57.呪いの真相3
「たださ、この『黄泉の手』はあんたがそばにいなくたって、ルカの中にあり続ける。どちらにしてもルカは孤独だよな」
ずっとああやって、人と距離を置いて、思ってもいないことを言って、一人で生きていく……ルカがルカじゃなくなっていってしまう。
「ルカはすごくいい子なんです。いつもニコニコしてたし、優しかったし、色々助けてくれたし、みんなから慕われていました。私、年上なのにいっつも助けてもらってた」
幼い頃から学生時代のルカの姿が、一気によみがえる。
記憶の中の彼は、いつも金の髪の毛をさらりと揺らして、笑っている。
「私は、ルカの日常を取り戻したいんです。私がそばにいない方がいいならそうします。でも、ルカを助けるためなら、殺されそうになったとしても離れません」
絶対に見捨てたりしない。絶対にルカを取り戻す。
ぎゅっと口を結ぶ私をみて、オーウェン様はニヤリと笑った。
「ははっ!いいね。覚悟決まってるじゃん。命がけの愛だな」
「!! あ、愛っていうか……推しです!!」
「推し?……また変なこと言いだしたな」
私の言葉に、オーウェン様は一瞬目を丸くしたけれど、すぐに呆れたように笑う。
「まぁいいや。でもさ、さっきも言ったけど、『一人も死人を出さずに解呪』っていうの、忘れんなよ?」
「……死人が出るような方法なんですか? 今わかっている解呪方法って」
私がオーウェン様を見ると、彼は小さくうなずいた。
「ただ本当にそれで解呪できるかはわからない。そして万が一解呪できたとしても、その方法を誰も望んでいない。
だから、この方法は聞くだけ聞いたら、選択肢から外せ。本当は教えたくもないけど、ルールそのものを理解しないと呪いの本質が見えないからな」
よっぽど教えたくないみたい。
珍しくオーウェン様が言いよどんでいる気がする。
「オーウェン様……どんな方法なんですか?」
ドキドキしながら聞く。すっかり冷めたコーヒーが黒く冷たく光っている。
「古代魔術書の解呪方法には、ざっくり言うとこう書いてある。
『解呪に必要なのは、相思相愛の相手に呪いを渡すこと。
渡すといっても呪いが移るわけではなく、相手の死の瞬間に呪いが消える』」
「……相手の死の瞬間……?」
「つくづく最低な呪いだよな。作ったやつの性格がひん曲がりすぎてて気分悪い」
「ルカと相思相愛の人が呪いをもらって死ぬと、ルカは助かるってそういうことですよね?」
……それがこの呪いのルール。唯一の解呪方法……。
ルカから呪いをもらう……でもそれって具体的にはどうやって……?
「……お前何考えてる?」
その言葉にはっと顔を上げると、オーウェン様が私を思い切りにらみつけていた。
「一瞬でも『自分が死ねばいい』とか思わなかったか?」
「……そ、そんなことは……ただ、呪いをもらうってどうやるのかなぁって……」
オーウェン様は、はーーっと思いっきり大きなため息をついた。
「いくら呪いが解けたって、お前がいなくなったらそれでいいなんてことないだろ。それで生きていくルカのこと考えてみろ。最悪だ」
「私だってさすがに身代わりで死のうなんて思いませんよ!!ってちょっと待ってください。別に私とルカは相思相愛とかそんなんじゃ……」
「あーもう今さらそういうのいいから」
めんどくさそうに言われて、なんだかすごく恥ずかしくなる。
取り繕うように私は口を開いた。
「だいたい相思相愛って、なんで呪いがわかるんですかね?」
「な。ほんと。好き嫌いなんて口ならどうだって言えるからな」
「……オーウェン様。そういう人なんですね」
やっぱりなぁと思っていたら、心底嫌そうな顔をされた。
「別に俺がそうってわけじゃなくて、口なら何だって言えるって話だ。あいつだってそうだろ。あれだけ右手を真っ黒にしといてあんたを振ったんだ。口なら何だって言えるじゃねぇかよ。それを真に受けるお前もお前だけど」
「そっか……ってなんで私が振られたってわかるんですか!?」
びっくりしていると、オーウェン様はごくごく普通に私を見た。
「あ、やっぱりそうなんだ?ここ最近あんたおかしかったからなー。どうせあんたが、ついぽろっと言っちまったとかそんなんだろうけどさ」
「……」
どうしてこうも言い当てるのだろうか。
上に立つ人というのは、ものすごい観察眼があるものなの?
