82.やっと見てくれた
次の日。
私は調剤室にこもって薬づくりをしていた。
薬局長に「一日中、調剤させてください!」と志願したのだ。
昨日の今日で、カウンターに出るのはなんとなく嫌だった。
変な噂はまだ聞かないけれど、後ろ指を指されて仕事をするような状況には耐えられない。
薬局長によると、昨日に引き続き、ルカは金髪緑目のままらしい。
呪いの力が弱まった証拠でもある姿なので、本来なら喜ばしいはずだ。
だけど……手放しで喜べない。
金髪のルカは、私には絶対に触れないように気を使ってくれてるけれど、ストレートな好意を、とんでもなく甘い言葉に変えてぶつけてくるので破壊力がある。
それがとても怖いというか、どう受け取っていいのかわからないのだ。
だって私は、少し前に黒髪のルカに振られてしまっている。
呪いから私を遠ざけようとして、私を拒絶したというのもわかっているけど、あれは完全に失恋だったし、しっかりと傷ついて泣いたもの。
でも、そんな風に私を遠ざけた彼から、思いっきり好意を向けられたら、どうしていいのかわからなくなってしまう。
いくら見た目が違うとはいっても同一人物だし。
「一応、接近禁止を守る気はあるみたいですよ、金ルカ君も。
でもねぇ、クレアさんを前にすると、だいぶポンコツになるようなので……とりあえず、見かけたらさりげなく逃げた方がいいかもしれませんね」
薬局長にそう言われた。
いつものごとく、カウンターで頬杖をついていたオーウェン様に至っては、
「クレアちゃんにとって、あいつは災害と同じだからな。命が惜しけりゃ近づかない方がいいぞ」
「さ、災害?」
「近づいたら、一気に呪いが降りかかるシステムだろ?あんた限定でさ」
「そうですよね……」
同じ気持ちをお互いに抱いているならば、だけど。
「魔力が最低値まで弱まってますから、このまま呪いを消したいところです。
クレアさんといることで、魔力を上がったら困るので、よろしくお願いしますね」
そうよね。
呪いが消えるかもしれないのに、私が近くにいることでまた呪いが強まってしまったらと思うと、やりきれない。
「絶対に近づかないようにしないと!」
これはルカのためだから。
そう決意を新たにし、私は仕事に取り組んでいた。
さすがに仕事中らしく、今のところルカが姿を見せることはなかった。
「急に金髪になったら、周りの人驚かないのかなぁ?」
そんなことをのん気に思いながら、私はポーションを作るのだった。
その日は遅めの昼食をとりに、食堂へ向かった。
ランチタイムからだいぶずれているので、ルカに会うこともないだろう。
薬局長にも一応許可をもらっている。
すると、何とユイちゃんも遅めのお昼だったらしく、食堂でばったり出会った。
「クレアちゃん、義理の弟と許されない恋をしていたの!?」
「は?」
突然そんなことを言われ、私は文字通り固まった。
「昨日、薬局に現れた金髪の美青年がクレアちゃんの義理の弟で、腹違いの彼とは許されぬ恋だと聞いたよ。これからのことを相談するために、仕事中のクレアちゃんを連れ去って、実家でご両親とバトルするって聞いた!!」
「……すごいね。メイドさんて」
とんでもなく面白い話になっている……!
そんな私の思いを感じたらしい。
ユイちゃんが首を傾げる。
「あれ?もしかしてこれも全然違う?」
「うん。全然違うけど、もうそれでいいかな。面白いし」
私がルカを連れ込んだ、という部分がなくなっている点もありがたいし。
(やっぱり女子としては、よくない行動だったものね)
「そっかー。でもさ、じゃあその金髪の人っていったい誰なの?すっごいイケメンだったって。新月の幽霊にそっくりだったらしいけど、昼間だったし新月でもないし、私服だったらしいし」
「そもそも、新月の幽霊がデマだからねぇ」
苦笑しながら言った時だった。
「うわ!クレアちゃん!!!」
突然そう言って、ユイちゃんが入口を小さく指さす。
「幽霊幽霊!新月の幽霊がいるよ!!」
びっくりして振り向くと、ちょうど騎士団員が数名入ってきたところだった。
「ほら、あの金髪の人!!あの人が幽霊って噂になってる、神様からの贈り物的なイケメン!昼間から見るの初めて~!やっぱり人間だったんだぁ!」
ユイちゃんの言葉が耳から耳へするりと抜けていく。
……やっぱり噂の幽霊って完全に金髪のルカじゃない。
まずいぞ。これは。
「見かけたらさりげなく逃げろ」と言われたし、まだたぶんこっちに気づいてないみたいだから、逃げるなら今なんだけど。
あぁ、でもまだご飯半分も食べてない!
