69.ルカにとっての万能薬
薬局長が持ち込んでいた調剤セットを、机の上に広げると私は深呼吸をした。
満月で自分の魔力が高まっているならば、効果も高いはず。
ルカの呪いを抑え込めるはずだ。
無意識にラムネを探してしまったけれど、持ってきていない。
しかたなくきゅっと口を結んだ時だった。
「あ、もしかしてこれですか?」
薬局長がそう言って、すぐそばの椅子にかけてあった上着をガサガサと漁る。
黒い上着はボロボロで、ところどころ焼け焦げていたけれど、それはどう見ても騎士団の制服だった。
「えーと、確かさっきここに入ってたんです……」
内ポケットに手を入れた薬局長は、そこから一つの包みを取り出した。
「これ……!」
見覚えのある透明の小さな包みの中には、丸い塊がところどころ割れ、白い粉のような物が入っている。
「調剤前にいつも食べてますよね?」
薬局長はそう言って、私に包みを差し出した。
形が崩れてしまったけれど、これはあのおくすりラムネだ。
「……これ、ルカの?」
ラムネと上着を交互に見比べる私に薬局長が頷いた。
「えぇ。処置する際に上着を脱がせたんですけど、内ポケットに違和感があって調べちゃいました」
その言葉に、思わずラムネの包みを胸元で握り締めた。
「……お守りだったんじゃないですか?」
泣きそうになる私。
ルカに振られたあの日、「それ、ひとつくれる?」とルカからねだられて渡したあのラムネだ。
あの時、彼はその場で食べずに胸ポケットにしまっていた。
「彼には新しいのをあげてくださいね」
薬局長の言葉に頷くと、私はその包みをそっと開ける。
サラサラと粉になったラムネを口に含むと、甘酸っぱさで頭がクリアになった。
「よし!」
今できる最高の一本を作る。
私は魔力カプセルをセットすると、深呼吸をしてから慎重に魔力の注入を始めた。
「……できました!」
いつもよりも丁寧に心を込めたポーション。
出来上がりに差はないかもしれないけど、私にできることはやったつもりだ。
「薬局長、お願いします」
「……いいんですか?僕があげても」
「はい。これ以上わがまま言えません」
私の言葉に、彼は静かに頷いた。
私が近づくことで、またおかしなことになったらいけない。
ルカにも負担をかけたくないのだ。
薬を飲んでもらえればそれでいい。
薬局長はポーションを手にすると、静かにルカに近づいた。
そしてシャロン様に目くばせをする。
彼女は小さく頷いた。
「ルカ君、ポーションです」
そう言ってルカの体を支え起こすと、ポーションの瓶をそっとルカの口元に近づけた。
少しずつ、口を湿らせるようにポーションを飲ませてゆく。
部屋中がしんとしていた。
ドキドキしながら見守る私たち。
途中でケホケホと咳き込んだルカだったけれど、吐き出すことなく、なんとか薬を飲ませることができた。
「……ふぅ」
そっとルカを寝かせた薬局長が息をつく。
「これで治まってくれればいいのですが……」
「でも、嘘みたいにルカ様を抑えるのが楽になりましたわよ?」
シャロン様がそういいながら、片手をそっと降ろす。
「だな。暴れてた魔力の渦が小さくなってる」
ルカの右手を見ながら、オーウェン様も頷く。
薬局長が測定器をルカの左手に巻き付けた。
静まり返る部屋にピッピッという電子音が鳴り響き、全員が数値を見つめる。
ほんの数十秒のはずなのに、とても長く感じた。
「すごいですね。こんなに即効性があるとは思ってもいませんでした」
測定完了の合図とともに、薬局長が感嘆の声を上げる。
「クレアさん、すごいです!あなたの薬はルカ君にとっての万能薬みたいなものですよ」
数値を見せられて驚いた。
私が今まで見たことのない低い数値だったからだ。
ルカを見ると、先ほどまで真っ白だった顔色に、赤みが戻り始めている。
表情も少し和らいでいた。
「ルカ……良かった!」
「満月とは思えないくらいの数値ですわね。結界だけで充分そうですわ」
シャロン様は祈りの言葉を口にしてから、ルカに向けていた手を下げた。
「しばらく様子を見ましょう」
薬局長の言葉に、全員が頷いた。
「ルカ君が満月に力を使った日は、いつも5日間くらい目覚めませんでした。でも、今回はもう少し早く起きるかもしれませんね」
