74.花まつり
ルカとオーウェン様の騒動のあと、しばらくしてから薬局に戻ってきた薬局長。
彼は私を見るなりこう言った。
「ほんとになんですかね、あのステルス能力の高さ」
眼鏡を上げながら、ため息をつく彼は疲れ果てていた。
「ほんとに一瞬なんですよ。目を離した途端いなくなるんです」
「……騎士団員ですからねぇ」
しかも英雄だし。
「魔力があそこまで下がっていると、シャロン様の結界には引っ掛かりません。僕はもう最終手段に出ましたよ」
「さ、最終手段?」
オーウェン様が言ってた通りになりそうだわ、でも一体どんな手段なの?
ドキドキしながら薬局長を見る。
「騎士団に戻します」
「……え?」
「目覚めてまだ三日目ですが、もう元気!完治しました!と書類書いてきちゃいました。明日からはしっかり働いてもらいます。いくらルカくんでも、騎士団に戻るとなれば、簡単には出歩けませんからね」
「それはそうですけど……もう働かせるんですか?」
「心は痛みますが、どう見たってもう元気ですよね?」
「……確かに」
「特別調剤には僕が行きますからね。クレアさんは接近禁止のままでお願いします」
というわけで、満月前の日常生活に戻ることになったルカと私達だった。
それからはルカが突然現れることもなく、平和な時間が過ぎて行った。
薬局長は「まぁ不満そうですけど、落ち着いてます。呪いがなくなるまでの辛抱だと言い聞かせてます」と状況を教えてくれる。
呪いがこのままなくなれば、きっと本当の日常を取り戻せるのだ。
そう信じて今は過ごすしかない。
私は、仕事の合間に相変わらず鏡の魔道具で魔力を鍛えたり、調剤の仕方を工夫したりしながら、日々を過ごしていた。
そして、あの満月から1週間が経った頃。
その日はお休みだったので、メイドのユイちゃんと遊ぶ約束をしていた。
彼女の部屋を訪ねると、爽やかな挨拶とともにユイちゃんが顔を出す。
「おはよう!クレアちゃん。待ってたよー!」
彼女の明るい笑顔と雰囲気につられて楽しくなる。
「クレアちゃんと出かけるの、ずっと楽しみにしてたんだぁ!生まれも育ちもリアディスの私が城下町をちゃーんと案内するからね!」
今日から二週間の間「花まつり」が開催されるリアディスの街。
前からずっと、一緒に行こうとユイちゃんに誘われていた。
ここに来てから、街へ出るのはほぼ初めてだった私を案内してくれると言う。
とても心強い。
さて、お出かけだ!と思ったところで、じっと私を見ていたユイちゃんが言った。
「クレアちゃん。せっかくのお休みなのに、仕事と同じヘアスタイルじゃつまんなくない?」
「え、そうかな?」
「そうだよー。私が休日スタイルにしてあげる!入って入って!!」
「いいの?」
「うん、むしろやりたい!クレアちゃんは絶対にやりがいがある……!」
「やりがい……」
そんなに普段ひどいのかしら?と思いつつ、やる気満々のユイちゃんにお任せすることにした。
ユイちゃんの中に眠る何かを起こしてしまったらしく、そこからユイちゃんは完全にお仕事モードに入ってしまった。
「やっぱりね、癒しの女神の休日っていうのはこういう感じが理想だよね。ゆるふわゆるふわ。あー、いいかも……ここは絶対巻く……!」
楽しそうな声が聞こえてきたので、まぁいいかと思いながら目をつむる。
髪の毛を触られると眠くなるなぁとウトウトしかけた時だった。
「はい!できた!!」
その声にはっと意識を取り戻すと、鏡の中のユイちゃんと目が合った。
にっこり笑う彼女が「どう?」とこちらを見返している。
「……うわ、すっごい……!ユイちゃんプロすぎる!!」
普段まったく言うことを聞かない私の髪の毛が、ものすごく素敵なことになっていた。
両サイドは編み込まれていて、おろしている後ろの髪もふんわりくるんとしている。
「……私の言うことは全然聞かない髪の毛が……こんな素敵に……!
っていうかあれ?メイクもしてる?」
「してるしてるー!寝てる間に完璧に女神様になったでしょ!?」
「……これが世に言う整形メイク……!」
「えー、素材を生かしたメイクだよー!もっと自信持ってよ!」
口を尖らせるユイちゃんの言葉が今一つ信じられない。
鏡の中の自分は「一日一善! お花や動物が大好き!」みたいな優しい感じの人に見えたのだ。
本当の私は、自分のことでいっぱいいっぱいだし、花や動物が大好きというわけではないのだけれど……。
それから洋服もあれこれとコーディネートされ、本当に「誰かなこれ?」状態の私が出来上がった。
ユイちゃんは大変にご満悦で
「よし。最高。女神。行くしかない」
そんなことを言ってぐっとこぶしを握っていた。
すべての準備を整えた私とユイちゃん。
部屋を出て、花まつりの会場へ向かう。
とても良い天気で、楽しい一日になりそうだった。
「クレアちゃん、花まつり初日といえば見逃しちゃいけないものがあるの!!」
「え、そうなの?」
「うん!!絶対見てほしいと思ってたから、たまたま今日お休みが合って本当にラッキーだったよ~」
「それってなんなの?」
私の言葉に、ユイちゃんはワクワクした表情でピッと指を立てた。
「あのね、ぴったりお昼の十二時にお城の前で、巫女さんによる開会セレモニーがあるんだよー」
巫女?ってまさか……。
「『リアディスの麗しき巫女・シャロン様』だよー!!彼女が花まつりの開催宣言をして、リアディスの繁栄を祈ってくださるんだよ!」
「……そ、そうなの!?」
「もうね、去年も見たんだけどすっごかったー!!麗しすぎて涙が止まらなかったの!ほんとに綺麗な人だよねぇ。ぜひ彼女を見てほしくて!!」
「そっかぁ。それは楽しみだなぁ!」
シャロン様の新しい一面を知ることになりそうだわ。
花まつりがどんなものかまるで知らない私は、ドキドキしながら街へと向かうのだった。




