58.噂で死にかけました
次の日の朝早く、私は傷薬を作るために職場の調剤室にいた。
市販品として売れるよう、基本に忠実につくる。
香りもつけず、効能をあげる成分も入れない。
とにかくシンプルに使えるものを、お城の調剤室で作る。
万が一、お城の誰かに渡しても問題ないように。
材料を入れて、ひたすら練ること数分。
「できた」
白いクリーム状の傷薬が出来上がった。
つややかに光る傷薬はなかなかの出来だ。
用意しておいた青い蓋のクリームケースを取り出す。
あの日、ルカから「もう必要ない」と返されたあのクリームケースだ。
そもそもこれは私のものだから、手元に戻ってきただけなのだけれど……。
見るのもつらくて、ずっと引き出しの奥にしまっていた。
でも、昨日オーウェン様からルカの呪いの全てを聞いて、すぐにこのクリームケースを取り出したのだった。
ルカの気持ちを、言葉の通りに受け取ったらいけない。
彼はきっと、私よりも傷ついているはずだ。
私を傷つける言葉を、わざと言っているのだから。
呪いのせいで、そして私への気遣いで彼はがんじがらめになっているのだ。
だったら、私は全然平気だというところを見せなければいけない。
このクリームケースでそれを伝えようと思ったのだ。
昨日のうちに綺麗に洗って、磨き上げ、乾かしておいた。
使い込まれたクリームケースなのでピカピカにはならないけれど、全然気にならない。
私はこのケースじゃないとダメだから。
つややかに光る傷薬を、綺麗に洗ったクリームケースに入れて、青い蓋をする。
「よし!」
両手で包み込むようにして念を込めると、私はそれを白衣のポケットにそっと忍ばせた。
夕方、薬局長が私に言った。
「クレアさん、そろそろポーションお願いしますね」
「あ、もうできてます!」
ルカの特別調剤用に作ったポーションを差し出す。
「ありがとうございます。ルカ君の数値、順調ですよ」
「下がってますか?」
「もうすぐ満月が来るので、下がりはしませんが、上がってもいません。
これはすごいことだと思います」
「そうなんですね。……ルカは元気ですか?」
私の言葉に、薬局長はにこりと微笑む。
「えぇ。体は元気そうです」
妙な言い方に首をかしげると、彼は口元を結んだ。
「気持ちがついてこないみたいですね~。色々悩んでいるみたいで」
そう言いながら、薬局長は私を伺うように見る。
「クレアさんは元気そうですね?」
「え、えーと、そうですね。まぁ色々ありましたけど、元気です」
色々あったけど、立ち止まってる場合じゃないしね。
「あなたが元気であることを伝えておきますので、たぶん大丈夫だと思います。あとは時間がなんとかしますので」
「そうですか……」
私を探るような瞳で見つめていた薬局長。
「オーウェン様から聞いたんですよね?ルカ君の呪いのこと」
当たり前のようにそう言われて驚いたけれど、素直に頷いた。
「全部伝えるのがやはり正解だったみたいですね」
「……え?」
「彼がずっと言っていたんです。全部話してやれって」
「オーウェン様が?」
「えぇ。僕もそうしたかったんですけど、立場上それはできませんでした。なので、オーウェン様にチャンスがあれば話しておくように頼んでいたんです」
「そうだったんですか」
まさかそんな話を二人でしていたとは……。
「ルカ君がね、呪いのことや自分の身に起こったことの全てを、クレアさんにだけはどうしても秘密にしたいと言っていたんです。僕はそれを尊重しました」
「『患者の守秘義務』という観点からも話せませんでしたしね」と眼鏡を押し上げながら言う薬局長。
「でも、クレアさんにしてみれば、わけがわからないまま突き放されるなんてつらいですよね」
「はい。教えてもらえて良かったです。進むべき道もなんとなく見えましたから」
私の言葉に、薬局長は優しく頷く。
「僕もオーウェン様には感謝してます。そして、あなたの破天荒な行動力にもね」
「え?」
なにか変なことしたっけ?
首をかしげる私を、薬局長が楽しそうに見た。
「あのオーウェン様を、公衆の面前でお誘いしたって聞きましたよ?そして2人で出て行ったって」
「なっ!!!」
思ってもみない話に言葉が出なかった。
言われてみればそういう形なのかもしれないけど……でも絶対そんな変なつもりなんてない。
「まぁ、いつだって噂話の中心にいるような人なので、あの人は気にしないと思いますし大丈夫ですよ」
「私が嫌なんです!」
「あはは!それ聞いたらオーウェン様どんな顔するんでしょうね~」
楽しそうに笑って、「それじゃあルカ君のところにいってきますねー」と行ってしまった。
噂話って、あのメイドネットワークにも広がってしまうのだろうか?
うーん、だとしたら一斉にお城中に広まりそうだなぁ。
「……まぁしかたないか」
どうせオーウェン様だって気にしないだろうし、どうでもいいや。
そう思った私は、調剤の仕事へと戻っていった。
それから1時間後のことだった。
「……戻りました……」
事務所の扉が開き、薬局長が入ってきた。
「あ、お疲れ様です。……っ!? な、なにかあったんですか?」
少々乱れたワイシャツにクロスタイ、鞄と丸めた白衣を手にした薬局長を見て私はびっくりした。
こんな彼を今までに見たことがない。
ドッと疲れた様子の彼は、体を引きずるようにデスクまで歩くと、鞄と白衣をドスンと机に置いて「はーーー」とため息をついた。
「大丈夫ですか?」
「……死ぬかと思いました。あんな殺気をまき散らされたら、たまったものじゃありません……」
そう言って薬局長は私を見た。
「クレアさん。……オーウェン様との噂、否定してまわってください。僕の命にかかわります」
「え……でもそのうちおさまるし、別に放っておけばいいかなって……」
「いけませんよ。嫁入り前の女性が、あんな適当な男との噂を放置しておくなんて」
「……なんかさっきと言ってることが違いません?」
「ルカ君が誤解……、いや心配していますから。彼を安心させてあげてくださいね!」
……ルカ、薬局長になにしたの?
眼鏡をはずして両手で顔を覆いながら、「はぁ~」と目頭を押さえる薬局長。
「……なんかすみません……お疲れさまでした」
「いいえ。これも仕事のうちですので……」
でももう経験したくないですね、と力なく笑う彼に、なぜだか私が謝ってしまうのだった。




