もそう思ってた。いつのまにか薬作る前には、必ず食べるようになっちゃうくらいだもん」
素直に白状すると、ルカがとろけるような笑みを浮かべる。
すごく恥ずかしくなって、私は慌てて白衣のポケットに手を入れる。
いつもどこかしらのポケットには入れてるんだけど……。
「あった!」
かさりと指先に触れたラムネの包みを、そっと取り出す。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
ルカは大切そうにそれを受け取ると、あの時と全く同じように右胸のポケットに入れた。
「呪いが解けたら食べる。それまではここに入れておくよ」
左手でポケットをそっと押さえる仕草に、大事にされてる気がして嬉しくなる。
「うん。でもいつでもあげるから、食べたっていいんだよ?」
「……俺、距離を取ろうとしてるのに、何でそんなこと言うの?」
困ったように笑うルカに、はっとなる私。
「あーもう……ほんとに嫌だ」
「え?」
顔をしかめる私から、体ごと向きを変えて視線を外すルカ。
「この手じゃなかったら、絶対抱きしめてる」
小さな声だったけれど、はっきり聞こえた。
心臓がバクバクして痛いくらいだった。
応えるべき言葉がまるで見つからない。
「でも我慢。解呪までなんとか我慢してみるから、そのかわり……握手してもいい?」
「う、うん」
私が頷くと、ルカが左手を差し出す。
白い手袋をした左手。
そっとその手に触れると、きゅっと優しく握られる。
黙ったまま手を見つめていたルカは、すっと視線を上げて私を見た。
ばちりと合う視線に、お互いの想いが不思議とわかってしまった。
恥ずかしいとか、照れるとかそういうのじゃない。
これはもうお互いそうだよねっていう感じ。
しばらく見つめあっていると、ルカが言った。
「これってさ、クレアの薬が効いてるから、呪いが落ち着いてるんだよね」
「そうみたい」
呪いに嘘はつけないって言われてる。
私のこの気持ちも、きっと見透かされてるはずだ。
薬がきいていなければ、私は今すぐ呪いにやられてしまっただろう。
言葉があろうがなかろうが、この呪いにそんなものは関係ないのだ。
どうやらルカも、同じことを考えていたらしい。
「……俺達、けっこう危険なことしてない?」
「そうかもしれない」
そんなことを言い合いつつも、手を離すのが惜しいなんて、どう考えても私達はおかしい。




