71.おかしなルカ
大量の本をあちこちに戻しながら、狭い通路を歩いていく。
「えぇと、どこだっけ?確か上の方から引っ張り出したんだけど……」
最後の一冊を手に棚を見上げていると、コツコツと足音が聞こえてきた。
……え、誰かいる?
ドキリとして思わず固まる私。
近づいてくる足音に息を潜め、身を縮める。
誰もいない場所で、知らない人に会うのはなんとなく嫌だなぁ。
人影がちらりと見えたので、その場を離れようかと私が一歩踏み出すより早く、その人が姿を現した。
白いシャツを着た黒髪の人。
……もしかしてだけど……。
「……ル、ルカ!?」
驚きすぎて大きな声が出てしまった。
だって、なんでルカがここにいるの!?
「クレア」
私と目が合った瞬間、ルカはふわっと嬉しそうに微笑んだ。
……え、なにそれ。反則すぎません?
これまでの彼とは思えない笑顔に、ときめきよりも驚きが上回った。
ずっと拒絶されていたこともあって、黒髪黒目はちょっと冷たさを感じるな、と心のどこかで感じていた私だったけれど、あの笑顔を見てしまうと、それはただの圧倒的な美貌というか色気にしか思えない。
「お疲れ様」
そんなことを言って、穏やかな顔でこちらにやってきたルカ。
騎士団の服を着ていないので、見慣れないというか、本当に別人に見えるんだけど。
「え、なに?どうして……?」
「クレアに会いたくて、あちこち探しまわってた」
「……はい?」
どういうことだか全然意味がわからない。
何か理由があるのかしら?
満月の討伐の前に和解はできたと思ってたけど、わざわざ私に会いに来る理由があるとは思えない。
「えーと、ルカもう出歩いていいの? 今日目が覚めたって聞いたけど」
「うん、満月からまだ二日しかたってないんだってね。自分でもびっくり」
いつもならもっと寝てるから、と普通に言う。
いや、私もびっくりだよ。
あのボロボロ具合から二日で歩き回っちゃうって恐ろしくない?
それに表情が穏やかというか……なんかやっぱりいつもと違う気がするんだけど。
「寝てた方がいいんじゃないの?それとも暇すぎて本が欲しかったの?」
ベッドの上だと確かに暇だけど……。
「抜け出してきた」
「え?」
思わぬ一言に声が出た。
ルカは気まずそうに自分の髪を撫でる。
「バレたら怒られる。っていうか、たぶん今探してると思う」
「……え、えぇ?ルカどうしちゃったの?」
病み上がりのせい(?)というか、なんか思考回路がおかしくなってない?
なんとなく心配になる私をちらりと見て、ルカは少し拗ねたように言った。
「だって、いつまで待ってもクレアは来てくれないから」
「……」
思わぬ言葉に、私は完全に固まった。
ありえない。
私を待ってた……?
この黒髪のルカが、そんなこと言うなんてありえないんですけど!?
えーと、これはどういうことだ?
やっぱりもう少し寝てるべきなんじゃないかしら??
体は元気になったけど、頭がちょっとまだ疲れてる?とか??
ぐるぐると色々なことを考えている間に、ルカははっと我に返ったらしい。
「ご、ごめん。何言ってんだ、俺……」
口元に手を当て、くるりと私に背を向ける。
そしてうなじに手を当てながら、そのまま固まってしまった。
うん、これこそ安定の黒髪ルカ、という後姿になぜだかちょっとホッとする。
でも……これ、私フォロー入れないとだよね?
「お見舞いに行けなくてごめんね? でも、私ルカに近づかないほうがいいみたいで、接近禁止令が出てるんだよね」
「接近禁止令?」
振り向いて私を見るルカは、何かに気づいたように息を飲んだ。
「そっか……ごめん。俺がクレアに怖い思いさせたからだよね。聞いたよ」
握りしめた右手を、左手で隠すように包みながら言う。
私は首を振って笑う。
「仕方ないよ、呪いのせいだし……それに、私も無茶するなって怒られたし」
「無茶って……クレア、なにしたの?」
ルカはそう言って私を見る。
あれ?
もしかして、これ私が手袋をはめてルカの手を握ったって知らない感じ?
「……うん、まぁ色々と」
「もしかして、俺のせいで危ないことさせた? クレア、ほんとに何かあってからじゃ遅いんだから無茶しないで」
眉根を寄せてじっと私を見つめるルカ。
心配してるということを、隠そうともしないルカの様子に、どうも調子が狂う。
いつものルカじゃないみたいだ。
かといってあの金髪のルカでもない。
どっちかというと、この感じは昔のルカみたいな……。
じっとルカを見ていると、彼は照れたように視線を落とす。
……うん。反応がどうも初々しすぎるわね。
「ルカ。とりあえず早く戻ったほうがいいよ。まだ万全じゃないだろうし……」
「うん、でも少しだけ話をしない?」
ルカはそう言って私に近づくと、手から本をすっと抜き取って、私の後ろの棚に本を戻した。
「ここで合ってるよね?」
そう言って、首を傾けながら私を見下ろすルカだけど……。
近い近い!
近すぎるんですよ!
「えぇと、たぶん合ってるから……ちょっとその……どいてくれる?」
私はうつむきながらそう言った。
前には近すぎるルカ。
後ろには本棚。
どうにも逃げようがない。
顔を上げられるわけがない。
私の焦りなど、まるで意に介した様子もないルカは「何か問題でも?」というように首をかしげている。(さっきの初々しさはどこへ!?)
「あのね、さっきも言ったけど接近禁止令がでてるの。また右手が暴走したら困るでしょ」
手袋をしている右手を見る私に、ルカが言った。
「そうだけど、クレアの薬が効いてるし、満月を通り越したから、だいぶ落ち着いてるんだよね。だからたぶん大丈夫だと思うけど……」
「なにが!?」
思わずそう聞いてしまう私。
いや、ほんと何が大丈夫なの?
「なにがって……」
そこまで言って、ルカははっとしたように固まった。
そして、私から十歩くらいだーっと一気に距離をとる。
あっけにとられる私に、ルカは口元に手を当てながらうつむいた。
「ご、ごめん。……なんだろ、俺なんか今おかしかった、よな?」
「……たぶん」
「ほんとごめん。大丈夫?」
「大丈夫ってなにが?」
「なにって……困らせたんじゃないかと……危ない目に遭ったりとか……」
視線を泳がせながらそう言うと、ルカは「はぁ」と息を吐いた。
「ごめん。戻る」
「うん」
くるりと背を向ける彼に私は言った。
「あのっ……バレても怒られないように、本一冊もってく?」
「……たぶん怒られるけど、一応持ってく」
彼はそう言って、そのあたりの本を適当に抜き出した。
いつものルカじゃあり得ない。
「この時間の担当、たぶん薬局長だから、全部バレてる」
「……ご愁傷様です」
私の言葉に小さく頷くと、ルカはそのままふらりと出て行った。
「おかしいよね?絶対」
いつもと様子が違う彼に、首をかしげる私だった。




