84.【金ルカ視点】君の覚悟
この姿になって三日目。
新月まであとは二日。
訓練の合間の休憩中、同僚が言った。
「お前さー、黒髪の時と全然動き方が違うんだな、めちゃくちゃ早くない?」
「呪いの影響がほぼないから、体が軽いんだ。だからかも」
その言葉に、同僚たちが一斉に俺を見る。
『呪い』という言葉を、彼らの前で使うことが、今ではほとんどなかったので、一瞬驚いたようだった。
「はー。なるほどね。そう考えると、呪いってやっぱしんどいんだなぁ」
一瞬の沈黙の後、そいつが続けて言った。
「……その姿見るの、三年ぶりか?」
昔の俺を見ようとするような視線は、嫌なものではなく、これまで一緒にいた時間を思わせた。
「懐かしくて涙出る。あの可愛かったルカ君のままじゃん」
「黒髪にすっかり慣れてたけど、一気に入団前を思い出して泣きそう」
しんみりした空気の中、一人がぽつりとつぶやいた。
「……あの時もっとお前に注意するよう、きつく言っておけばなぁ……」
「あ、それ禁句だろ!灰にされるぞー」
「やば!ごめんて!」
同僚達はそう言って笑う。
うまく返す言葉が見つからず、自分の髪の毛をなんとなく触った。
「癒しの女神の薬って効くんだな」
「ルカ、ちゃんと薬飲んで早く治せよ」
「でも治ったら討伐しんどいかも。ラクできなくなるぞ」
「あー、それはマジで困る」
「……治すとかそういうもんじゃないんだけど」
彼らの言葉にそう言った。
それでも、なんだかんだ見捨てることなく、いつも一緒にいてくれた同僚に感謝の気持ちが沸き上がるのだった。
昼食後は、薬局長に会うことになっていた。
新月前に元の姿になったことで、一日二回測定することになってしまったのだ。
薬局長を待っている間、医務室の椅子で考えるのは、やはり彼女のことだった。
クレアは今頃何をしているんだろう?
食堂にはいなかった。
俺に会わないように、時間をずらしたのかもしれない。
避けられてるなぁ。
仕方ないとはいえ、やはり傷つく。
寂しさを紛らわせるように、右胸に手を当てた。
クレアから受け取ったクリームケースを感じて、なんとなく安心する。
『ルカに持っていてほしい。絶対にルカを一人にしない。私の覚悟の証だから』
あの満月の夜に、そう言ってくれた彼女を思い出し、胸がいっぱいになった。
避けられてるわけではないのだ、と自分に言い聞かせる。
しかし次の瞬間、ふと違和感を覚えた。
ジャケット右胸のポケットを覗き込む。
「……あれ?」
『おくすりラムネ』がない。
内ポケットにはクリームケース、外ポケットにはラムネを入れていたはずだ。
おかしい。
全てのポケットをたたき、慌てて確認してみる。
「……失くした……」
一気に血の気が引いていくような絶望感に襲われ、俺は頭を抱えた。
呪いから遠ざけるため、クレアを拒絶すると決めたあの日。
いつも通り、俺に接してくれる彼女の優しさに、拒絶すると決めた心が折れそうだった。
調剤前にラムネを食べる彼女を見て、子どもの頃のように、つい同じものをねだってしまった。
まさかあの後、勢いとはいえ、クレアから好きだと言われるとは思いもしなかった。
彼女の気持ちを、拒絶することしかできない俺は、あのラムネをどうしても食べることができなかった。
あれが、俺と彼女をつなぐ唯一のものだと思ってしまったのだ。
きっと頼めばまたくれるとは思うけれど……。
なんとなくショックで、そのまま机にうつぶせる。
「ルカ君?大丈夫ですか?」
その時、薬局長がやってきた。
「どうしました?」
「……いえ。大丈夫です」
慌てて体を起こす俺に、彼はじっとこちらを見つめる。
「その姿でもう三日目です。これまでにないことですし、疲れてるんじゃないですか?」
そう言われてみればそうだ。
呪われてから、この姿で三日も過ごしたことなど一度もない。
昼間に出歩いたのも初めてだ。
「新月まであと二日。そこで呪いがなくなれば万々歳ですね」
「……本当になくなるんですか?」
俺の言葉に、薬局長は一瞬動きをとめる。
「どうでしょうね。こればかりはわからないです。数値的には本当に下がっているんです。……ただ」