私はドキドキしながら身を縮めるけれど、ユイちゃんは背筋をぐっと伸ばし、身を乗り出すようにして彼らを見ている。
「やばいねー。ほんとイケメンだね!こっからみてもオーラがすごい。この広い食堂で注目の的じゃない。あんなの絶対みんな見るよね。それにしても、イケメンて何食べるんだろ?」
「ゆ、ユイちゃん。そんな人をじろじろ見ない方がいいんじゃない?」
気づかれたら困るし!
「イケメンっていうのはね、クレアちゃん。見られるためにいるんだよ。みんなを癒すのが仕事だから。メイド界隈ではそうなってる」
どうせ『選ばれし人』がああいう人の隣に行くんだからさ、とケラケラ笑うユイちゃん。
ひやひやしながら、ちらりとルカの位置を確認しようと顔を上げる。
一瞬だけなら大丈夫だよね?
後姿だったらチャンスだよ。
そのまま食堂出ちゃえばいいんだから!
そう思っていた私が甘かった。
顔を上げた瞬間、にこにこと笑ってこちらを見ているルカと、思いっきり目が合ってしまったのだ。
「!」
しくじった……!
完全にあれは私のことに、はじめから気づいてたやつだ。
(だって見た瞬間、軽く手まで振ってきたよ?)
ばっと下を向き、ドクドクとすごい速さで動く心臓を押さえる。
私とルカのやり取りに気づいたらしいユイちゃん。
「もしかして……あれが義理の弟さん?」
「違う……」
顔が真っ赤になっているであろう私を、ユイちゃんがじっと嬉しそうに見つめている。
「そっかぁ。選ばれし人はクレアちゃんだったのかー!」
早く言ってよー!!とにこにこ笑うユイちゃんに、私はぶんぶんと頭を振る。
「いや、もう色々複雑で……お願いだから噂にしないでね!?」
「私がしなくても、勝手になると思うよ?ほら、あちらはあちらで、ね?」
その言葉に顔を上げると、ルカと一緒にいる騎士団員たちが楽しそうに私を見ているのが分かった。
ルカがむっとしたように、彼らをぽんぽん叩いていくのが見える。
「うぅうぅ……もうほんとやだ。こういうの」
「青春~~」
「そんな歳じゃないのよ。本当に」
************
「おい、ルカ。お前さっさと座れ。そんなとこで突っ立ってると、余計注目浴びるだろ」
そう言ってルカの肩をぐいっと押して椅子に座らせた同僚。
「その姿になったとたん、雰囲気が変わったせいか、あちこちから視線が飛んでくるんだけど……お前気づいてるわけ?」
「え。なに?」
一点を見つめたままのルカには、たぶん何も届いていない。
「女子たちが色めきたってるって言ってんの!」
「……そう? 別にどうでもいい。っていうかクレア、全然こっち見てくれない」
「クレア?ってあの女神様?俺たちの?」
その言葉にピクリと反応したルカは、ちらりと発言者を一瞥する。
「俺たちのっていうか、俺のだから」
「うわ、ついに言ったな!」
「やば―!虫たたきと称して俺をバシバシ叩いてたのは本気だったのかー!」
わぁっと盛り上がる彼ら。
注目を浴びるのは、仲良さそうで楽しげだから、ということもあるかもしれない。
「あぁ、ごめんごめん。あの時はなぜか無性に腹が立って」
「穏やかに謝りながら、ぶちまけてくるな……」
あきれ果てる同僚たちをよそに、ひたすらクレアに視線を送るルカ。
「あ。……やっと見てくれた」
そう呟いたルカが、ふわりと嬉しそうに笑って小さく手を振ると、周囲からざわめきが起こる。
その場の空気を感じ取った同僚たちが、つまらなそうにため息をついた。
「あー。罪。女子の視線を独り占めする罪人がここにいるぞ」
「大罪人だな」
「さっきからうるさいよ。なんだよ大罪人て。俺は何もしてないだろ」
心底迷惑そうな顔をするルカに、もう一人が援護する。
「そうだ。ルカは何もしてないぞ。そもそも女神は俺のこと見たのかもしれないし、『見てもらった』という勘違いをしてしまったかわいそうな男っていうだけで……って痛いって!なんで庇った俺が叩かれるわけ!?」
「……でかい虫がいたからだよ」
左手をさすりながら、口を尖らせるルカだった。




