65.満月の英雄
バキバキッという音ともいえぬ音が、不気味な月夜に響き渡った。
砂埃がぶわっと舞い上がり、辺り一面がもくもくと霞む。
一瞬にして野原となった森に、その場にいた騎士たち全員が一瞬ひるんだ。
目の前の大きな魔物がしっぽを一振りするだけで、この辺りの大木がすべて薙ぎ払われてしまったのだ。
巻き込まれたものは幸いにもいなかったが、あれを食らえば良くて全身ボロボロの骨折だろう。
間合いを取った俺は右手の剣を握りなおすと、ちらりと状況を確認した。
小さめ(とはいっても象くらいはありそうだ)の魔物を同僚たちが3.4人で取り囲んでいるのが見える。同じ状況が全部で3か所。
そして、俺の目の前にいるとてつもなく大きな魔物。
これは、以前トーマ王子とクレアを襲ったやつと同じ種類だ。
しかし、サイズがまるで違う。
俺も隣に並ぶ同僚たちも、息をのんだ。
「……どうする?まるで剣は通らないぜ?硬すぎる」
「目、喉は定石だよな」
「試してみるしかないけど、でかすぎだろ。あそこまで登るわけ?」
そんなやりとりをしていると、どこからか声がした。
「おー、このサイズは見たことねぇなぁ!何食ってんだ?」
見ると、いつの間にか魔物の後ろにオーウェン様が立っていた。
さすがに見たことないサイズらしいが、今一つ緊張感を感じない。
いつも通り過ぎる彼に、士気が上がる。
「とりあえず尻尾を切り落としとけ。凶器過ぎる」
鱗を溶かせば剣が入るかもなぁ、と言いながら恐ろしいほどの火の玉を右手に作り出すオーウェン様。
「……こわ」
「俺たち巻き添えにならねぇかな?」
「たぶん自己責任って言われるから、うまくやるっきゃないだろ」
どっちが魔物だか、もはやわからなくなってきた。
一斉に魔物から離れた瞬間、とんでもない火炎の塊が魔物を包み込む。
暴れ狂う魔物から焦げ臭い猛烈な異臭がしてくる。
彼の思惑通り、鱗が解け落ちているようだ。
あの火炎の球で鱗だけしか落ちないというのが恐ろしい。
もう少し火が弱まったところで切り落とす……そう思いつつ、間合いを詰めた時だった。
「お前、任せた。ちょっと向こうヤバそう」
ふっと俺の隣に来たオーウェン様は、そう言って風のようにいなくなった。
俺は目のまえの魔物をにらみつけると、ぐっと右手に意識を集中させる。
ドクドクと熱く魔力が渦巻いているのがわかる。
死んでもいいと思っていたこれまでは、嫌悪し拒絶していたこの力を、むやみやたらに使っていた。
でも、今は違う。
生きてここから帰ると決めている。
右手はなるべく使わない。
使うとしても、俺の命を削ってしまうことなく、最小限にとどめなければならない。
俺がこいつを使いこなす。
その瞬間、炎に包まれた魔物がぴたりと止まった。
炎は消え切っていなかったけれど、今しかない。
走りこんで、一気に尻尾の根本に剣を振り下ろす。
鱗は焼け落ちていたけれど、それでもとんでもない硬さだった。
パチパチと消え切っていない炎や火の粉が、身体中を覆う。
ちりちりと焼ける感覚があるけれど、それどころじゃない。
「くっ!」
両手で剣を握り締めると、そのまま体重をかけさらに押し込んだ。
ドクンと右手が熱くなる。
見ると、刺繍入りの手袋が火の粉で少し焦げ、小さな穴が開いている。
巫女の力が入った手袋も、穴が開いてしまえば半減するのだろう。
呪いの魔力が漏れ出してしまわないよう、なんとか自分でコントロールしなければ。
魔力を自分の中に抑え込む!
そう思いながら、ぐっと剣の柄を右手で握りしめた瞬間、嘘のように力が沸き上がるのが分かった。
このまま切り落とす!
右手に左手を重ね、そのまま力を入れると、サクッと尻尾が切り落とされた。
何かの間違いかと思うほど簡単に。
思わず右手を見てしまう。
ぱっと魔物から距離をとると、尻尾を切られてバランスが取れなくなったのか、
巨体を維持できなくなり、ドシンと倒れこんだ。
「うわっルカ!すっげー馬鹿力!!」
「こわー!」
「その顔でどんだけ怪物なわけ!?」
「満月の英雄っていうか、満月の怪物じゃん」
「うるさい」
わーわー言う同僚たちを一瞥すると、仕上げにかかる。
なんとか魔物を討伐し、全員が肩で息をしていた。
「……もうさー、でかくて硬い魔物は俺たちの管轄じゃなくね?命がいくつあっても足りねぇだろ」
「だよな。特に今日は満月だし、魔術師団のがいいって」
「いや、待て。オーウェン副団長レベルを魔術師団に求めちゃいけないだろ。あれは規格外だから……」
「確かに」
そんなことを言いつつ、剣についた汚れを振り払っていた時だった。
突如、ビリビリと空気を震わせるような、とんでもない音がどこからか響いてきた。
感覚が狂わされるような音と、気配に、思わずよろけてしまう。
まだ仕留め切れていなかった魔物がよろよろと逃げだした。
猛烈に嫌な予感。
全員が剣を手に取ったその瞬間だった。
真上からドスンと山のように大きな魔物が降ってきた。
ぐらりと揺れる地面に、立っていられるものはいなかった。
膝をついて前を見ると、先ほどとは比べ物にならないくらいの大きな魔物が俺たちをにらみつけていた。




