62.「私はルカに会いに来たよ」
その日は朝から大忙しだった。
ポーションやエーテルを作っては箱に詰める。
傷薬を大量に練り、毒消しや包帯、火傷薬などとにかくありとあらゆる薬や用具を箱詰めした。
大量の薬を夕方には演習場に運び込まなければならない。
今夜は満月。
この日の討伐を想定した討伐隊のために、薬局も一丸となって薬の準備をしている。
「クレアさん、毒消しまだある?」
「あと3箱あります!」
「2箱追加で作っておいて!」
「はい」
「ポーションもできる限りお願い」
「わかりました!」
先輩の指示に返事をしつつ、あれこれ準備を進める。
調剤室でちょこまか動き回っていると、薬局長が入ってきた。
「お疲れ様です。クレアさん、残りのポーションは僕がやりますからエーテルをお願いします」
「わかりました」
「あなたのエーテルがないと、オーウェン様がすねますからね」
そう言って笑う薬局長は、まだまだ余裕がありそうだった。
私はここに来て初めての満月なので、あまりの忙しさに目を回しているというのに。
「満月はいつもこうなんですか?」
「そうですね、やはり特別な夜ですから」
私の質問におっとりと答える薬局長。
「魔力があがるのは、僕らだけでなく魔物も同じ。同じだけ魔力があがるなら、結局は生命力の高い方が勝つわけです。人間と魔物であれば、向こうに分があります。それを補うのが薬というわけです」
「……私、そういう世界を知らずに今までこの仕事をしていました」
「それが一番幸せですよ」
故郷の薬局を思い出す私を、薬局長が深く頷いて肯定してくれた。
一方演習場
夕方近くなってから、演習場付近が騒がしくなってきた。
人の出入りが多くなり、あちこちに物資を詰めた箱が届けられ始める。
今夜討伐に出る団員達はそれぞれ緊張した面持ちで、各自準備を整えていた。
「おい、聞いた?今夜の討伐、オーウェン副団長も急遽参加だって」
「マジ?なんで?もしかしてすごいヤバい魔物だったりするの?」
「ルカが出るし、問題なんてなさそうだけどなぁ」
「ルカとオーウェン副団長の二人をぶつけるとか、相当だよな」
少し離れた所にいる同僚たちの話が聞こえてきた。
オーウェン副団長が来る理由。
それはおそらく俺だ。
この右手の暴走を抑えるためだろう。
数日前、薬局長になんとか抑えてもらったけれど、今夜はたぶんあんな簡単にはいかない。
きっと万が一の時のストッパーとして、俺を見張りに来たのだ。
最悪だけれど、これ以上ない人選にどこかほっとする。
しかし気持ちとは裏腹に、右手がズクズクとうずき始めた。
少しずつ日が落ち、月が昇ってきているらしい。
俺はいつものように演習場をでると、一人になるため医務室へと向かうことにした。
物資を運び込む人々を無意識に見てしまう。
どこかにクレアがいるんじゃないかという小さな期待と、絶対に会いたくないという大きな拒絶。
もしも会ってしまったら、俺の右手が勝手に彼女に掴みかかろうとしてしまいそうで怖かった。
頼むから絶対にここに来るな。
そう思いながら医務室へと急ぐ俺の足が、ぴたりと止まった。
「あ、ルカ!!」
数メートル先に、荷物を載せた台車を押すクレアがいた。
良く響く声で俺の名が呼ばれた瞬間、右手がぐわっと熱くなる。
どうして、会いたくないときに限って会ってしまうのか。
ぐっと右手を握り締め、彼女に背を向けると、元来た道へ引き返そうとした。
「ちょっと待って!」
彼女がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「悪いけど、今会いたくない。集中したいから」
なるべく冷たく響くように、細心の注意を払う。
すると、彼女が少し先で足を止めた。
罪悪感と安堵がぐるぐると混ざりあう。
自分の感情がもうよくわからない。
その時だった。
「私はルカに会いに来たよ。そこでいいから話を聞いて」
はっきりとそう言われて、今度こそ本当に体が固まった。




