78.無意識の両片想い
「やっと捕まえた」
その聞きなれた声に、私は固まった。
そっと視線を上げると、そこにいたのは黒い瞳でまっすぐに私を見るルカだった。
「なっ……なに?ルカ?」
安堵からかふっと全身の力が抜けていく。
そのまま私はずるずるしゃがみこんでしまった。
「ごめん、驚かせて」
大きく深呼吸する私の顔を覗き込むように、ルカが言った。
「やだ、もうほんとびっくりした。不審者かと思った」
ドクドクと、とんでもない速さで動く心臓を抑えながら言うと、ルカは申し訳なさそうな顔をする。
「クレアが一人になったから、今しかないと思ってつい……」
「……それ、誘拐犯のセリフみたいだよ」
「ごめん。でも、こうでもしないと会えないだろ。接近禁止なんだから」
あまりにストレートな物言いは、いつものルカとは思えない。
動揺しまくる私に対し、ルカ本人は自分のセリフに全く疑問を抱いていないらしい。
それどころか、さらにこう言った。
「これでも、だいぶ我慢したほうなんだけど」
「え?」
「なんで俺だけ近づいたらダメなわけ?他の奴らは、クレアの周りをうろうろしてるのに」
「う、うろうろって……」
そんな人いませんでしたよ!?
「あいつ誰?」
「え?」
「庭師。知り合い?いつから?」
「え、えぇと、あの人は友達の彼氏だよ。名前、そう言えば知らない……」
聞きそびれた。
私の答えに、ルカが「え」と固まった。
そして、口元に手を当てる。
……見覚えのありすぎる行動だ。
「……ごめん、早とちりした。そんな可愛い格好してまで会いたい奴なのかと思って……」
「え」
ルカの言葉に、私が固まる番だった。
いま、さらりとすごいこと言ったよね?(本人気づいてないみたいだけど)
どうしよう。
気づいてないってことは、たぶん深い意味もなく言った言葉だとは思うんだけど……。
今までのルカを考えると、到底考えられないセリフだったから、私にとってはパンチ力がすごすぎる。
お互いに理由は違うけれど、何とも言えない気まずさを抱いてしまっている私達。
「ルカ、この辺の見回りの仕事?」
「そう」
「さっきもセレモニーでシャロン様の警備してたよね。お疲れ様」
「復帰直後なのに、全然配慮してもらえないからね。でも、おかげでクレアに会えたから」
そう言ってにこりと笑うルカに、再び私はノックダウンさせられる。
ほんとに最近のルカは、息を吸うように甘い言葉を吐いてくる。
……ルカってホントはこんな子だったんだっけ?
学生時代を思い返してみても、あんまりそんな記憶はないけど……。
うーん、と首をかしげているとルカが私を見ていた。
これまではすぐに目をそらされていたので、なんだか落ち着かない。
どこか変?
髪の毛はユイちゃんにやってもらったし、おかしなところなんてないとは思うんだけど……。
遠慮のない視線に耐えきれず、私は口を開いた。
「なんか変?」
そこで初めてルカは、はっとしたように私を見た。
これまで無意識だったらしい。
「え、ごめん。なに?」
あ、そうか。
別に私を見てたわけじゃなくて、ぼんやりしてただけなのね。
……自意識過剰すぎて恥ずかしい人だわ、私。
「ごめん、なんでもない」
そう言おうとした時だった。
すっとルカの左手が伸びてくる。
「クレア、髪の毛長かったんだなって思って……」
そして私の肩にかかる髪の毛一束をそっと掴んだ。
ルカらしからぬ行動に息が止まる。
「いつも結んでるから全然気づかなかったな。この花の色、髪の色とすごく合ってるね。……可愛い」
黒い瞳が、薄ピンク色の花飾りをまっすぐに見ていることに気づいた。
いやいやいや、ちょっとほんとに待って。
誰ですか、あなた。
やっぱりこんなルカ全然慣れないよ。
どうしよう。
でもここで私が照れたら、ルカも我に返って余計に気まずすぎるもんね?
普通に対処しなければ!!
「あ、えーとこれはユイちゃんが選んでくれたお花で、今日の私は全部彼女がやってくれたの。です。」
「ユイちゃん?あぁ、さっきの友達だね」
頷くルカは、不自然な言葉遣いになってしまう私に気づく様子もない。
そわそわする私を見て、ルカは別のことに気づいたらしい。
「ごめん。せっかくの服、汚れるから……立てる?」
そう言って私に左手を差し出す。
「あ、ありがと」
その手を取って立たせてもらった私が、手を引こうとした時だった。
そのままぎゅっと手を握られる。
「え、えーと……?」
全く手を離す様子がないルカ。
黙り込んだまま、彼はさらにぎゅっと手に力を込める。
私の手をすっぽりと包み込む彼の左手に、嫌でも意識させられる。
「あ、あの……ルカ。ごめん、ちょっと近すぎない?」
逃げ場のない私はやんわりとルカを注意する。
これで右手が暴走しましたっていったら、私ゲームオーバーなんですけど……。
「大丈夫。右手の手袋、二重にしてる」
「え。あ、そう、なんだ? でも……ちょっと、うーん……それはそうかもしれないんだけどね?」
大丈夫って、だからそれはどういう意味で言ってるの?
困り果てた私を見て、ルカは小首をかしげる。
「どうしたの?」
それ、こっちのセリフなのよ。ほんとに。
どうしたらいいの?
これ全然気づいてもらえないんだけど……。
どうしたら、ルカを正気(?)に戻すことができるんだろう?
正解が全然わからないので、素直に気持ちを訴えてみることにした。
「あの……恥ずかしいんだけど……」
そっと彼を見上げて言ってみる。
ルカの黒い瞳とばっちり目が合う。
恥ずかしさをこらえ、ぐっとその目を見つめること三秒。
「!」
はっとルカが我に返ったらしい。
「あ、え? ……ご、ごめん!」
私の手をぱっと離して、両手を上げてみせる。
なにもしてませんよ、という意味だと思われるけれど……。
「ルカ、大丈夫?」
色々と。
「あー……いや、ちょっと……。だめだ、なんかもう自分でもよくわからなくて……」
口元を手で押さえながら、真っ赤になっているルカ。
本気で動揺してるのが丸わかりだった。
「クレア、ほんとにごめん。今度なんかしたら、俺のこと殴っていいから」
「え」
殴る?
「右手だけ気をつけてくれるなら、本気で抵抗してもらいたいんだけど……」
もう自分に自信がない、と言いだす幼馴染。
そこまで身の危険を感じてはいないけど……それって言わない方がいいよね?
そう思ってしまった自分に、私も戸惑ってしまうのだった。




