79.思わぬ来訪者
花まつりに行ったあの日から、三日が過ぎた。
あれから、ルカには全然会わない。
たぶん今も続く花まつりのために、庭園やらあちこちの見回りをしているのだろう。
私はというと、相変わらず調剤をし、カウンターで接客をし、在庫の管理などの仕事をしていた。
その合間には、鏡で魔力の扱い方を練習するのも日課になっている。
薬局の開店準備をしていると、薬局長がやってきた。
「クレアさん、最近ルカ君に会ってませんよね?」
「会ってないですけど……なにかありました?」
ほんとは三日前に誘拐(?)されました。
「接近禁止令」を言い渡されている身としては、秘密にしておかなければ!
「様子がいよいよおかしいです」
「いよいよ?」
すでに、だいぶおかしかった気がするんだけど。
「あなたの薬、本当にちゃんとポーションなんですよね? 強力な鎮静剤とか入れてません?」
「なんですかそれ? なにも入れてません!ちゃんとポーションですよ!?」
なんで、いつも変なものを入れてると疑われるのかしら?
「ですよねぇ……。どうしようかなぁ」
本当に珍しいことに、薬局長が悩んでいる。
「ルカ君、この三日間、怖いくらい大人しいんです」
「おとなしい?」
思わぬ言葉に顔をしかめてしまう。
「あの満月を過ぎてからというもの、隙を見て脱走したり、あなたに執着するような言動をちらちら見せてましたよね? 薬が効きすぎてるんだなと思っていたんですけど、それがぱたりとなくなったんです。思いっきり仕事モードみたいで、寝る間も惜しんで働いてるらしいんですよね」
仕事に打ち込むことは、別に悪いことじゃないんですけど……。
そう言いながらも、困ったように考え込む薬局長。
「以前のルカ君に輪をかけて冷静で、必要最低限のやりとりしかしてくれません。……今度は一体なにがあったんでしょう?」
三日前と言えば、庭園でルカと会った日だ。
自分の行動を思いっきり反省していたし、もうあんなことしないようにって仕事に打ち込んでいるのかも?(元は真面目なタイプだし)
冷や汗をかく私に気づく様子もなく、薬局長は続けた。
「数値はとても低めで落ち着いているので、もう少し様子を見てみますね。新月まで、まだ五日くらいあります。新月の金髪ルカ君に様子を聞いてみれば、何かわかるかもしれません。金髪ルカ君の方が、素直に気持ちを話してくれますからね」
「そうですね……」
素直すぎて逆に怖いんですけど、と思っていると薬局長と目が合った。
「あ、もしかして素直すぎて大変だなって思ってます?」
意味深な笑みを浮かべる薬局長に、私は苦笑いする。
「まぁ、一日だけですし普段我慢してる分、甘やかしてあげてもいいんじゃないですか?」
答えに困る私を見て、薬局長はにこりと微笑むと「在庫管理おねがいしますねー」と行ってしまった。
そうか、もうすぐ新月なんだ。
一晩だけとはいえ、あの金髪ルカがまたやってくる……。
見た目は子どもの頃と同じだから、懐かしさもあって安心できるんだけど、呪いのせいか距離感がちょっとバグってるんだよね。(最近の黒髪ルカもだいぶ心臓に悪いけど)
ルカ本人もきっと大変だろうけど、私も覚悟しとかないと。
そんなことをなんとなく思っていた。
まさかこの後すぐに、その本人が乗り込んでくるなんて思いもせず……。
その時、私はカウンターで接客をしていた。
薬局長は、いつものようにスツールに座るオーウェン様と話をしていて、本当に『いつも通りの薬局』という感じの平和な日常風景だった。
しかし、その平和が突然幕を下ろした。
薬局のドアから一人の青年が入ってきたのだ。
彼が入ってきた瞬間、店内にいたすべての人間が惹きつけられるように彼を見る。
ざわつく店内の様子など気にした様子もなく、金髪に緑の瞳の彼は、すらりとのびた長い手足ですいすいとカウンターまでやってきた。
ちょうど接客を終えた私は、注文書にチェックを入れた所で、彼がカウンターにやってきたことに気づいて、慌てて顔を上げた。
「すみません、お待たせしま……」
言葉が詰まってしまった。
「……え」
「お疲れ様。クレア」
目の前の状況がまるで信じられず、私は固まる。
だって目の前にいたのは、にこにこと微笑む金髪のルカだったからだ。
「え……?」
私は思わず、ちらりと隣にいる大人二人を見る。
彼らも目を丸くしているところを見ると、この状況は完全に予想外、という感じだ。
「る、ルカ?……なんで?」
「会いに来ちゃった」
「いや、そうじゃなくて……」
なんで金髪なのってことなんだけど。
驚きもあるけれど、幼いころのあのイメージのままニコニコしている彼を見ると、なんとなく嬉しくなる。
「えーと、元気?」
「元気だよ。ってなにその質問」
なぜか変な問いをしてしまい、ルカにくすくすと笑われた。
あ、ちょっとほんと待って。
それ、完全に子どもの頃と同じ笑い方じゃない。
昼間に見る金髪ルカは、前回の新月の夜とはだいぶ印象が違う。
あの頃の可愛い小さなルカが、大人になって目の前にやってきた、という感じがものすごくしてしまい、なんだか急に緊張してきた。
前の新月に会った金髪ルカは、本当に久しぶりだったし、夜だったし、しかも二人きりだったから、変な距離感になったのかもしれない。(きっとそうだ)
どうしよう、何を話せばいいの?
