73.おかしなルカVSオーウェン様
ルカが目覚めてから三日目。
いつもと違うルカに振り回されている私は、薬局長とも相談して調剤室にこもることにした。
「接近禁止なんだし、呪いが暴走したら困るもん。ルカには悪いけど、これは呪いが解けるまでの辛抱だからね!」
私だって、うっかり触られて灰になりたくはない。
自分の身は自分で守るのだ。
これまで「私を拒絶する」というスタイルではあったけれど、ルカが距離を保っていてくれたことが、どれだけありがたいことだったのか、今身をもって感じているのだった。
……あぁ頼むから、いつものルカに戻って!
というわけで、ひたすらポーションとエーテルを作り、傷薬を練り、大量の毒消しを作っていた。
「クレアさーん、毒消しできた?庭師さん達、もうすぐ取りに来るわよ!」
「はい、五十個できてます!」
「座薬入れてないでしょうね?」
「今回は大丈夫です!」
以前の失敗をつつかれた私は、何度も中身を確認する。
箱詰めした毒消しをカウンターに運ぼうと調剤室を出ると、いつもの場所に座っているオーウェン様がいた。
「お、クレアちゃん」
「オーウェン様、いらしてたんですね」
「エーテル買いに来た。あと、眼鏡と話したかったんだけど、あいついないんだな」
「ルカの所です」
見張りという名の看護だ。
「あいつ、もう目が覚めたんだって?」
「はい」
「回復力やば。っていうかあんたの薬の効き目が凄まじいのか」
さすが癒しの女神だな、と笑うオーウェン様。
彼は、目覚めてからのルカの異変を知っているのだろうか?
「あの、オーウェン様。ルカのことなんですけど……」
そう言いかけた時、オーウェン様の視線が私の頭に止まった。
「ちょっと待って。あんた何つけてんの?」
そう言って自分の頭を指し示す。
「え?」
彼が指し示している辺りに手をやるけれど、何も触れない。
「違う違う。これ」
すっと立ち上がり、オーウェン様は私の髪に触れたかと思うと、乾燥した茶色い葉を私に差し出した。
「ほら、これ」
「あ、ありがとうございます。これ、毒消しの葉っぱですね」
「なんで頭に着けてんだよ」
「棚の上にあったやつをとろうとしたら、ばらまいちゃって……」
そんなやり取りの途中で、オーウェン様が固まった。
彼の様子に私が首を傾げた時だった。
「……やべ。めんどくさいことになりそう……」
「え?」
「俺の後ろ、なんかいるだろ?」
顔を上げると、そこにはいつの間にかルカがいた。
無表情で立ち尽くす彼が逆に怖い。
「あ、えーと、ルカ?」
薬局長?
見張りはどうしました!?
内心思いっきりドキドキしている私は、冷静を装いながらルカを見る。
「……なにしてるの?」
「え、何って仕事を……」
「オーウェン様と?」
「え、あー。今ね、私の頭についてた葉っぱを取ってくれたところで……」
「ふぅん?」
……こわ~。なにこの醸し出す雰囲気。
いつもの黒髪ルカの百倍くらい怖いんですけど。
つかつかと私たちのそばまで来ると、ルカはオーウェン様の隣のスツールに座った。
静まり返る空気が重い。
すると、いつもの調子でオーウェン様が口を開いた。
「お前、もう出歩けるんだ?」
「おかげさまで。その節はお世話になりました」
「おー。おつかれ。右手、落ち着いてるんだな」
「クレアの薬が効いてるみたいです」
「ふぅん、そりゃよかった。で?俺に何か言いたいことでもあるわけ?」
そう言ってニヤリと笑うオーウェン様を、ルカがまっすぐに見つめる。
「いいえ。ただ薬が効いててよかったな、と思ってるだけです」
「ほんと。俺も思う。こんなところで灰にされたくないもんな」
笑いあう彼らに、私は背筋が凍る思いだ。
……頼むから外でやってくれないかな?
薬局が凍り付いてるよ、これ。
「全然魔力、反応しねぇんだ?」
「少しくらいはしますけど、今の俺でも抑えられてます。今、抑えるのやめてみます?」
「いや、抑えといてくれよ。クレアちゃんの職場に迷惑かかるだろ」
オーウェン様の言葉に、ルカは黙り込む。
「それにしてもすごいな。満月の薬ってそんなに効くんだ?」
そう言ってオーウェン様は私を見る。
「お前、すごいもの作ったんじゃねぇの?もしかして」
「普通のポーションなんですけどねぇ?」
そう、本当に普通のポーションなのだ。
万能薬でもなんでもない。
不思議だなぁ、と思っていたらルカが言った。
「俺にはクレアのポーションが昔から一番効くから」
そう言って、こちらをじっと見つめてくる黒い瞳は柔らかい。
「あー、はいはい。もういいよ。そのままさっさと呪いを消しちまいな」
オーウェン様は立ち上がって私とルカを見た。
「じゃあな。お前もそろそろ戻らないと、眼鏡が駆け込んでくるぞ」
「……別にいいです。せっかくクレアに会いに来たんだし」
固まる私と、口笛を吹くオーウェン様。
「よくないよ、ルカ!ちゃんと戻って!私も仕事あるし!!」
「なるほど。呪いが弱まってくると、理性がグラグラになるわけね」
ため息をついてそう言ったオーウェン様は急に私を見た。
「なぁ、クレアちゃん」
「はい」
呼ばれて顔をあげると、ふっとオーウェン様の顔が近づいてきた。
がっと肩を掴まれたかと思うと、耳打ちされる。
「あいつ、面倒だからちょっと荒療治」
耳元で聞こえた低い声にびくっとなった瞬間、ぱっと彼は私から距離をとった。
全然意味が分からない。
ただ、突然のことに恥ずかしさと気まずさで顔が熱くなる。
「な、なんですかっ!?」
なんとなくこそばゆい耳を押さえながら文句を言う。
「いいや、これで充分だ」
オーウェン様はルカを見たかと思うと、楽しそうに言った。
「うわ、一気に真っ黒。お前、ほんとに抑え込んでたんだな」
「……クレアを使って試さないでくれます?」
「だってクレアちゃん困ってたじゃん。ほら、そんな魔力上げてクレアに近づいたらヤバいんじゃねぇの?」
その言葉に、ルカははっとしたようだった。
そしてぐっと右手を握ると、私をちらりと見る。
「……ごめん。……俺、またなんかおかしかった」
そう言って、ルカは私に背を向ける。
オーウェン様に小さく頭を下げると、彼はそのまま薬局から出て行ってしまった。
「……ほんと大変だな、あいつも」
「なんなんですか、一体」
「たぶん、呪いの魔力が上がると、無意識にあんたを遠ざけようと理性が思いっきり働くんだろうなぁ」
ルカの理性を働かせるための荒療治が、私への耳打ちだった、というわけですね。
……オーウェン様、そういうところがメイド界隈のランキングを賑わせる男なんですよ。
「……大丈夫なんですか?」
「疲れそうだよな~。理性と本能で行ったり来たりしてるんだんから。そういや、あんたら、接近禁止令出てるんだろ?」
「はい。でもルカがああやって来ちゃうから……」
「災害が向かってくんのと同じだろ。そろそろ、あの眼鏡が動くんじゃねぇの?」
動く?
不思議に思う私をみて楽しそうに笑うと
オーウェン様は「じゃあな~」と薬局から出て行った。