測定器を片付けながら、窓の外を見る薬局長。
満月がだいぶ位置を下げ、夜の終わりを告げようとしていた。
「夜明けまであと少し。オーウェン様とクレアさんは休んで下さい。あとはこちらで対処します」
「……わかりました。でも部屋は……」
荒れ果てた部屋を見回す私に、薬局長が笑う。
「大丈夫です。朝になったら、元気な騎士団員にでも手伝ってもらうので」
その瞬間ふと、私の目にあるものが映る。
ルカの上着のそばに、ボロボロの刺繍入り手袋。
「……すごい、こんなボロボロになるんですね」
思わずその手袋に触れる。
ボロボロというかもうほぼ、原形がないくらいだ。
指先と思われる所には、焼け焦げた穴のようなものがいくつも開いていたし、
手の甲あたりはまるで破れてしまったのか、形すらなかった。
「そういえばさ、俺さっき気づいたんだけど……」
オーウェン様は、私の肩越しに手袋を見て言った。
「あいつ、この手袋の小さな穴から呪いの魔力を剣に伝わせて、でかい魔物を灰にしたんだぜ?」
「……え?」
「たぶん、手袋外す暇もなかったんだろうけど、ものすごいコントロールだったんだよ。直接触れずに灰にするなんて、俺もさすがに驚いた」
「……さっき見た黒い魔力をこの穴に……?」
「そう。それで気づいたことってのはさ、あんたの調剤の仕方とそっくりだったんだよ」
「え?」
「カプセルに魔力を詰め込むときのあんたと、この穴から魔力を流してるあいつ。やり方がそっくりだった。とっさに出た行動だったみたいだけど、たぶん、あんたの調剤してる姿が無意識に刷り込まれてたんだろうな。あいつの中に」
「……そ、そうですか……」
思わぬ暴露に、私は何と言っていいのかわからなくなった。
だって……そんなに見られてたとは全然思えなかったし……。
「ほんと、あんたがいなかったら、あいつ今頃どうなってたんだろうな」
ニヤリと笑うオーウェン様に、何も言えなくなる。
ルカを助けてあげられている実感が私にはないけれど、周りが認めてくれているならば、このままがんばるしかない。
部屋を出る前にルカの方を見る。
シャロン様が、祈りを込めたであろう布をルカの右手に巻き付けている。
手袋をはめるのは、さすがに本人じゃないと危険すぎるのだろう。
「ルカの手袋って新しいものはあるんですか?」
「えぇ、常に用意していますわ。彼、けっこうすぐボロボロにするのよ」
彼女は机の上に用意している新品の手袋を指し示す。
私はそっと近づくと、その手袋を見つめた。
「……これがないと、ルカは人や生き物に触れないんですよね?」
「えぇ。触れたとたん灰になってしまいますわね」
「これさえつけていれば大丈夫っていうことですか?」
「人に試したことはないと思いますけれどね。草花は大丈夫だとおっしゃっていましたわよ」
私は新品の手袋と、ルカの布でぐるぐる巻きになった右手を見た。
刺繍入りの手袋をそっと右手にはめてみる。
私には大きくてぶかぶかだった。
「クレアさん?」
私に気づいたシャロン様が、不審そうにこちらを見る。
ベッドに近づくと、私は手袋をはめた右手で、彼のぐるぐる巻きの右手にそっと触れた。
「!」
シャロン様が固まるのがわかる。
大丈夫。灰にならない。
私はルカのぐるぐる巻きの手をぎゅっと握った。
「ルカ、絶対呪いを解くからね!」
目を閉じたままのルカに、私はそう言った。
「バカかお前!!満月だぞ!?今暴れてたやつだぞ!?」
「クレアさん、あなた自分の状況わかってます!?」
大人二人にガチギレされた私は、小さくなって謝るのだった。
「……クレアさん、それ、もう推しという概念を超えてますわよ」
二人のお説教よりも、シャロン様のつぶやきが私の耳に残っていた。
お読みいただきありがとうございます!
満月の夜編、ここで一区切りです。
お付き合いいただきまして本当にありがとうございました。
次からは、またガラリとトーンが変わります。
まさかのラブコメ風(笑)
ルカの大暴走をお楽しみください。
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クレアとルカの物語を、これからもどうぞよろしくお願いいたします。




