50.最後の特別調剤
だいぶ慣れてきたはずなのに、ルカのことが好きだと気づいてしまった今の私にとって、この特別調剤はものすごくハードルが高かった。
なに、この目の色を見るとかって?
見つめあうってことでしょ?ありえなくない?
今までそんなことを、まるで思えなかった自分もありえないけど。
そんなことを考えながら、私は調剤鞄から必要なものを取り出す。
ルカの視線を感じるのは気のせいだろうか?
今まではわりとうつむいていたり、あまり近づいてこなかったルカなのに、今日はとても近い気がする。
落ち着かない。
「えっと、それじゃあ見ていくね」
ドキドキしながらそう言って彼を見ると、まっすぐな視線とぶつかった。
心の奥底まで覗かれてしまうんじゃないか、と思うくらいの強い視線に私は心臓が砕かれそうになる。
「えっ……と……うん。黒いです」
パッと彼から目をそらし、書類に書き込む。
髪の毛も黒かったし、顔色も普通だった。たぶん。
もう一度彼の方を向くなんて、どうしてもできそうもない。
私はドキドキしすぎて、震える手を抑えつつペンを走らせる。
「えぇと、次は……測定だね」
測定器を出すと、ルカも静かに左腕を出す。
……ちょっと待って。なんかダメだ。
私、ほんと心臓が口から飛び出そうなんだけど……。
測定器をなんとか巻き付けた私は、スイッチを入れる。
静まり返る部屋に、ピッピッという電子音が響く。
気まずすぎて、どうしていいのかわからない。
ちらりとルカを見ると、彼はじっと測定器を見つめていた。
唇をぐっと噛んでいるように見える。
「どこか痛い?」
思わずそう聞くと、ルカは私を見て首をふる。
「いや。……どうして?」
「なんか辛そうな表情してたから」
「……大丈夫」
「そう。どこかおかしかったらすぐ言ってね?」
一瞬、何かを考えたように動きをとめたルカだったけれど、すぐに小さくうなずいた。
「数値は……変わらずだね。いつも通り」
測定器を取り外しながらいうと、ルカはため息をついた。
「大丈夫だよ。上がってないんだもの」
私の言葉に、ルカはまた苦しそうな顔をした。
……不満、なのかな?
上がってないけれど、下がってもない。そう思っているのかもしれない。
「薬、飲んでみて」
私は調剤セットを取り出した。
ラムネを一つ口に入れると、少し落ち着く。
「それ、ひとつくれる?」
「……え?」
突然の言葉に驚く私。
振り返ると、ルカがじっとこちらを見ていた。
「ラムネ」
なんだか嬉しくて、私は鞄からラムネを一つ取り出した。
「はい。おくすりラムネ。どうぞ」
「……ありがとう」
「こちらこそ、この前はプリンをありがとう。すごく美味しかったよ」
「……クレアが何も食べてないの、珍しかったから」
気まずそうに言ったルカに、頬が緩んでしまう。
「うん、ありがとう。プリンのおかげで元気でた」
手にしたラムネに視線を落としたまま、ルカがふわりと笑う。
予想外の彼の表情に、ぐわっと私の全てが持っていかれた気がした。
ドキドキと心臓はうるさいし、耳は熱いし、頭がドクドクしてるし、もう本当に体がおかしいことになっている。
「ラムネ、食べないの?」
「うん。……あとで」
ルカはそういって、ラムネを大事そうに胸ポケットに入れる。
それを見て、なんだかほっとした私は調剤に集中することにした。
魔力カプセルを精製水に入れて、ポーションが完成する。
「はい。どうぞ」
出来立てのポーションをルカに差し出す。
「クレアの調剤は、やっぱり特別だね」
ルカは、ポーションをじっと見つめながらそう言った。
「そうかな?」
「うん。昔っから思ってた」
「……ありがとう」
こんな風に、正面から言われるとは全く思っていなかった。
学生の頃のルカなら言っていた。覚えている。
でも目の前の、黒髪のルカがこんな風に思っていたとは驚きだ。
嬉しい。
嬉しいんだけど、ちょっと怖い。
なにかが少しおかしい気がする。
彼がこんなにも素直なことって、今までにあっただろうか?
