83.見ないふりしないでって言ったのに
今日は久しぶりにトーマ王子の特別調剤だった。
王子と会うのは、演習場に突撃したとき以来だ。
この小さな王子様は、あの日からすっかり「黒髪の英雄」のとりこになっているらしい。
お勉強の合間に戦いごっこをしてみたり、大きくなったら騎士になりたいと言ったりして、執事さんを困らせているようだった。
薬を飲んだ後、トーマ王子は嬉しそうに言った。
「クレアちゃん、僕ね、ピーマン食べられるようになったんだよ!あと、しいたけも」
「それはすごいですね!」
「英雄さんが『何でも食べて早く大きくなってね』って言ってたでしょう?」
「そ、そうですよね」
あの時の黒髪ルカの言葉を、こんなに忠実に守っているなんて……
トーマ王子にとって、ものすごく大きな言葉だったのね。
ルカに教えたら、たぶん反省するんじゃないかしら?
あの時の大人げないルカを思いだして、何とも言えない気持ちになっていると、トーマ様が言った。
「クレアちゃん、お散歩いかない? お城から出なくても、花まつりのお庭が見える場所があるんだよ」
というわけで、私はトーマ王子に連れられて、花まつり仕様の庭園が見える場所へとやってきた。
二階の渡り廊下のようなこの場所は、庭園全体が見渡せる絶好の場所だった。
「わー!すごいですね!」
「綺麗だよね~!僕、こういう普通の花が好きなんだぁ」
普通の花、という表現が正しいのかはわからないけれど、色とりどりの小さな花が咲き乱れる、綺麗な場所であることは確かだった。
「バラとかもいいけど、そういうすごい!っていう感じじゃなくて、『ここに咲いてるよ』っていう感じのさりげないやつが好きなの」
「……トーマ様、すごいですね!」
本当に四歳ですか?
だいぶ大人の感性な気がしますけれど……。
「あっちの方もすごくきれいなところがあるよ!一緒にいこう?」
トーマ様はそう言って、渡り廊下を歩き始めた。
すぐ後ろにいる王子の護衛騎士や執事について、一番後ろからのんびりと歩いていた時だった。
前方から、見回り中であろう騎士がやってくるのが見えた。
金髪にすらりとした手足。
その姿を見た瞬間、びびっと体が固まる。
「る、ルカ……!」
ものすごいタイミングで、ルカが前から歩いてきたのだった。
彼は私に気づくと、一瞬目を丸くした。
思わず私は視線を逸らす。
……まさかこんなところで会ってしまうとは……
ドキドキしつつも、どうにもならない状況に、私は身を小さくさせながら歩く。
トーマ王子とすれ違う瞬間、ルカは立ち止まりとても美しい礼の姿勢を取る。
金髪のルカが「黒髪の英雄」であることに、まるで気づいていないらしいトーマ王子は、立ち止まらずに小さくうなずくのみだった。
たぶん気づいてたら話しかけているだろうな。
私はうつむいたまま、トーマ王子の後を追うように歩く。
『もしも金髪のままなら見ないふりしないで欲しい』
ついこの間、そう言われたのはちゃんとおぼえているけれど……無理。
接近禁止令出てるし、この状況だし、なによりも恥ずかしい……!
どうしても前を向けず、うつむいたまま私は速足で歩いた。
礼をしたままのルカとすれ違う瞬間だった。
「見ないふりしないでって言ったのに」
すれ違いざまにそう言われた。
パッと振り向くと、ちらりとこちらを見て、悪戯っぽく笑うルカと目が合う。
トーマ王子たちがどんどん進んでいくのをいいことに、ルカは「じゃあね」と小さく手を振って歩いて行くのだった。
ドッドッドッドと心臓がおかしいくらいに早くて、胸を押さえながら私はトーマ王子の後を追うのだった。
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「ねぇ、クレアちゃん。今の騎士もすごくカッコよかったね!優しそうだったし、なんとなく英雄さんに似てたなぁ!」
「え」
突然の言葉にびっくりした。
全然ルカのことなんて、見てないと思ってたのに……。
「僕と同じ髪の色だったし、僕、背が伸びたらあんな感じになれたらいいなぁ!
一番カッコいいのはやっぱり英雄さんだけど」
トーマ王子の言葉に、頷くしかない私だった。