「満月も近いし、タイミング悪すぎるだろ。振るしかなかったあいつが不憫すぎる」
何も言えなくなる私に、オーウェン様は「まぁ、その話はおいといて」と続ける。
「そもそも『相思相愛の相手に呪いを渡す』ってのもあいまいな表現なんだよなー」
「どうやって渡すんですかね?手をつなぐ、とか?でもそれで相思相愛かどうかなんて呪いがわかるのかなぁ」
首をひねる私とオーウェン様。
彼にもわからないことがあるんだなぁ。
「この呪いって、心に思いっきり反応してるんだよな。術者の想いまで乗せてるような最悪のタイプだろ?たぶん、感情の変化を見極めてるんだろうな。こんな呪いを作るような天才は、表面上の嘘を見抜くシステムなんて簡単につくれたんじゃねぇの?」
「この呪いには、嘘をつき通せないってことですね?」
「たぶんね。人間の言葉や行動を越えた、感情に反応してるとしか思えないな。だいたい、相思相愛じゃなくたって色々できるわけだし」
「いろいろ?」
首をかしげる私に、オーウェン様は普通に言った。
「色々。あれこれ。男と女だし?」
「……オーウェン様。最低ですね」
「だからなんで俺をそういう目でみるわけ?」
「イメージです」
「あんたの中で俺ってどういうイメージなんだろうなぁ」
彼はソファの背もたれに寄りかかって天を仰ぐ。
「なんにしても、あんたを受け入れたら終わりだってわかってたから、表面上だけでもあいつはあんたを遠ざけた。それをわかってやってあげな」
「……私のためを思ってくれている、ってことですよね」
「むしろそれしかない」
その言葉にドキリと心臓が浮いた。
オーウェン様がちらりと私を見る。珍しくやわらかな紫色の瞳。
「だから、もうあいつの言葉は信じなくていいって。ぜーんぶ裏だから。顔だけ見てりゃあいつの考えなんてわかるだろ」
そうかもしれない。
冷たいことばかり言われるし、全然顔を見せてくれないし、視線も合わないけど、それも全部裏だとするなら……。
ドキドキしてどうにもならない気持ちになる。今すぐルカの顔を見たくなった。
「お前らの嘘なんて呪いは多分お見通しだ。不必要に近づくのはまずいと俺は思う。あんたを殺さないために、死ぬ思いであんたを拒絶したルカの気持ちを考えると、余計にな」
「近づかずに、私は薬をとにかく作る。そういうことですよね?」
「そう。今のところ、あんたの薬が一番解呪に近そうだからな」
私の薬が、解呪への道かもしれない。
私はぐっと両手を握る。
「前に貸した魔道具使ってる?」
オーウェン様の言葉にはっと我に返る。
「あ、はい!使ってます。毎日取り組んではいるんですけど、赤まで行く気が全然しなくて」
「今何色?」
「前よりもくっきりと紫に変わるようになってきました。でも3秒くらいですけど」
「2段階目にはしっかり入れるようになったわけか」
オーウェン様はソファにもたれかかったまま目を閉じる。
「満月まであと5日……。死ぬ気でやれよ?」
「……こわっ」
「ははっ!冗談。まぁ全然期待はしてない。紫でも上等だ。薬づくりにどこまでこの成果が表れるかわかんねぇけど、できることは全部やっとけ」
「可能性があることなら、全部やります!」
そう言い切った私に、オーウェン様はゆっくり目を開けると私を見た。
何を言われるのかと思ってそわそわする。
「お前、見た目と違ってガッツあるよなぁ」
観察するように私を見ながら、指先でこめかみを抑える。
「癒しの女神っていうか、もっとこう泥臭いやつだよな、中身が」
「……誉め言葉として受け取りますね?」
「十分褒めてる」
そう言って笑うオーウェン様に、私も笑ってしまうのだった。




