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51.薬局長不倫疑惑? 優しさの形はそれぞれです

 どのくらいの時間がたったんだろう。


 一人で泣いていた私は、ふぅっと息をついて立ち上がる。

 鏡を見なくてもわかる、目が真っ赤にはれ上がっているだろう自分の顔。


 今さらどうしようもない。

 このまま帰るわけにもいかないし、一度薬局に戻ろう。


 私はなるべく顔を見られないようにしながら、下を向いたまま速足で薬局へと戻る。



 すでに閉店時間を過ぎていた薬局は、事務所だけ明かりがついていた。

 そっとドアを開けると、デスクにいた薬局長が顔を上げる。


「おかえりなさい、クレアさ……」


 そこで彼は珍しく固まった。


「……おつかれさまです」


 何とかそういった私は調剤鞄を置き、特製の白衣を脱ぐ。

 なるべく顔を上げないようにしながら。


「聞いたんですね、ルカ君から」

「……すみません、私が上手くできなかったみたいで……」


 そう言った瞬間、また泣きそうになる。

 薬局長は静かに立ち上がると、私の近くへとやってきた。


「そんなに目をはらすほど、ショックを受けてしまったのですね。すみません」


 悲しそうなトーンの薬局長に、こちらも悲しくなる。


「クレアさんが悪いわけじゃないんですよ。あなたの薬が効いているからこその交代なんです。ルカ君の治療が、次の段階へと移ったと思ってください」


「……ありがとうございます……でも、私ルカにすごく迷惑をかけていたみたいで……」


 先ほどのやりとりが、ぶわっと頭の中を駆け巡る。


『負担。これ以上耐えられそうにない』


『もう関わらないでほしいんだ』


『そういうの、もうやめてほしい』


 再び胸をえぐられたような感覚に襲われ、私はぎゅっとスカートをつかんでうつむいた。



「ルカ君、どういう伝え方をしたんでしょう……」


 ぼそりとつぶやく声は、呆れと怒りが混ざったようなトーンだった。


「変に真面目過ぎるというか……ルカ君には、もう少し上手い言い方というものを覚えていただきたいのですけれどもねぇ……明日、要指導ですね」


「なんですか?」


「いえ、こちらの話です。とにかく、ルカ君が日常を取り戻すための新しいステップに移ったんです。何もショックを受ける必要なんてないですよ」


「はい……」


 薬局長の優しさに救われると同時に、もう一つ救われたことがある。

 さすがの薬局長も、たった今私が失恋したことなど、思ってもいないということだ。

 ルカに告白めいたことをうっかり言ってしまい、秒で振られた。

 私の涙の原因はこっちの方が大きいのだけれど、そんなこと口が裂けても言えない。

 このまま気づかないでいてほしい、と思っていた時だった。



「お疲れ様です。点検終わりました。私はこれで……」


 そう言いながら、あの効率第一の先輩が事務所に入ってきた。

 そして泣いている私と、すぐそばで慰めていた薬局長を見て固まる。


「え……これは……薬局長?」


 先輩は顔をしかめて薬局長を見る。

 みるみるうちに彼女の顔色が変わっていく。


「薬局長……職場の女の子を泣かせていいと思っているんですか!?」

「え?」


 本日2度目の固まる薬局長。(激レア!)


「クレアさん、目が真っ赤じゃないですか!なにか意地悪言ったんですか!?パワハラ? それともまさか彼女がおっとりしているのを良いことに、こんな夜の職場でなにかよからぬことを……既婚者のくせに……ありえませんよ!?」


 彼女はバーッとそう言って私の肩に手を載せる。


「せ、先輩……!!」


 優しい!効率第一でけっこう怖いと思ってたけど、こんなに熱くて優しい人だったんですね!!


「ちょ、ちょっとまってください!僕は何も……クレアさんからも言ってください!誤解ですよね!?」


 いつも飄々としている彼が、ここまで焦っているのも珍しい。


「ダメですよ、泣いている子にそんなこと言うの!さらなるパワハラですからね!!」


 先輩はそう言って、思いっきり顔をしかめている。


「あの、僕になにか恨みでもあります?とんだ濡れ衣なんですけど……クレアさん!ちょっとなんでまた泣くんですか!?」


 ごめんなさい、薬局長。

 上手くしゃべれないし、失恋で泣いてますなんて絶対言えないし、もう面倒なのでこのままでいさせてください。

 一瞬そう思ったけれど、さすがに申し訳ないので、私は先輩を見た。


「せ、先輩。私大丈夫なので……薬局長は全然悪くないんです」


 そう言ったところで、先輩は首を振るだけだった。


「いいえ、黙っていてはいけないわ。クレアさん。泣き寝入りは絶対だめよ」


 思い込んだら一直線の先輩の誤解を解くのに、10分ほどかかってしまった薬局長と私だった。

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