新月のルカならまぁわかる。
でも、今目の前にいるのは黒髪のルカなのだ。
違和感を覚えつつも、自分が「恋」という思いを抱えていることに気づいてしまったので、「もしかして私が変になってるだけなのかも?」「いつもと違う受け取り方をしてしまっているだけなのかも?」と思ってしまった。
ルカが薬を飲み、2回目の測定をする。
やはり、2回目はがくんと数値が下がっていた。
「……これ、やっぱり薬が効いているのかなぁ?」
「そうかもしれない」
数値を見る私に、ルカも頷いた。
どうしたらこの効果が続くのだろう?
明日になったら、きっとまた元に戻ってしまう。
「……もっと私がいい薬をつくれるようにならないと」
そうつぶやいた私に、ルカが言った。
「違うんだ」
彼を見る。
「なに?」
「違うんだ、クレア。薬は悪くない」
「……え?」
どういう意味?
ルカをじっと見つめると、彼は内ポケットからあのクリームケースを取り出した。
「!それ、やっぱりルカが持ってたのね? ちょうど今日聞こうと思ってたの」
「ずっと持っててごめん」
彼はそう言って、私にクリームケースを差し出した。
見慣れたクリームケースをそっと受け取る。
手にしっくりとなじむ大きさに、思わずほっとする。
「ううん、いいの。中身、もうないんじゃない? 新しいの、いれようか。ちゃんと普通の傷薬にするよ? 香りのないやつを……」
「いらない」
「……え?」
「いらない。俺にはもう必要ない」
「そ、そう、なの……」
言葉の強さにびっくりした。
いらないのはわかったけど、そんな言い方……。
「クレア、この特別調剤。今日で最後にしてほしい」
突然言われたその言葉の意味が、全然分からなかった。
「ルカ……何言ってるの?」
「昨日、薬局長にも話をした。承諾してもらったよ」
ここに来る前に、薬局長が私を呼び止めたことがふっと思い出される。
「でも……でも、薬は?治療はどうするの?」
「クレアが薬局で作った薬を、薬局長に持ってきてもらう」
……私の作った薬を飲むけれど、それを薬局長がルカに渡すってこと?
「……私、うまくできなかった? ルカには負担だったのかな?」
「負担……そうだね。俺にはちょっと耐えられなそうだから……」
うつむくルカ。
右手をぐっと握りしめている姿に、本当に辛かったのだろうということがわかる。
思い返してみれば、本当に困った顔ばかりさせてた気がする。
「そっか。……ルカは辛かったんだね、ごめん。私、全然わかってなかった」
泣きそうだ。
「私はルカを助けられるんじゃないかって、嬉しかったよ。薬飲んでもらえたのも、ちょっとだけど話をしたりするのもすごく嬉しかった」
一度しゃべりだしたら、止まらなくなりそうだ。
「ルカのことすごく大切だから、絶対に助けたいって思ってたんだけど……」
私がそう言うと、ルカは握ったこぶしをさらに強く握る。
「……もう俺に関わらないでほしいんだ。前にも言ったけど、幼馴染とか、そういうのも全部忘れてほしい」
「幼馴染なんて関係ないよ。私はただルカが好きなだけでっ……」
そこまで言って固まってしまった。
……私は今なにを……。
はっとしてルカを見る。
彼は、しばらくうつむいたまましばらく動かなかった。
すぅっと息を吐くと、私を見た。
「クレア……。そういうの、やめてほしい」
黒い瞳が怖いくらいに私をまっすぐに見ている。
あぁ、本当に困らせているんだ。
私がそれを理解した瞬間、ぽろりと涙が零れ落ちた。
ルカは苦しそうに唇をかむと、立ち上がりそのまま部屋を出て行った。
ばたんとドアが閉まり、一人になった部屋はしんとして耳が痛い。
「うぅ~……っ……」
一人椅子に座る私は、声を押し殺して泣くことしかできなかった。




