52.失恋?推しになさい!
ルカの特別調剤を降ろされてから3日目。
なんとか仕事をこなしつつも、私はふらふらと日々を過ごしていた。
返してもらった(突き返された?)クリームケースは、机の引き出しの奥にしまい込んだ。
今あれを見たらたぶん泣いてしまう。
在庫確認を終わらせ、薬局に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。
「あら、クレアさん」
見ると、麗しの巫女シャロン・メイリーがいた。
仕事中だったようで、彼女のそばには3人くらいのお付きの人が控えている。
「こんにちは、シャロン様」
挨拶したとたん、シャロン様がぐいっと私に近づいてきた。
視界いっぱいに彼女の綺麗な顔が映り、思わずのけぞる。
「な、なんですか!?」
慌てる私に、彼女はじぃっと丸い宝石のような青い瞳で私を見る。
「……元気ないですわね」
「えっ」
すっとあるべき距離に戻ったシャロン様に、私は顔をしかめる。
「なにかミスでもしたのかしら?フランツ様にご迷惑をおかけしたりしてないでしょうね?」
ドキリとして何も言えなくなる。
シャロン様はしばらく私を見ていたが、やがてこういった。
「あなた、今お時間あるの?」
「え、えぇと、30分くらいなら……」
「そう。じゃあいらっしゃい」
そう言って彼女は、私の手を取って歩き出す。
「え?あのどこですか!?」
「私の執務室よ。ちょっとお話しましょう」
え?と思った時にはもう手を取られていた。
細腕ながら力強い彼女に私は引っ張られるようにして、執務室へと連れていかれるのだった。
シャロン様の執務室は、白が基調の美しい空間だった。
カーテンや小物などは、彼女と瞳と同じブルーで、落ち着いた清潔感のある部屋だった。
しかも、すごくいい香りがする。
美しい人に似合いすぎていて、足を踏み入れるのもためらわれた。
「少しお待ちいただける?」
彼女は私をソファに座らせると、持っていた書類をデスクに置き、羽織っていたストールを外して近くの椅子にかけた。
何気ない行動だったけれど、見とれてしまった。
容姿が美しいだけではなく、惹きつけられてしまう。
この空間で見る彼女は、本当に美しい絵のようだった。
「それで?一体何があったのかしら?」
「……実は、ルカの特別調剤を降ろされてしまったんです……」
私の前に座ったシャロン様は表情を変えることなく、真面目な声で言った。
「それはフランツ様のご意向なの?」
「わかりません。でもルカには負担だったみたいで、彼からやめてほしいと言われてしまいました」
あの時のルカを思いだすと、胸が張り裂けそうになる。
「……たぶん、私がうまくできなかったからだと思います」
私の言葉に、彼女はしばらく黙っていた。
「クレアさん、特別調剤のことはあとで聞かせていただいてもよろしいかしら?」
「え?」
突然の彼女の言葉に私は首をかしげる。
「あなた、ルカ様の言葉に傷ついているのではなくて?」
「!」
驚く私をシャロン様はじっと見つめている。
「仕事を降ろされたことよりも、ルカ様に拒否されたことが悲しかったんじゃないかしら?」
どうしてそんなことがわかるのだろう?
やっぱり巫女ってすごいんだなぁ。
そう思った私だったけれど、いつのまにか目からは涙がぽろぽろとこぼれていた。
ひとしきり泣いた私は、恥ずかしさと申し訳なさで、縮こまっていた。
シャロン様はあたたかいレモネードを私に淹れてくれて、私の隣の席に座っている。
「すみません、突然泣き出して」
「いいのよ。誰だって泣きたくなるときくらいありますわ」
「ねぇ、クレアさん。あなた、ルカ様のことがお好きだということなのかしら?」
「あの……はい。好き、です。好きだと気づいてすぐに振られちゃいましたけど……」
「あらまぁ。秒殺?」
「……び、秒殺でした……っていうかそんな言い方されたら、また泣きますけど」
「意外ですわね、ルカ様。……他に見初めた方なんて居なそうなのに……」
文句を言う私の言葉など聞く気もないようで、シャロン様はあごに手を当てぶつぶつと何か言っている。
「なんですか?」
「いいえ。なんでもないです。クレアさん、好きではなくて、推しにしたらいかが?そうすれば万事解決です!」
「……推し?」
突然の提案。
「そう。推しです。好きではなくて推し!推しとは存在しているだけで尊いもの!推しに自分の気持ちを押し付ける必要などないのです」
彼女はまるで布教活動でもするかのように、とうとうと喋り始める。
「ルカ様を推しにすれば毎日幸せですわよ。あの方は色々と面倒そうですが、とりあえず生きていればそれだけでいい。推しの幸せが私達の幸せなのです。おわかりかしら?」
「……え、えぇと……でも、ルカの日常を取り戻したいなって思っているんですけど」
「ですから、推しの日常のためにがんばればいいのよ。好きな人のためにと思うと、見返りを求めてしまうでしょう?」
「そういうものでしょうか?」
「親子や聖人でもない限りそうですわね」
胸を張ってそういうシャロン様に、私は一つの疑問をぶつけてみる。
「巫女って聖人なんじゃ……?」
「あら、私は職業が巫女なだけで、ただの人間ですわよ?」
「……切り替えがプロですね」
「よく言われますわね。すべてフランツ様のおかげですわ」
シャロン様は楽しそうに笑う。
そっか、そういえば薬局長を猛烈に推していたんだわ、シャロン様。
「……シャロン様は薬局長推しなんですよね?」
「えぇ!毎日が楽しくて幸せで、もう満ち足りていますわ!」
「……すごいですね。でもどうしてそんなに薬局長を押しているんですか?」
私の言葉に、シャロン様は一瞬ピクリと体を固めた。
しかし、すぐにふわりと笑う。
「まぁ、色々あって落ち込んでいるときに、彼が言ってくれた言葉のおかげですわね」
『お休みの日は、本来の私のままでもいい』
『本来の私と巫女としての私、どちらも大切にしないと倒れちゃう』
『激辛料理を食べていた本来の私はとても楽しそうだ』
「この言葉が神のお告げのように、私には聞こえましたわ。あの休日の昼下がり!!」
「……どういう状況だったんでしょうね?(激辛?)」
「彼は、その時まだ赤ん坊の娘さんを抱いていました。その瞬間、私は彼を推しにすると決めたのです!」
なるほど。
フランツ薬局長をガチ推しした瞬間というわけね。
薬局長に子どもがいなければ、ガチ恋になってた可能性もあったのかもしれないけど。(シャロン様、その辺りは常識的な人でよかった!)
「『推し』の言葉の力は偉大でしたわよ。少し力を抜く、ということを覚えて、うまくバランスをとれるようになってきたのです。
なによりも『推し』が本来の私を認めてくださったので、何も怖いものはなくなったのですわ。本当に感謝しているの」
「……ちょっと薬局長……!」
思わず私はつぶやいてしまった。
胡散臭いけど、まぁ良い人だと思ってはいた。
しかし、一人の悩める女性を救っていたかと思うと、尊敬しないわけにはいかなくなる。
「とにかく!あなたも推しという概念をお持ちになったほうがよろしいと思いますわ!ルカ様をなにかグッズとともに奉りなさい!」
「……け、検討します」
勢いに押され、とりあえずそう返事しておいた。(グッズってなんだろう?)
でも、失恋を悲しんでいた自分が、ものすごくちっぽけに思えたのは確かだ。




