53. ルカの秘密を私は知らない
「さて。推しの話はここまでにして、本題に入りましょうか。
あなたが、特別調剤を降ろされてしまった件について」
シャロン様はそう言うと、美しい瞳をきらりと光らせた。
「この間の特別調剤を見せていただいた限りでは、とても問題があるようには見えませんでしたけど……ただ一つ気になる点は、私もありましたわ」
「……なんですか?」
「あなたの問題ではなくて、ルカ様の数値です」
その言葉にドキリとした。
そういえば先日、特別調剤に来た時に、シャロン様はものすごく真剣にデータを見ていたのだ。
「ルカの数値、なにかおかしかったですか?」
「……実はあなたが毎日とっていた数値、以前に比べるととても高かったんです」
「え?」
「私がルカ様の処置をするのは、満月の夜、もしくはルカ様があの力を使った後。どちらも呪いの魔力が高まっている時ですが、その時の数値よりも高かった。
一瞬、見間違いかと思いましたわ」
彼女はきっぱりそう言って私を見つめた。
考えたくない可能性に声が震える。
「……それってつまり……」
「えぇ。呪いの力が強くなっている、と考えるのが自然ですわね」
凛とした声で言い切った彼女。
目の前が真っ暗になった。
「ルカ様にはあなたの薬が効くから、あなたが特別調剤をしていた。私はそう聞いています」
「……はい。薬局長にはそう言われました」
私が特別調剤を始めてから呪いの力が強まっているのだとすれば、原因は私の薬……?
「でも、私の薬を飲み続けてもらうことになっているんです。
ルカに飲ませるのは薬局長なんですけど……」
ドキドキする胸を押さえながら言う私に、シャロン様は頷いた。
「フランツ様になにかお考えがあるのだろうと思って、私は数値を見た時に何も言いませんでしたけれど……」
「……薬局長からは、何も聞いていないです」
「そうですか」
彼女は小さくうなずいた。
「きっと違う観点から見ていらっしゃるのでしょう。あの方は計り知れない方だから」
たぶん、薬局長推しのシャロン様じゃなくてもそう思うだろう。
彼が何を考えているのかはわからないけれど、ルカが苦しむような選択は絶対にしないはずだ。
「呪いというものは、術者の影響も受けやすいですし、もしかしたらそれが原因かもしれませんわね」
「それ……どういうことですか?」
術者……?
その言葉は、私の胸に小さいけれど確実に穴をあけた。
そこから、もやもやと黒い渦が湧いてくる。
「ルカ様の今の状況は、『彼を呪った人間の影響を受けている』ということです」
「……え?」
ルカを呪った人間……?
黒い渦がぐるぐると私をからめとっていく気がして、めまいがした。
「あの……ルカは誰かに呪われた、ということですか?」
私の質問に、シャロン様が首を傾げた。
「えぇ。そのようです。実は私も彼の呪いに関しては、そこまで詳しくは知らないのだけれど……あなたもご存じなかったの?」
「……知らなかったです……私、てっきりなにかの間違いとか、魔物とかそういうものかと……」
ドクドクと鼓動が早まり、息がしづらくなってくる。
「だって、ルカは人から恨みを買うような子じゃ……」
そういえば、私はルカの呪いの影響は知っているけれど、なぜ呪われてしまったのかは全く知らない。
どうしてルカがそんな目に遭わなくてはならないのか。
動揺する私の肩に、シャロン様がそっと触れた。
「落ち着いてね、クレアさん。恨みや妬みから呪おうとする人間ももちろんいますが、それだけじゃないのですわよ? 愛が大きすぎるゆえに呪いをかける、という人間も一定数いるのですわ」
「それって、ルカを思う気持ちが強くて、という意味ですか?」
「そういう人間もいる、という話ですわ」
頷くシャロン様に、私は何と答えていいのかわからなかった。
「推しの幸せこそが一番であるのに、まるで理解できませんわね」とシャロン様は当たり前のように言う。
もやもやと、心の中が何とも言えない気持ちになる。
「どんなに理由があるにせよ、きっとルカ様はあなたに知られたくなかったのでしょうね」
優しい声色に彼女を見ると、美しい瞳をまっすぐに私に向けていた。
「たぶん、ルカ様の呪いはちょっと変わっているのだと思います。
私が解呪できない呪いなんて、これまでなかったんですもの」
きゅっと口を結ぶ彼女に、巫女としてのプライドを見た気がした。
「なにか普通にはないような、解呪方法があるのかもしれませんわ。
解呪方法がきっちりと定められている呪いは、それを破って解呪するのがけっこう大変なのよ」
彼女の言葉に私ははっとした。
だいぶ前にオーウェン様が言っていたのだ。
『呪いのルールも解呪方法も聞いてないってことか』
あの時、解呪方法があるのか聞いたけど、彼は答えてくれなかった。
今思えば、薬を使う方法に誘導された気もする……。
「私、オーウェン様に聞いてみます」
私の言葉にシャロン様がこちらを見る。
「……そうですわね。彼なら禁書のこともご存じでしょうし」
禁書?
初めて聞く言葉を、シャロン様は当たり前のように口にする。
私には、まだまだ知らないことがたくさんあるみたいだ。
「まぁ、あの方が素直にお話くださるかはわからないわね」
「……そこですよね」
ニヤリと笑うオーウェン様の顔が、もやもやと思い浮かぶ。
「やはりここは、頼れるフランツ様にお聞きするのが一番だと思いますわっ!」
「そ、そうですかねぇ?」
「えぇ!フランツ様から、オーウェン様に取り次いでもらうのです。
最近仲がよろしいようなので」
「最近仲良しになったんですか?」
「そのようですわね。意外と気が合うのかしら?
何にせよ、あんな奔放な方をお相手できるというのは、フランツ様の器の大きさがあってこそですわよね」
いつのまにか、薬局長について語りだしてしまったシャロン様。
私は生返事をしながら、大人二人から絶対に話を聞こうと決意したのだった。




