63. ルカとケンカ?
「私はルカに会いに来たよ。そこでいいから話を聞いて」
ルカに会うのは本当に久しぶりだった。
うっかり告白をして、私が振られた時以来。
ドキドキする胸を押さえながら、ルカの背中を見つめる。
お願いだから行かないで。そう思いながら。
すると、彼は目に見えてカチリと固まった。
振り返ってくれなくてもいい、止まってくれれば私の勝ちだ。
とにかく喋りかけなければと思い、私はルカの背中に話をする。
「ルカ、私は何を言われても全然気にしてないよ。拒絶されたって傷ついてなんかいない」
たぶん聞いてくれている。でも反応はない。
「だって、ルカが私のためを思ってくれているってわかってるもん。ルカは意味もなく人を傷つけたりなんて絶対しないから」
昔からそうだった。
誰に対しても平等で、優しくしてくれていたのだ。
「だからルカは、私を傷つけたなんて気にすることないからね。私は大丈夫だから」
私を傷つけたと苦しむ必要なんかない。
本当にそれだけはわかってほしい。
そう思って彼の後姿を見ていると、ルカはぐっと両手を握りしめた。
小さく震える肩に、力がこもっているのが見て取れる。
それと同時に、ピリピリと肌を指すほどの圧迫感と、空気が震えている重苦しい感覚を覚えた。
ルカは左手で、右手を抑えるように掴む。
もしかして、呪いの力が私に向かおうとしている?
怒らせたから? 困らせたから?
呪いの力への恐怖で足がすくむ。
ドクドクと全身の血がものすごい勢いで流れ、耳の奥から鼓動が聞こえてくるようだった。
「クレアわかってる? ただでさえ討伐前で気がたってるし、満月なんだ。頼むから……本当にもう俺に近づかないで」
辛そうな表情がちらりと見える。
これは裏ではなく彼の本音だ。
「私、呪いのこと全部聞いたよ」
ルカがバッと私を振り返る。
ばちりと合う視線。
知られてしまった、という驚きと恐怖のような色が彼の表情から見て取れた。
「解呪方法も聞いた。でも、これは却下。誰も死なない方がいいもの」
ルカは不安そうにじっとこちらを見ている。
「私の薬が、今のところ一番解呪に近いって言われたの。だから、これからも私はルカのために薬を作る」
私がそう言い切ると、彼は溢れる感情をぐっと抑えるように唇をかみしめた。
「ルカ。私は一人の魔薬師としてルカを助けたいの。幼馴染だとか、好きだとか嫌いだとかそんなのどうだっていい。とにかくあなたには生きてほしい」
まっすぐにそう伝えると、彼の瞳が一瞬揺らぐ。
「一緒にがんばろうよ。ルカが助かるためなら、私はルカのそばで一緒に戦う。私、そんなに簡単に死ぬつもりないよ」
ルカは眉根を寄せてうつむいた。
そっと自身の右手を見つめる。
「でも……この呪いが……もしも俺がクレアを手にかけたら……」
もしそうなったら……きっとルカはずっと自分を責め続けてしまう。
絶対にそんなことさせたくない。
私だって死ぬ気は全然ない。
でも、こればかりは「大丈夫!気にしないで!」なんて言えないのよね。
あー!もうどうしよう!
またルカがぐずぐず悩みだしちゃうじゃない!
「ルカ、私のことを心配してくれてありがとう。でも、もういいんだよ。
私のこと守ってくれなくても平気! だから、ルカもまずは自分のことを考えて」
「……クレア」
「呪いのシステムに怯えてるだけじゃ何も変わらないよ。まずはルカが前を向いてみて。気持ちが変われば、何か見えてくるかもしれないでしょう?」
「そうかもしれないけど、クレアにもし何かあったらどうするんだよ。
だいたい、この呪いから身を守るってどうやって?」
どうやって? ……そう来ましたか。
そこまで深く考えてなかったけど、「私の気合で!」と言ったら、すぐに却下されそうな雰囲気だ。
「うーん、シャロン様の白衣をまず着るでしょ? それに私の魔力が呪いに効くなら、呪いだって私にはそう簡単に手出しできないんじゃないの? たぶん」
我ながら目の付け所がいいかも!と思ったけれど、ルカがため息をついた。
「……今思いついたろ、それ」
しっかりバレていた。
「いろいろ試してみないとわからないじゃない」
「それはそうだけど……」
「とりあえず薬がしっかり効くまでは、お互いに大っ嫌いだ!って言ってみたり、危なそうな時は……」
「ちょっと待って。嫌いって……どうしてそうなるの?」
「え、うーん。自分を騙せば、呪いをだませるかもしれないでしょ」
オーウェン様にも無理って言われたけどさ。
とりあえず、やれることはやってみればいいんじゃないのかな?
