60.【薬局長視点】とんだとばっちりです
乱れた髪の毛を結びなおし、いつもの白衣に袖を通す。
魔道具で、呪いに耐性のある白衣を新たに注文する。
それから穴だらけの白衣を見つめた。
「……本当にすごいですね……」
ただの噂話に反応し、これほどまでの威力を見せたルカ君の呪い。
満月まであと4日でこの力……。
当日になったら一体どうなってしまうのだろう。
ここ最近、彼の数値はずっと落ち着いていたはずだ。
クレアさんと直接会わなくなったことで、薬の効果がしっかりと見て取れていた。
しかし、噂話という些細なきっかけで、数値がここまで跳ね上がるとは思ってもみなかった。
……自分の判断は間違っているかもしれない。
嫌な予感が胸をかすめる。
「よークレアちゃん。ちゃんと訓練してるじゃん」
見ると、いつの間にかやってきていたオーウェン様が、休憩中のクレアさんに絡んでいる。
彼は最近、僕かクレアさんがお店にいないと事務所まで普通に入ってくるようになった。
まぁ、その方が薬局内が変にざわつかないのでいいけれど。
「でも、紫色をなかなか維持できないんです」
「気合が足りないんじゃねーの?」
「そうかなぁ?結構頑張ってるんですけどね」
「じゃあ繊細さが足りないってことじゃねーの?」
「繊細さ?……オーウェン様からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
「言ってくれるじゃん」
彼らのやり取りを聞いていて、思わず笑ってしまった。
オーウェン様がこちらを見る。
「ほんとですよね。まさかオーウェン様から繊細なんて言葉が出るなんて。僕もびっくりです」
オーウェン様は肩をすくめて見せた。
彼のアドバイスはざっくり過ぎる。
「クレアさん、手のひらから細く長い一本の絹糸を出す感覚でやってみたらどうですか?途切れさせないように慎重に」
「……やってみます!」
彼女は真面目に丸い鏡に向き合った。
「紫色を維持する段階ならば、魔力を上げるというよりもコントロールすることに重点をおいてみてください。とりあえず20秒くらいを目標にね」
僕の言葉にこくりと頷くと、彼女は魔力を流し始める。
「……お前詳しいな」
「ちゃんと教えてあげてくださいよ、副団長さん」
僕のそばへやってきたオーウェン様にため息をついて見せる。
「教えるのは簡単だけど、こういうのって自分の感覚も大事だぞ」
「だったら、もう少しわかりやすいヒントをあげてください」
そう言って、彼に穴だらけの白衣を見せる。
「うわ、なにこれ!やば」
「ルカ君です。殺されかけました」
「ははっ!すげーな。なんでお前が?俺ですらここまではないぞ?」
「ほんとですよ。とんだとばっちりです。僕は薬を届けただけなんですけどね」
彼は興味深そうに穴だらけの白衣を見ていたが、やがて言った。
「あいつの魔力、最近落ち着いてただろ?何があったんだよ」
ちらりと彼を見る。
ん?と首をかしげるところを見ると、どうやら自分が絡んでいることなど夢にも思っていないらしい。
「あなたとクレアさんがお城中で噂になっているみたいですよ。それが気に食わなかったみたいです」
そう言った瞬間、遠くからガンっと音がした。
振り向くと、クレアさんが机にうつぶせている(というか頭を打ち付けた?)
「なんだよ、お前なにしてんの?」
「私、オーウェン様とはしばらく喋らないことにします。これ以上変な誤解されたくないですもん」
「そうしてください。僕もこれ以上怖い目にあいたくないです」
「……なんかよくわかんねーけど、くだらない話が出回ってるってことだな」
はぁ、とため息をつく彼。
「何にせよ、そんな些細な噂でルカ君の数値が爆上がりしたんです」
「……若いねぇ」
「ですよね」
何とも言えない表情でそう言ったオーウェン様には全面的に同意するけれど。
「なぁ。俺ずっと気になってたんだけど、これ見て本気で思ったことがある」
白衣をちらりと見て言う彼に、自分も頷いた。
「僕もです」
紫の瞳が、互いの意見が同じであることを訴えている。
場所を変える必要がありそうだと思った時だった。
「失礼いたします!!」
その声にびくりと体が反応してしまった。
「フランツ様!ご無事でしたか!!?」
事務所のドアを開けて駆け寄ってきたのは、シャロン様だった。
「シャロン様!?」
「……うわ、来たな。台風娘」
クレアさんとオーウェン様が、彼女を見てそれぞれの反応をする。
驚きをなんとか隠して、シャロン様に向き合う。
「こんにちは、シャロン様。どうしましたか?」
「フランツ様、新しい白衣をご所望とはどういうことですの?何か不備でもございましたか?」
「あ、いえ。違うんですよ。ちょっと着られなくなってしまったので、新しい物をいただきたくて。お手数ですがよろしくお願いしますね」
「いいんです!フランツ様のためならば、いくらでもお作りいたしますわ!!」
そう言って、彼女は机の上の白衣に目をとめる。
……しまっておくべきだったかもしれない。
「キャーーー!!なんですの!?どうしてこんなにもボロボロに!?」
「いや、ルカ君の治療の時に使わせていただいたんです」
「ルカ様!?ルカ様がフランツ様をこんな目に!?なんてこと……!」
すごい勘違いをしていそうな彼女に、慌てて言葉を付け加える。
「いえ、違いますよ? ルカ君の呪いを無事に抑えられたのも、この特製の白衣のおかげですからね。さすがシャロン様です。助かりました」
「え、やだ。フランツ様をお助けできたのであれば、本望ですわ」
本当に助かったので、素直にお礼を伝えると、彼女は頬に手を当て視線を落とす。
オーウェン様は、ひやりとした目で彼女を見ていた。
「……相変わらずだな、あんた」
「あら、オーウェン様。いらしたのですか。ごきげんよう」
「おー、ゴキゲンヨウ」
お互い無表情で、とりあえずの挨拶をした彼ら。
シャロン様はくるりと振り返ると、笑顔で言った。
「では、フランツ様。私、早速新しい白衣をご用意いたしますわね! ルカ様の魔力をはじき返せるくらい、もっと祈りを込めておきます!」
「ありがとうございます。別にそんなに急がなくても大丈夫ですよ、まだ予備もあるので」
「いいえ!明日にはお手元にお届けいたしますわね!それでは失礼いたしますわ」
そう言って彼女は綺麗な笑顔を残すと、風のように出て行った。
「……ほんと、台風だな。あいつ」
「私、たぶん目にも入ってなかったみたいです」
オーウェン様とクレアさんは、僕を見ながらにやにやと笑う。
彼女、悪い人じゃないんだけど……ため息しか出なかった。




