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48.【ルカ視点】「俺の想いが叶ってはいけない」

 薬局長は、一枚の紙をひらりと差し出した。

 そこには、ここ数日間の魔力の数値、つまり俺の呪いの力を示す数値が書いてある。

 薬を飲む前と、飲んだ後の2つの数値だ。


「気づいていたと思いますが、あなたの呪いの数値がどんどんあがっています」


「……はい」


「クレアさんの特別調剤を機に、ぐんぐん上がっているんです。これ、結構レッドゾーンですよ」


 数値の書いた紙を俺に見せながら、ペンで数値を指し示す。


「そして、これは今僕が測った数値です。クレアさんの特別調剤の数値に比べてがくんと下がってますよね?」


「グラフにするとこういうことです」と言って山型の線を引いた。

「頂点が昨日薬を飲んだ後ですよ。今日はここ」とふもとに点を書いた彼。


「この意味、わかりますか?同じ薬を飲んだのに、与える人間が違うだけでここまで下がるんです」


 まっすぐに俺を見る。刺すような視線だ。


「……わかってます」


 クレアがそばにいると、数値が上がってしまう。

 そんなのわかってる。

 そして、どうしようもないこともわかっていた。

  

「このことは、クレアには言ってませんよね?」


「はい。数値の意味も、呪いのルールも彼女は知らないはずです」


 薬局長はしばらく黙り込んだ。


「話してみたらどうですか?呪いのこと。あなたの身に起こっていること全てを」


 ……話す?

 こんなにひどいルールばかりの呪いを全部……?

 ドクドクと右手が脈打つのがわかり、思わずぐっと握りしめる。


「なにも知らずに突き放されるのは、あまりにもかわいそうだと思いますよ」


「でも……クレアを巻き込みたくないんです。もしものことがあったら……」



 昨日のクレアを思い出す。

 落ち着きがなく、調剤に失敗していたクレア。

 体調不良だと思い、薬局へ返すつもりで、少し強めに彼女に言い聞かせた。


『今日くらい俺の言うこと聞いて』


 しかし、その時に俺を見るクレアの瞳は、いつもと違った。

 困ったような、それでいて何かを訴えるような熱を帯びた瞳。

 今までクレアは、俺にあんな目を向けたことはなかった。


 だから気づいてしまったのだ。

 彼女が俺をどう思っているかを。

 ……泣きたいほど嬉しいのに、それ以上につらい。


 クレアを受け入れられたら、どんなにいいだろう。


 でも、それは同時に彼女の死を意味する。

 俺の想いが叶ってはいけない。

 それが、俺を蝕む呪いのルールの一つだ。


 俺が勝手に彼女を好きな分にはいい。

 我慢すればいいだけの話だ。


 でも、クレアが俺を選んだ瞬間、彼女の死が決定してしまう。

 それだけは絶対に避けなければ。


 そんな思いを巡らせていると、薬局長が言った。


「……クレアさん、見た目と違って結構破天荒ですしねぇ」

「破天荒……」


 思わず呟くと、薬局長が笑う。


「そう思いません?」


 長い時間一緒にいるとわからないかなぁ、と言いながら彼はこちらを見る。


「一生懸命すぎて、危なっかしい時がある。だからあなたは、呪いの全てをクレアさんには言いたくないんでしょうね」


「……そうかもしれません」


 静まり返る部屋。時計の音だけがコツコツと鳴り響いている。


「僕がクレアさんに特別調剤を頼んだ理由はね、ルカ君にクレアさんの薬が効くだろう、という判断もあるんですけど、もう一つ別の狙いがあったんです」


 薬局長を見ると、彼は笑みのない真面目な顔で言った。


「あなたが『生きることを望む』んじゃないかと思って、彼女にお願いしたんです」


 ……生きることを、望む……?


「呪いの数値が少し上がったとしても、あなたが『生きる希望を持つこと』がまずは大事なのではないかと思ったんです」


「もちろん、あまりに危険な場合は止めるつもりでいました。

 あなたにはだいぶ無理をさせてしまったかもしれませんが、あの頃と比べると心は生きやすくなったんじゃないですか?」


 そう言って、深い瞳で俺を見る。


「そう……だと思います」


 あの頃――呪われてクレアと再会するまでは、本当にいつ死んでもいいと思っていた。

 こんな呪いを背負って生きているのがつらかったし、呪いの力で称えられるのも嫌だった。


 自分を痛めつけるかのように討伐に出ては、今日も死ねなかった、と帰ってきた。

 ただ生かされていただけだったように思う。


 けれど――

 クレアから毎日薬をもらって、彼女と話して、数値を見ては「明日にはよくなるかも!」と励ましてくれる彼女に、俺は本当に救われていた。


 明日のことを考えてもいいと思えたし、彼女を他の奴らに渡したくないと思っていた。

 距離をとろうと必死になりつつも、彼女に焦がれていた。

 死のうとしたことなど忘れていたのだ。



「……俺は、もう少し生きたいと思うんです」


 彼女と、生きたい。


 胸がぐっと詰まった感じを抑えながら、何とか絞り出した言葉。


「少しと言わず、長生きしましょう」


 薬局長はしずかに微笑んだ。


「薬局長……お願いがあります」


 すっと視線をこちらに向ける薬局長は、きっと何を言うのかわかっているのだろう。


「クレアの特別調剤、やめられませんか?」


「……薬は続けた方がいいですよ。ただ、投与する人間を変えるのはアリですね」


「そうしたいです。……満月も近いし」


 右手を見る。

 右手の状態で、空を見なくても月のサイクルがわかるようになってきてしまった。


 このままクレアと関わっていたら、たぶん満月の夜にはとんでもないことになる。


「あなたがいいなら、そうしましょう。そろそろ変え時だと僕も思っていました。数値的に見てもね」


「お願いします」


「では、明日からにしましょう。クレアさんには直前に薬局でポーションをつくってもらいます。それを僕が届けて数値を測る。いいですね?」


「はい」


 彼の言葉にうなずく。

 仕方ない。

 これはクレアを守るためでもあるのだ。

 右手をぐっと握る。


「僕から彼女に伝えましょうか?」

「いえ、今日自分で言います」

「そうですか」


 彼はしばらく俺を見ていたけれど、やがて立ち上がった。


「ルカ君。あなたの想いに勝手に反応するのが、その『黄泉の手』の呪いです。彼女を守るために距離をとるのですから、自分を責めないでください」


「……もう、これ以上傷つけたくないんだけど……」


「しばらくは近づかせないように僕も配慮しますから、ルカ君も耐えてください。突き放す以外にもやり方があるでしょう?」


「俺、そんなに器用じゃないんです」


「……困りましたねぇ」


 呆れたような、でもどこか優しい表情で彼が俺を見る。


「じゃあもう徹底的に避けるしかないですね。顔を見ない。これにつきます」


「……わかりました」


「今日がクレアさん最後の特別調剤です。訓練終わりにお伺いすると思います。 よろしくお願いしますね」


 薬局長はそう言うと、静かに部屋から出て行った。


 ……クレアと直接会うのは、きっと今日が最後だ。

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