77. 花まつりの庭園
リアディス城の庭園は、想像の百倍くらい広かった。
普段、お城の窓から眺めるだけなので、実際に歩いてみると、その広さと美しさに驚かされる。
「ほんっとにすごいね!お城って感じ!広い!綺麗!!」
「お城なんだよクレアちゃん。でも気持ちはすっごいわかる!!」
隣を歩くユイちゃんが笑う。
一般客と同じテンションで、職場の庭をキョロキョロ見回す私達。
白い石畳を囲むように色とりどりの花が咲き乱れ、美しく整えられた木が等間隔で配置されている。
少し先には噴水やパーゴラなども見える。
「もう少し先に行くとね、今見ごろのバラゾーンに入るんだよ」
「バラゾーン……すごそうだね」
「香りもすごいし綺麗だよー!バラのアーチも良いけど、バラの生け垣がもう圧巻!彼が担当してるところだからぜひ見てあげて!」
「そうなんだ!楽しみ!」
庭園をずんずん進んでいくと、少しずつ雰囲気が変わり始める。
背の高い生け垣や、整えられた木々で迷路のような感じになっていた。
次はどんなエリアが待っているんだろうとワクワクさせる作りだなぁ。
あちこち見ていると、実はあちこちに警備中であろう騎士団員がいることに気づいた。
誰でも立ち入れる日だから、警備も厳重にしているのだろう。
さっきセレモニーでシャロン様の護衛をしていたルカは、今頃何をしているのだろう?
いくら元気になったとはいえ、まだ万全じゃないだろうし、早く上がらせてもらえるといいのになぁ。
そんなことを思っていたら、突然目の前が開けた。
バラのアーチというかトンネルが続いている。
そこを抜けると、辺り一面バラが咲き誇っている「バラゾーン」なるものが広がっていた。
「すっごい!いい香り!!」
「酔うくらいでしょ?」
「うん、でもすごい!綺麗だねぇ!!」
感動しっぱなしの私の隣で、ユイちゃんが「あ」と言った。
見ると、ホースで水巻きをしている庭師さんがいる。
立ち止まった私たちに、向こうも気づいたらしい。
軽く手を上げたかと思うと、水巻きの手を止めてこちらへやってきた。
「来てたんだ?」
「うん。シャロン様見てきた!」
「おー!良いなー!俺もみたかった!」
にこにことそう言いながら、彼は私を見るととても爽やかに挨拶をした。
「もしかして薬局のクレアさん?」
「はい。薬局のクレア・ベネットです」
変な名乗り方をしてしまったなと思いつつ、頭を下げる。
「クレアちゃん、これ、庭師の彼です」
「なにその紹介の仕方。ちゃんとしてよ」
ユイちゃんの彼氏は見た目の印象通り、とても明るい人だった。
「いつもユイがお世話になってます」
「いえいえ、ユイちゃんには私がいつもお世話になっています」
ぺこりと頭を下げあう私達に、ユイちゃんが笑っている。
「俺、よく薬局に行くんですけど、クレアさん、こないだ間違えて座薬くれましたよね?」
「座薬……? あ!!……あの時の庭師さん!?」
「すごいおもしろかったです!仲間内で『誰だよ、座薬使うやつ!』って大ウケでしたよ。俺、疑われましたからね!?」
明るく笑う彼に、私はペコペコ頭を下げる。
「あー!もうその節は本当に申し訳ありませんでした!」
「なにそれ、座薬事件?」
「そうそう。毒消しの代わりに座薬入ってたんだよ二十個も!」
「えー!? クレアちゃん、面白過ぎるね!」
……言えない。
ルカのこと考えすぎていて、庭師さんの注文内容と全然違う座薬を入れたことなんて……。
まさかあの時迷惑をかけたのが、ユイちゃんの彼氏さんだったとは!
「どうですか?庭園!すごいでしょ?」
「すごすぎます!本当におとぎ話の中みたい」
「クレアちゃん、さっきからずーっと感動しっぱなしなんだよ」
「庭師冥利に尽きるね」
そう言ってニコニコ笑う彼らに、私もつい笑顔になる。
その時だった。
彼が持っていたホースの水が、なにかの拍子にパシャっと飛び散った。
「うわっととと!!」
「きゃ!?」
水しぶきがユイちゃんのスカートのすそに跳ねる。
「ごめん!ユイ!大丈夫か?」
「つめたい~!!」
スカートの半分ほどが水にぬれて色が変わってしまっている。
「ごめん、タオル持ってくる!」
「大丈夫!乾かした方が早いかも。すぐそこメイドの休憩所だから、何とかなると思う」
ユイちゃんはそう言って、すぐそばの小さな入口を指さした。
「ごめんね、クレアちゃん、この辺りを見てちょっと待っててくれる?」
「うん。風邪ひいちゃうから早く乾かしておいで!」
「クレアさん、ごめん!」
「ユイ、ほんとごめん!」
「いいよ。その代わりなにか奢ってもらうからね」
そんなことを言いながら、彼らはお城の裏口へと歩いて行った。
バラゾーンで急にぽつんと一人になった私は、ふぅっと息をついて辺りを見回した。
高いバラの生け垣に、バラのアーチ。
むせかえるようなバラの匂い。
突然一人になってしまったからか、バラに囲まれた私は迷子のような感覚になる。
「……どうしようかな」
もう少し先まで歩いてみようかな。
少し広い場所まで行ってみれば安心できるかも。
そう思って歩き始めた時だった。
「クレア」
え?
名前を呼ばれた気がして、辺りを見回そうとした時だった。
突然横からぐいっと腕を引かれ、視界がぐらりと揺れる。
「!?」
なにがなんだかわからず、声もでない。
あっという間に、大人の背丈を越えるバラの生け垣の脇へと引きずり込まれたかと思うと、そのままトンとお城の城壁に押し付けられた。
驚きと恐怖で視線を上げられず、呼吸が浅くなった。
私の腕をつかむ大きな手を振りほどこうとした時だった。
「やっと捕まえた」
その聞きなれた声に、私は固まった。
そっと視線を上げると、そこにいたのは黒い瞳でまっすぐに私を見るルカだった。