そわそわする私を見て、ルカは首を傾げた。
「どうしたの?」
「う、ううん。別に」
そう答えた私は、薬局がざわついていることに気づいた。
めちゃくちゃ目立ってる……!!
どうしよう、また変な噂とか立てられちゃうかも。
ちらりと見ると、メイド服を着た女性が数名いることに気づいた。
メイド界隈……!!黙ってるわけがない!
「え、えーとあの……」
どうしようかと思っていると、薬局長が私の隣にやってきた。
「ルカ君? あなたその姿……どういうことですか?」
「わかりません。起きたらこうでした。あ、ちなみに今日は休みです。抜け出したりしてませんよ。ところで、どうしてオーウェン様がここにいるんです? 入り浸ってるって噂は本当だったんですね?」
そう言ってにこりと微笑むルカだったけれど、その綺麗な笑顔がなぜか怖い。
「否定はしねぇけど、そんなことよりお前だよ。新月はまだだろ?だいぶフライングしてねぇか?」
「そうなんですよね。なんでだろう?体は楽だから全然いいんですけど」
「薬が効きすぎた結果、ですかねぇ?」
首をひねる三人。
とても珍しい状況だわ。
するとパッとルカが嬉しそうな顔をする。
「この姿なら、別に近づいてもいいですよね?」
「右手、まだうっすら黒いけどな」
ルカの右手をちらりと見たオーウェン様。
しかし、ルカは全く気にする様子がない。
「問題ないですよ。全然抑えられるんで。手袋も二重だし」
「触る気満々じゃねーか」
「え、触りませんよ?なるべくね」
穏やかに微笑むルカに薬局長は苦笑し、オーウェン様は心底呆れた顔をする。
すごく堂々と話してるけど、これ私のこと言ってるんじゃない?
だとしたら気まずくないの?
私は気まずいんですけど。
目を泳がせる私に気づいたらしく、ルカがにこりと微笑んだ。
「突然ごめんね?」
「え、あ、うん、突然すぎてびっくりしてるんだけど……」
そう言った私に、すぐ隣にいた効率第一の先輩が言った。
「クレアさん……どちら様?」
眉をひそめる彼女は、仕事が滞ってしまうと思っているのかもしれない。
どう説明しようかと考えたけれど、この会話を薬局内の全員が聞いているっぽいぞ?
そう思って、慌てすぎた私が言った言葉はこうだった。
「え、あ。あの。その……弟?みたいなもので……」
その瞬間、目の前のルカがカチリと固まった。
……なんかまずかったかしら……。
「おー……地雷踏んだな、クレアちゃん」
「踏み抜きましたね……」
苦笑する大人二人がちらりと見えた。
その言葉に不安を覚えた瞬間、ルカがまっすぐに私を見た。
緑色の瞳は『心底傷つきました』という感情を隠しもしていない。
「クレア。……『弟』ってなに?」
「え、あ。えーと……」
静まり返った薬局に、ルカの少し低くて、どこまでもまっすぐな声が響き渡る。
「俺、ずっとクレアに会いたくて、力が弱まって、やっと普通の距離で話ができると思ってここに来たのに……。俺、弟以上にはしてもらえないの?」
ちょ、ちょっと待って!ほんとに!!
それを今この大混雑している薬局のカウンターで言う!?
しかもそんな大真面目な顔で!
そんな綺麗な顔で、深く傷ついたように言うの!?
周りのお客さん達(特にメイドさん)が「え、なに?」「弟?」「血の繋がってるやつ?」「腹違い?萌える~!!」と、こそこそ言っているのが思いっきり聞こえてくる。
あぁ、もうこのままはどう考えてもまずい。
これ以上変な噂の中心人物でいたくないし、何よりも目の前のルカは何を言いだすかわからない。
真面目過ぎる上に、まったく周りを気にせずにストレートに感情をぶつけてくるのだ。
「あの!ちょっとこっち来て!!」
恥ずかしさと焦りでどうにかなりそうだった私は、ずかずかとルカの前に出ると、彼の左腕をがしりとひっつかみ、そのまま調剤室へとひっぱっていく。
背後で「お姉さんも大変だなぁ」と肩を揺らして笑っているオーウェン様に気づいた。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
今現在の私の行動も、注目されまくっていることに気づくのは、後になってからである。
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