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70.早すぎる目覚めと接近禁止令

 ルカが目覚めたのは、満月の夜からたった二日後のことだった。


 連絡を受け、ルカの様子を確認してきた薬局長は、事務所に戻ってきてから開口一番こう言った。


「いくら満月の薬とはいえ、こんなに効果が出るなんてちょっと怖いですよ、クレアさん」


「す、すみません」


 思わず謝ってしまう。

 あまりの早い目覚めに、さすがの薬局長も驚きを隠せないようだった。


「魔力の測定値もだいぶ低いし、傷もほとんど治っています。ルカ君本人もだいぶ楽そうでした」


「本当ですか?よかった!」


 ほっと胸をなでおろす私を見て、薬局長が言った。


「これから新月に向かって魔力が緩やかに落ちていきます。今の様子を見ている限り、前回の新月よりも呪いの力が減少するかもしれません」


 そっか。

 満月が終わったということは、新月が来る。

 

 薬局長を見ると、彼はにこりと頷いた。

 

「新月の夜に、先日あなたが作った満月の薬をルカ君に飲んでもらったら、効果てきめんなんじゃないかと思うんですよね」


「……それって呪いが消えるかもってことですよね?」


「可能性はあります」


 頷く薬局長に、私は嬉しさがこみ上げてきた。


「すごい!そうしたら、もうルカは普通に過ごせるってことですもんね!?」


「えぇ。まだわからないですけどね」


 呪いが消えたら、ルカはもう辛い思いをしなくていい。

 人を避けることなく、灰にしてしまう恐怖もなく、当たり前に生きていけるんだ。


「満月の時に作った薬、ひと月分くらいはあります!」


「えぇ。これから新月まで毎日飲んでもらいましょう。それでね、クレアさんに相談なんですけど……」


 薬局長は真面目な顔で私を見た。




 ********************



 薬局長が事務所を出ていき、一人になった私。

 大きく深呼吸をすると、気持ちを切り替えた。


 たった今私は、薬局長から「ルカとの接近禁止令」を出された。

 新月に向けて魔力は下がっていくけれど、また暴走したら危険だし、私が何をしでかすかわからない、という判断らしい。


『満月の夜に手袋アリとはいえ、彼の右手に触れるなんて破天荒ではなく無謀ですからね』


 苦笑する薬局長に、私は「すみませんでした。ルカには近づきません」と宣言するしかなかった。


 次の新月で呪いが解けるのであれば、しばらく会えないくらいなんでもない。

 新月なんて二週間もすればやってくるはずだ。


 五年間音沙汰なしだった頃を思い出せば、余裕すぎるなぁ。


 私はそう思って、特に深く考えないことにした。


 


 そんなことよりも、ここ最近ずっと思っていることがある。


「ルカへの薬、本当にポーションでいいのかなぁ?」


 私の魔力が効くのであれば、もっと魔力そのものをたくさん飲めるような薬がいいんじゃないかな?


 それかそういう風にポーションを改造する?

 ……できないか。

 そもそも調剤道具が魔力を勝手にセーブしちゃうんだもんね。



「魔力が上がってきてるのはわかるのにな」


 私はオーウェン様から借りた丸い鏡を、白衣のポケットから取り出す。

 細い絹糸を手のひらから出す感覚で魔力を流し込む。


 手のひらの鏡が、少しずつ色を変える。


「……だいぶできるようになってきたんだよね」


 赤にはならないけれど、紫がだいぶ赤みを帯びている。


 コントロールもだいぶしやすくなってるし、これを薬作りにもっと応用できればいいのに。


 魔力たっぷりの薬があれば、満月に作ったポーションよりも効果がありそうじゃない?


「……調べてみよう」




 ************




 というわけで退勤後、私はお城の図書館に来ていた。


 ここはもうとにかく広い。

 ありとあらゆる本が置かれている。

 純粋に読み物としての物語などはもちろん、各分野の専門書などもずらりと並んでいた。

 初めてここに来たときは「さすがお城……規模が違うわ」とめまいを起こしたくらいだ。


「えーと、薬、薬、薬……」


 魔力やら、薬学やら、色々見て回っていたけれど、薬の種類をもう一度確かめることにした。

 一番最新の資料と、一番古い資料。


 分厚い二冊を抱え、読書スペースまで運ぶととりあえず最新の資料をめくっていく。


「うーん……やっぱりこれは見慣れた薬しかないよねぇ」


 ポーション、エーテル、傷薬、気付け薬、惚れ薬、酔い止め、解熱剤、鎮痛剤、媚薬、かゆみ止め……。


 どれも作ったことがあるものばかりだった。

 ばたんと本を閉じると、今度は古い資料を広げてみる。


「一度、これも見たことある本なんだけど……」


 これは魔薬師の歴史も書いている本で、当時の薬や、調剤の仕方も載っている本だ。


「……古すぎて参考にならないかも……」


 だってこの調剤道具だって今と全然違うし、ポーションの効果だって、今の方が安定して高いみたいだし……。


 昔の魔薬師は割とギャンブラーというか、「あ、今いいのできたよ」「これはちょっとダメ」みたいな感じだったのかもしれない。

 当時の人、薬にどこまで頼っていたのかしら?


 そう思いながら、ページをぱらぱらとめくっていたけれど、ふと気になる言葉を見つけた。


「万能薬……?」



『万能薬――ありとあらゆる症状に効く薬。

 調剤方法はいたってシンプルだが、魔薬師の腕が重要』



「……え?これだけ?」


 その調剤方法はどこに書いてあるわけ?

 あちこち探してみたけれど、特に書いていない。


 ただ「万能薬」というもの紹介しただけの書き方にがっかりした。

 今の時代、「万能薬」というものはない。


 もしかしたら、昔は万能薬と呼ばれていたものが、今は違う名前になっているのかもしれないけど、「ありとあらゆる症状に効く薬」というのはない。


 そういえば、あの満月の夜に薬局長が『あなたの薬はルカ君にとっての万能薬みたいなものですよ』って褒めてくれてた気がする。


 私の薬が本当に万能薬になりうるのなら、どうにかして作りたいんだけどな。


 私は、万能薬に関する情報を必死に探し始める。





「はーー。結局わからなかった……」


 大量の本をあちこちから引っ張り出したけれど、まるで情報が得られなかった。


 ばたんと本を閉じて辺りを見ると、いつの間にか人はいなくなっていた。

 窓の外は真っ暗ですっかり夜になっている。


 恐ろしいほど無数の本に囲まれた、このだだっぴろい空間に一人でいるのが急に怖くなってきた。


「……帰ろう」


 私は急いで本を抱えると、あちこちの棚に戻し始める。

 そんな私に、近づく影があることなどまるで気づかずに。


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