72.やっぱりおかしなルカ
次の日、私は薬局長に何も知らないフリをしてルカの様子を聞いてみた。
「ルカの様子、どうですか?」
「薬がすごく効いてますよ。ほんとに落ち着いてます。このまま呪いが解けちゃったりするかもしれませんねぇ」
「えっ!?」
「まぁそれは冗談なんですけどね」
「……薬局長~~」
思わず突っ込む私に、薬局長がにこにこ笑う。
「すみません、でもそれくらい落ち着いてますよ。昨日なんて、急にいなくなったかと思ったら、本を持って戻ってきたんです。暇だったからって。本を読む余裕があるほど元気みたいですね」
「……そうなんですか……」
ドキッとしたけれど、薬局長の様子を見る限り、私がそこに関わっていたとはまるで思っていないようだった。
「まさか図書館に行ってるとは、思ってもみませんでしたけどね」
と笑う薬局長。
……ルカはこの人をごまかしきれたってこと?
『クレアに会いたくて、あちこち探しまわってた』なんて、とてもルカとは思えないことを言ってたよね、普通に。
信じられないような動機を一切バラすことなく、部屋に戻った彼に驚きを隠せない。
帰り際に見た後姿は、だいぶポンコツっぽかったのにな。
……あれって私の前にいた時だけの、気が緩みまくりバージョンなのかしら?
「クレアさん。ルカ君のことが気になると思いますけど、新月まで我慢してくださいね」
考え込んでいた私を気遣ってか、薬局長がそう言った。
ルカの体調も気にはなるけど、私が気にしてるのは『昨日のルカの言動』なんですよねぇ。
接近禁止されている手前、「昨日のルカはなんか変でした」とも言えず、とりあえず「はい」と返事をしておいた。
私の返事に頷いた薬局長は、カウンターの上に置いてあった注文書を手に取る。
「さて、そろそろ仕事に戻りましょう。クレアさん、火傷薬とポーションを三十ずつ、それからエーテルとポーションを五十ずつ届けてほしいんですけど……」
そんなやり取りを始めた時だった。
「どこに届けるんですか?」
突然聞こえた声に、私と薬局長が振り向くと、そこにはなぜかルカがいた。
「「……え?」」
驚きすぎて固まる私達。
時が止まったとはこのことだ。
「……る、ルカ?」
「ルカ君、どうしたんですか?」
オーウェン様ならまだしも、ルカが薬局に突然現れるなんてことはいまだかつてなかった。
「ポーションなら医務室にありますよね?それともなにか体に違和感でも?」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃあ一体……」
首をかしげる薬局長に、ルカは私を見た。
「今日、まだクレアに会ってなかったんで……」
「……はい?」
清らかすぎる瞳でそう言われ、私は頭が真っ白になった。
薬局長がちらりと私を見たのがわかる。
「クレアさんに会いに来た、ということですか?」
「はい」
間髪入れずに答えるルカに、私たちは今度こそお互い顔を見合わせた。
薬局長は深呼吸をするとルカに向き合った。
「……ルカ君?大丈夫ですか?」
「はい」
「えぇと……本当にルカ君ですよね?」
「はい」
「……大丈夫ですか?」
「はい」
彼らのやり取りを、働かない頭のまま横目で見ていると、ルカがふっと私を見た。
「クレア。薬運ぶの手伝うよ。一緒に行こう」
「え?え、でも……」
「大丈夫。どうせ暇だし、動かないと体がなまるから」
「そうじゃなくて私達、接近禁止なんだってば!」
私の言葉にルカが「あ」と言って固まった。
そして、そのまま薬局長を見る。
「薬局長。俺、今すごく落ち着いてる状態なんですけど、それでも接近禁止なんですか?」
「……そんなにまっすぐ聞かれるとは思ってもみませんでしたね」
ルカ君らしくない、と苦笑する薬局長。
「新月に向けて魔力も落ちていきますよね?たぶん暴走はしないと思うんです。自分のことだからわかります」
「でもね、ルカ君。意識のない状態でも、右手が彼女を襲ったんですよ?
どうなるかわからないんです。確かに新月に向かっていきますが、満月からまだ三日しか経っていません。もうすこし様子を見ましょう」
薬局長は丁寧に話をしながら、ルカをじっと見る。
すると、ルカはしばらく黙り込んだ。
「……わかりました。じゃあ今日は我慢します」
そう言ってルカは私を見た。
「クレア、また明日ね」
「え。ですから明日とかじゃなくて、もう少し様子を見るんですよ?」
薬局長のツッコミなど聞こえていないらしい。
ルカはにこりと微笑むと、薬局から出て行った。
「……おかしいですよね?」
「……おかしすぎますよね??」
昨日よりもおかしくなってる気がして、私はなんだか不安になってきた。
初めて見るおかしなルカの言動に、薬局長は戸惑いを隠しきれない様子だった。
「クレアさん、どうなってるんです?」
「私も全然わからないです」
「……でも、あなたにあれだけ近づこうとしなかったルカ君が、あなたに会いに来るなんておかしいですよね」
うーん、と考え込んだ薬局長は、ふっと何かを思いついたように息を飲んだ。
「……あ。ポーションに何か混ぜました?自白剤とか、媚薬とか」
「媚薬!? そんなことするはずないじゃないですか!」
大声で否定すると、薬局長はわりと真面目に「そうですよねぇ」と首をかしげた。
しばらく黙り込んでいた私達だったけれど、またもや薬局長が沈黙を破る。
「もしかしたら、薬が効きすぎているのかもしれませんね」
「効きすぎ?って副作用とかそういうことですか?」
効きすぎておかしくなってるの?
「それとはちょっと違う気がしますね。さっき確認しましたけど、ルカ君の瞳の色、いつもよりも少し明るかったです」
「えぇ!?それって……」
「呪いが弱まってきているからかもしれません」
思いもしない言葉に、薬局長を見つめることしかできない。
「彼の中で呪いがおさまりつつあって、クレアさんへのガードが緩んでるのかもしれませんね」
「……えーと、それってどうなんでしょう?」
「どうなんでしょう?」
2人で顔を見合わせてしまう。
私へのガードが緩んでいるということは、私の身の危険度が上がるっていうことなのでは?
「クレアさんがうまく距離を保つしかないんじゃないですか?」
そう言って意味深にこちらを見る薬局長。
「確か『自分の身は自分で守る』って、討伐前のルカ君に言ったんですよね?」
「……確かにそう言いましたけど、なんかちょっと意味が違う気が……」
呪いそのものに対してっていう意味で言ったんだけどなぁ。
「たいして変わりませんよ。ルカ君の中に呪いがある以上、彼に近づきすぎるのは危険ですからね」
「それはそうなんですけど……」
「うまく逃げてくださいね」
にこりと笑う薬局長に、「……わかりました」と答える私だった。




