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56.呪いの真相2

「確か5年くらい前だったな。ルカが騎士団に下働きとして入ってきたのは」


 オーウェン様は静かに語り始める。


「あいつ真面目だったし、しかもあの頃は人当たりも良かったみたいでさ、下働きの頃からまぁまぁ人望があった。

 身寄りがない中で必死に頑張ってるっていう同情票もあったし、しかもクレアちゃんも知っての通り、あの見た目だろ? けっこうモテてたみたいなんだよな」


 学校を離れてもそうだったのね、と納得する私。


「でさ、2年の下働き期間を終えて正式に入団する直前だよ。あいつが呪われたのは」


「……なにがあったんですか?」


 ごくりと息をのむ私。


「この話、俺は直接見てないんだ。その頃はちょうど仕事で他の国へ行ってたからな。だから、お前もそのつもりで聞いてくれ」


 こくりと頷くと、オーウェン様は口を開いた。


「魔術師団の女が、ルカに呪いをかけたんだ」


「え、魔術師団?」


「そう。話によるとだいぶあいつに付きまとってたみたいだな。で、ある日そいつは、魔術師団の立ち入り禁止の書庫から、古代の魔術書を盗んだ」


「古代の魔術書、ですか。もしかしてそれが禁書?」


「そう。古代の呪いの魔術が載っている本だ。そこに載っていた方法で、あいつを呪ったらしい」


 ドクンと心臓が嫌な音を立てる。

 私はぎゅっと拳を握りながら、オーウェン様を見た。


「……その人はどうなったんですか?今もいるの?」


「死んだよ。もういない」


「!」


 息をのむ私に、オーウェン様は淡々と語る。


「呪いというのは、必ず自分に跳ね返ってくるもんだ。しかも、その女が使った古代魔術は、膨大な魔力を食う。普通の魔術師じゃあ扱えない代物だ」


「……すごい人だったんですか?」


「いいや、階級的には一番下。経験年数だって2年かそこらの魔術師だ。

 そんな奴が使う魔術じゃない。だからこそ、新月になると、呪いの力があそこまで弱まるんだろうな」


 普通の呪いはそんなヤワじゃないんだぜ?

 そこでオーウェン様は小さく笑った。


「じゃあその人は、どうやってルカにその魔術を使ったんです?」


「呪いっていうのは、大抵の場合、魔力とともに術者の体の一部を差し出す。

 だいたいは髪の毛とかさ、そういうのなんだけどな。

 そいつは、髪の毛くらいじゃその魔術を扱えないとわかっていたから、命そのものを差し出したんだ」


「……命?……命と引き換えにルカを呪ったっていうこと……?」


 震える私に、オーウェン様が静かにうなずいた。


「そうなるな」


「どうして?どうしてそんな……」


「好きだったんだろ。あいつのことが。手に入らないから呪う。よくあるやつだ」


 吐き捨てるように言うオーウェン様。

 私はシャロン様の言葉を思い出す。



『恨みや憎しみだけでなく、愛が大きすぎるゆえに呪いをかける、という人間も一定数いるのですわ』



 ……本当にそんな人がいるんだ……。


「大切に思う人を苦しめるなんて……そんなの……おかしくないですか……?」


 胸が嫌な気持ちでいっぱいになる。

 ルカのことを思うのであれば、そんなこと絶対にできない。

 全然気持ちがわからない。


「可愛さ余って憎さ百倍ってやつだ。俺も全然理解できないけど」


 オーウェン様はコーヒーを一口飲むと、話を続ける。


「あいつの受けた呪いは、古代魔術の『黄泉の手』っていうんだけど、その手に触れられた者は全て灰に帰す。黄泉の手を持つ者の意志は関係ない。ここまでは知ってるよな」


「灰になるところを見ました」


 大きな魔物も、まっすぐに伸びた大木も、ルカが触れたその瞬間に灰になった。


「こんな物騒な呪い、何のためにあると思う?」

「……なんのため?……目的があるんですか?」


 眉を寄せる私に、オーウェン様はこくりと頷いた。


「呪いには全て目的がある。古代魔術の作り手は、『相手にどうなってほしいか』を考えた上で魔術を編むからな。そういうの今は禁止になってるけど」


「……黄泉の手はなんのためにあるんですか?」


 ドキドキしながらそう聞くと、オーウェン様はじろりと私を見る。


「簡単に言えば、術者の独占欲だな。もしくは異常な執着心。

 黄泉の手は触れたもの全てを灰にさせる。

 つまり、その手を持った人間はもう誰にも触れられなくなる。触れたら即死だからな」


 彼の言葉が、頭の中で響く。

 独占欲、執着心、誰も触れられない……。

 ドクドクと心臓の音が大きくなってゆく。


「わかるか? 術者はルカに誰にも触るなって言ったんだよ。

 自分が選ばれないならば、誰も選ぶなってことだ」


 ぐらりと視界が歪んだ。

 頭を殴られたみたいにくらくらとする。


「……そんな意味が……?あの右手に?」


 大きな魔物を一瞬で灰にしたルカ。

 私とトーマ様を助けてくれた、あの時の彼の後姿が思い浮かんだ。

 赤黒く腫れた痛々しい右手……。


 彼は誰も選ばないかわりに、その力で私たちを脅威から守ってくれていたんだ。

 満月の英雄として、命を削りながらずっと。

 そんなルカを思うと胸が張り裂けそうだった。


「さらにこの呪いの最悪なところは、術者本人がいなくなっても、『その意志が黄泉の手として相手に宿る』ところだな」


「……術者の意志が宿る?」


「黄泉の手は『誰も選ぶな』という意志を乗せた呪いだ。つまり、ルカが『誰かを選ぼうとした瞬間に呪いの力が増幅』する」


 もう考えたくない、これ以上聞きくない、そんな思いで顔をしかめる私にオーウェン様はズバリと言った。


「つまり、お前を殺そうとしてるんだよ。黄泉の手が勝手に」


 言葉が出なかった。

 ひゅっと空気がのどで詰まる。


「ルカがお前に惹かれれば惹かれるほど、術者の意志である黄泉の手が、勝手に力を増幅して暴走する。お前を殺そうとするんだ。お前を選ばせないためにな」


 オーウェン様の紫色の瞳を、ただじっと見つめることしかできない。


「これはルカが抑えようとしたって無理だ。

 あいつも相当粘ってはいるみたいだけど、内側からの魔力を抑え込むなんて、そこそこの魔術師だって無理なんだからな」


「……どうしたらいいんですか?私は……」


「あんたがそばにいればいるほど、呪いの力は強くなる。測定値があがるのもそれが理由。薬のせいじゃない」


 そう言ってオーウェン様は私を見る。


「新月明けのあいつの瞳の色も、あんたが気づけないのも無理はない。呪いの力があんたを拒もうと勝手に魔力をあげて、あんたの前ではルカを黒髪黒目に戻しちまうんだからな」


「……わたし、いない方がルカのためになるってこと?」


「ある意味ではそうとも言える」


 きっぱりと言われて、頭が真っ白になった。


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