76.5 【ルカ目線】セレモニーの舞台裏
花まつりのセレモニーの警備につくよう指示されたけれど、まさか巫女の警備をさせられるとは思いもしなかった。
シャロン様を別室へ迎えに行くと、彼女は俺を見て「え、ルカ様?もう復帰されたのですか?」と驚いていた。
「復帰させられました」
「早すぎません?まぁ、フランツ様のご意向ならば正しいと思いますけれど」
「……あの人、けっこう厳しいですよね」
「温和であり、厳しくもあるところが素敵なところですわ!!」
「そうですか。じゃ、行きますよ」
熱く語られても困るので、移動を促そうと部屋のドアに手をかける。
しかし、彼女は立ち上がろうとしなかった。
「お待ちください。花冠を選ばないといけませんの。どれがよろしいかしら?」
見ると、彼女の座っていた机の前には三種類ほどの花冠が並んでいる。
「お好きなものを選べばいいんじゃないですか」
俺に聞かないでほしい。
花なんてどれも同じだろ。
「私、お花にそこまで興味なくて……いつもはお花好きな見習い巫女が選んでくれるのだけれど、今日は彼女がいなくて困っているのよ」
「シャロン様なら何でもお似合いですよ」
どうでもいいから、早くしないと時間がまずい。
「……心が全くこもってないですわね。あなた、これがクレアさんだったら絶対選びますわよね?」
「……」
選ぶ。
絶対選ぶ。
「あぁ、フランツ様に選んでいただけたらいいのに!あの方なら、ちゃんと心を込めて選んでくださるはずですわ!!」
「呼んできましょうか?」
薬局にクレアがいるかもしれないし。
「推しに迷惑をかけないようにするのが、推し活道というもの!!」
「……じゃあその白と青のでいいんじゃないですか? 冷静になれそうな色で」
「そうですわね。仕事前ですし、冷静になるのが一番ですわ」
こうして特に理由があるわけでもなく、その年の花冠が決まったのだった。
シャロン様を連れてステージ裏に着くと、一緒に警備をすることになっている同僚がやってきた。
「やばー!俺シャロン様をこんな近くで見たの初めてなんだけど!! すげー!まじ天使!なにあの透明感!消えちゃわない!?」
彼は準備を始めるシャロン様を盗み見しながら、コソコソと俺に話してくる。
「消えないだろ。これから仕事なんだから」
俺の言葉に、同僚は思いっきり白けた、という表情を見せてくる。
「バッカ違うだろ!お前、目悪い?麗しくて儚い美人だっていってんだよ」
「……儚いか?」
まぁ、第一印象はそんな感じだったかもしれない。
もう思い出せないけれど。
彼女の中身を知っている今となっては、全然違う。儚くない。
オーウェン様の言う「台風娘」というのが一番しっくりくる。
「今だって絶対緊張してんだぜ?ほら、見ろよ。がんばって集中してるんだって。練習してるみたいだし」
胸で両手を組み、目を閉じているなにかを言っている巫女を見て、同僚はそう言った。
「そんなんじゃないと思うけど」
さっきここに来る途中でたまたま薬局長に会った。
彼に「セレモニー頑張ってくださいね」と声をかけられていたのだ。
そのせいだと思うけれど、そこからずっと巫女はぶつぶつと何かを言っている。
どうしたのかと彼女に近づいてみたところ、
「推しが尊すぎる……推しが尊すぎる……推しが尊すぎる……」
小さな声だけれど、さっきはっきりと聞こえた。
正直言ってものすごく怖い。
「なぁ、ルカ。シャロン様になんか声かけた方がいいと思う?」
「集中してるみたいだしやめとけ。それよりもこの後のことだけど……」
俺は同僚をさりげなく彼女から離しておいた。
さっき薬局長に会った時、彼は俺にもこんなことを言ってきた。
「クレアさん、今日はお休みなので薬局にはいませんよ。警護抜け出しても会えませんからね」
「……わざわざそれ言います?」
「だって接触禁止中ですし、仕事を抜け出すのはさすがにまずいでしょう?あなたの職場復帰を早めた意味がなくなっちゃいます」
正直、無駄足を踏まずに済んだと思ったけれど、そんなことを思う自分に驚いた。
あの満月を越えてからというもの、自分がよくわからなくなっている。
クレアを遠ざけなくては、という思いが前ほどなくなってしまった。
呪いが落ち着いているからだとは思うけれど、もっと危機感を持たないと何かあってからでは遅い。
「俺だって、近づかない方がいいってわかってるんです」
「薬の副作用というところですかねぇ。まぁ、仕事に専念してください」
仕事に専念。
それが一番だ。
そう思っていたのに、なんでクレアがここにいるんだろう?