そこで俺を見る。
「あなたの感情に思いきり反応するのが、この呪いの厄介なところなんですよね」
「……会いたいって思っちゃダメなんですか」
「難しいですよね」
「すごく」
今すぐ会いたい。顔が見たい。
仕事に集中しろと言われても、勤務なんてたかが数時間だ。
「クレアはちゃんと割り切ってるみたいで、俺を避けようとしてます。俺だってその方がいいってわかってるけど……」
「割り切るというよりも、無理やりですよね。彼女に関しては、上司である僕の監視が常にありますし」
それにね、と眼鏡を上げながら俺を見る。
「クレアさんだって、あなたに会いたいに決まってるじゃないですか。
覚悟のうえで、あなたを拒絶しているんです。黒髪のあなたがしていたようにね」
その言葉に、言い返すことができなくなる。
黒髪の俺の気持ちは、つまり俺自身の気持ちなのだから、その意味がわからないわけがない。
「ルカ君。クレアさんが、おとなしく薬を作ってるだけだと思ってました?」
どういうことかと彼をじっと見つめると、ふっと笑って言った。
「前の満月の夜にね、僕とオーウェン様がクレアさんを本気で叱ったんですよ。彼女、あなたの手袋をはめてなにしたと思います?」
俺の手袋をはめた?
意味が分からずに首をかしげると、薬局長は呆れたように言った。
「暴走したあなたの右手に触れたんです。というよりも掴んでましたね。呪いを絶対に解くって言ってましたよ」
「!?」
「とんでもないですよね。自分が狙われた直後に、そんなことできますか?彼女の覚悟を目の前で見せつけられて、叱ることしかできない僕らの気持ち、わかってくれますか?」
「……そんなことをしたんですか……」
全然知らなかった。
クレアが俺のために、そこまでしてくれていたという事実に喜びがある一方、それ以上に、自分のせいで彼女を失っていたかもしれない、とんでもない恐怖で胸がおしつぶされそうになる。
何もなかったから良かったものの……考えるだけで叫びだしたくなる。
「……ほんとにもう……信じられない。俺が何のためにずっと……」
どこにぶつけていいかわからない、怒りのような感情に、ぐっと右手を握りしめた。
そんな俺を諭すように、薬局長が優しく言った。
「破天荒どころじゃないですよね。ルカ君。彼女は命を賭けてあなたを救おうとしている。あなたもそれに応えませんか?次の新月……二日後には一緒に笑いあえるかもしれないんですよ」
その言葉にそっと右胸に触れた。
クリームケースを感じて、息が詰まりそうになる。
「あ。もうもらいました?」
突然そう言われて首をかしげる。
「そこに入っていたラムネ、もらっちゃいましたよ。満月のあの夜、暴走したあなたを落ち着かせるために、クレアさんがその場で調剤してくれたんです。調剤前にラムネを食べるのが彼女のルーティーンですが、持ち合わせがなかったので……。あなたのラムネ、粉々でしたけどね」
ため息とともに、俺はぐっとうなだれた。
色々な情報が一気に入ってきて、正直パンク寸前だ。
「……無理ですよ。もうほんと一気に教えるのやめてください」
「クレアさん、何も言わなかったんですね」
「……言う隙も与えなかった俺が悪いのかもしれないけど……」
「気持ちはまぁわかりますけど、落ち着いてくださいよ?」
楽しげに笑う薬局長にため息が出る。
握りしめた両手をじっと見つめながら考える。
「……明後日は新月ですよね?俺、それまでは我慢します」
「英断です」
薬局長が力強くうなずいた。
新月までの我慢。
そこで、もしも本当に呪いがなくなったら……。
この手で、彼女に触れることができるようになったら……。
右手を見つめつつ、クレアを思い浮かべた。
「呪い解けた時の自分が怖いなぁ。……俺、どうするんだろう?」
「そうですねぇ、とりあえず僕からは『落ち着け』とだけ言っておきましょうか」
オーウェン様はもっと的確に何かアドバイスをくれると思いますけどね、と付け足しながら笑う余裕の既婚者。
「あの人の言葉、的確過ぎて嫌だな」
そう言いつつ、思わず笑ってしまう自分がいた。