そんな気持ちで言ったのだけれど……ルカは思いっきり顔をしかめている。
「クレア……本気でそう思ってる?」
「思わないけど……でもそういう心意気も必要かもしれないじゃない」
「そんなの必要ないと思う。……冗談でも言いたくないし」
ルカは不機嫌な顔をして、そう言い捨てた。
これはちょっと怒らせたかもしれない。
自分の計画性のなさというよりも、言ってはいけないことを言ってしまった気がする。
「ごめん、そうだよね……。でもルカ、ほんとに私のことなんて気にしなくていいの」
「そんなことできない。なんでわからないんだよ」
「ルカこそなんでわかってくれないの?……ルカがこんなに心配性だったなんて。幼馴染でも、まだ知らない一面があったのね」
「心配性っていうか普通だろ。俺だって、クレアがここまで破天荒だなんて知らなかった」
売り言葉に買い言葉。
まさにそんな感じだったと思う。
お互い、言った後に後悔しているのが空気からわかる。
あぁ、もうどうして喧嘩になっちゃうんだろう。
なんだか泣きそうになる。
「……破天荒っていうか、ルカの呪いを解きたいだけなんだけどな。別にそれ以上は、何も望んでないのに」
独り言のようにそうつぶやくと、余計泣きそうになってしまった。
もうやだ。
思わず白衣をぎゅっとつかんでしまう。
「正直に言うと、もう少し優しくしてほしいけど……」
「え……」
ぽろりとこぼした本音に、ルカが固まった。
「さすがの私も、ルカに冷たくされると悲しいし……ね」
私を守るためだと聞かされても、冷たくされるとやっぱり寂しいし傷つく。
「お互い協力しようよ。ひとりで抱え込まないで、一緒にがんばろう?」
勇気を出してそう言ったけれど、返事はなく私達の間の空気はしんと静まり返っていた。
その空気に耐えかねて、そっと顔を上げると、ぐっとこぶしを握ったルカが泣きそうな顔をしていた。
私よりもよっぽど辛そうな表情の彼に、心が痛む。
「でも、そうすることでクレアが危ない目に遭うかもしれないだろ? 俺はそれがどうしても嫌なんだ」
うつむくルカは絞り出すようにそう言った。
彼の気持ちが痛いほど伝わった。
彼の優しさと不器用さに、胸がいっぱいになる。
私は浮かんだ涙を指先で拭うと、彼をまっすぐに見つめた。
「ルカが守ってくれてたのわかってるよ。でも、これからは私にもルカを守らせて。一緒に生きようよ」
ルカはそのまましばらく立ちつくしていたけれど、やがて右手を必死に抑えていた左手をそっと外す。
息が詰まりそうな重苦しい空気が、少し和らいだように思えた。
うつむくルカを私は息をひそめて見つめる。
彼はぐっと右手を握り直すと、ふぅっと息を吐いた。
「……巻き込んでもいいの?」
小さいけれど、はっきりした声。
ルカの心からの言葉を久しぶりに聞いた気がして、私は強く頷いた。
「むしろ飛び込んで行くつもりだよ」
自分で言って笑いそうになる。
死ぬ気なんてこれっぽっちもないけど、たぶん命がけになることに私は同意しているのだ。
「……じゃあもう我慢しないでいいわけだ?」
ルカはそう言って、ゆっくりと顔を上げた。
真っ黒い瞳は先ほどと違い、静かに私を見ている。
覚悟を決めたらしいまっすぐな瞳に、ドキリとした。
「一人で我慢して抱え込むのは、もうやめる」
「うん。今までごめんね、辛い所を全部押し付けて。でも、これからは絶対にそんなことしないから」
「その言葉だけでも十分救われた気がする」
その言葉に、すっと私も楽になった気がする。
すると、ルカが言った。
「クレアの破天荒さを少し真似してみようかな」
「なにそれ」
文句を言おうと思った私だったけれど、からかうような笑みを浮かべるルカにドキリとした。
久しぶりに見た表情だ。
ルカはすっと真面目な顔に戻ると言った。
「でも、満月の今夜はどう頑張っても無理。頼むからもう離れて」
「……わかった。でも最後にこれだけ」
私は白衣のポケットに手を入れる。
「これ、傷薬。作り直したの」
青い蓋のクリームケースを差し出した。
ルカが息をのむ。
「お城の調剤室で作ったの。市販できるように基本通りに作ったから何も心配いらないよ」
「ルカに持っていてほしい。絶対にルカを一人にしない。私の覚悟の証だから」
そう言ってルカを見つめる。
彼はゆっくりと左手を伸ばし、クリームケースに触れる。
「なくなったらまた作るから遠慮せず使ってね」
そう言って、強引にルカにケースを握らせる。
「じゃあ、私はもう行くから。ちゃんと無事に帰ってきてね!」
そう言って台車のところへと戻ろうと、ルカにくるりと背を向ける。
「クレア」
呼び止められて振り向く。
「ごめん。ありがとう」
大丈夫。きっと伝わった。
私達は同じ方向を向けたと思う。
呪いになんて負けない。