警備中に彼女を見つけた瞬間、一気に意識を持っていかれた。
はじめは見間違いかと思った。
思わずガン見した。
普段の彼女とはまるで違う。
髪の毛、あんなに長かったんだな。
っていうか、ほんと……ちょっと待って……。
……可愛すぎるだろ。
はっと気づいたら、クレアと目が思いっきり合っていた。
彼女は俺を見て、首を傾げつつ小さく手を振っている。
その瞬間思いっきり顔をそむけてしまった。
鼓動がおかしいくらいの速さで打っている。
右手をぐっと握りしめながら、「仕事中仕事中」と頭の中で何度も繰り返す。
誰といるんだ?
そう思った瞬間、血の気が引いた。
オーウェン様は後ろにいるはずだ。
彼じゃない。
後ろをちらりと見ると、彼は楽しそうに一点を見つめている。
視線の先には……両手で顔を覆うクレアがいる。
「……ほんと、なんなんだよ」
思わずつぶやいた瞬間、奴がこちらを見た。
目が合うと、ニヤリと笑って俺の右手を指さす。
思いきり魔力が上がり、ちりちりと熱くなった右手をぐっと握りしめる。
お前のせいだろ、と睨み返そうとした時だった。
すぐそばのシャロン様の指輪がきらりと白く輝いた。
その瞬間、ふっと右手の疼きが軽くなる。
「ルカ様。もう終わります」
俺だけに聞こえる声でそう言ったシャロン様は、何事もなかったかのように持っていた花束を台座に捧げる。
その瞬間、鐘の音とともに、空から無数の花びらが舞い散った。
観衆のざわめきと拍手に辺りが包まれ、セレモニーが終了する。
花びらとともにキラリと光る氷の結晶のようなものまで、チラチラと落ちてきた。
例年、花びらだけのはずだったけれど、今年はずいぶん凝ってるなと思った。
観客たちも「うわ!雪?氷?」「綺麗!!」「幻想的~」と盛り上がっている。
ふと見ると、クレアも隣の人(女性だ。良かった)と楽しそうに笑っていた。
思わずふっと肩の力が抜けた時だった。
「オーウェン様ってけっこうロマンチストですわね」
意外過ぎて笑えますわ、と俺にだけ聞こえるように言いながらステージを降りていくシャロン様。
見るとオーウェン様が二階の手すりに寄りかかって、小さく杖を振っていた。
仕事中、しかもこの場の責任者であるというのに、純粋に祭りを楽しもうといういたずらっ子のような表情の彼に、腹が立つような、悔しいような何とも言えない気持ちになる。
完全に負けた気分で、ステージの端から観客席を見る。
彼らがすべて引くまで、俺はここにいなければならないのだ。
セレモニー終了の合図とともに、観客たちが少しずつ移動を始めた。
このあとは、また外回りの警備だ。
精神的に今日はもう無理なんですけど、心の中で深くため息をついた時だった。
ふと視界にクレアが映る。
じっとこちらを見ていたらしいクレアは、俺と目が合うとふわりとほほ笑み、小さく手を振った。
そして、友人らしい女性と会場を出ていく。
無数の花びらと、きらりと光る氷が舞い散る中、楽しそうに歩いていく彼女の後姿を見送りながら、今すぐ追いかけたいという衝動に駆られた。
あの細い肩をつかんで引き留めたら、クレアはどんな顔をするだろう。
くだらない任務なんて放り出してしまいたい。
あー、早く終われ。




