47.【ルカ視点】嫉妬・イライラ・毒舌 欲求不満の英雄
昼食後、俺は一人医務室にいた。
今日は月に一度の定期健診の日だ。
毎日クレアが特別調剤にやってくるので、今さら検診をする必要があるのかはわからない。
いつも座る椅子で専属魔薬師が来るのを待つ。
普段よりだいぶ落ち着いていられるのは、相手がクレアではないからだろう。
……勝手に置いたプリン、食べただろうか。
俺の行動に気づいた同僚が、ニヤニヤしながら「抜け駆けじゃん?」と言ってきたので、思いっきり虫退治しておいた。
抜け駆けなんかじゃない。
はじめからお前らとはスタートラインが違うんだよ。
いい加減にしろ。
もう一発殴っても良かったな、と心底思う。
……目指すゴールが、俺の前からなくなっただけ。
そこまで考えて、自分の右手が憎らしくなった。
もう一生彼女に触れることは出来ないのか……。
しばらくするとノックの音がした。
「お待たせしました」
いつもの笑みを浮かべて、医務室に入ってきた眼鏡の男。
「こんにちは。ルカ君。お久しぶりですね」
彼は鞄を机に置きながら、俺に話しかける。
「お元気でしたか?」
椅子に座った薬局長は、にこりと微笑んで俺を見た。
「おかげさまで」
「それはなによりです。毎日薬も飲んでくださってるようですしね」
彼はそう言いながら小さくうなずくと、鞄から測定器を取り出す。
もう測定?
クレアのペースに慣れてきてしまった今の自分にとって、視診はしないのか?とつい疑問に思ってしまう。
彼女はいつも「今から診ます」というように、俺をまっすぐに見つめてくるのだ。
あれは本当に心臓に悪い。
この人のように、いつの間にか終わらせてくれるとありがたいのに。
慌てて左腕を出すと、測定器を巻き付けながら彼が言った。
「あなたもお忙しいでしょうし、ちゃちゃっと終わらせましょうね」
忙しいのはたぶん彼の方だろう。
専属魔薬師として、俺以外にも見ている患者がいるはずだ。
彼は測定器の数値をじっと見つめた。
丸眼鏡の奥の目がしゅっと細くなる。
あまりに真剣に見ているので、自分の中を覗き込まれている気がして落ち着かない。
やがて「うん。なるほど」と言って測定器を外した。
「定期健診は、さすがに僕がやらないとだめですからねぇ。クレアさんの特別調剤はまた夕方、ということで」
数値を紙に書きつけながら、おっとりと言うこの男。
どう答えろというのだろう。
「そうですね、楽しみです」とでもいえばいいのだろうか。
俺が黙っていると、彼は楽しそうにこちらを見た。
「クレアさん、トーマ王子にプロポーズされたんですってね」
「!」
思わず固まる。
「聞きましたよ。あなたもトーマ王子に発破かけたって。おかげで早く大きくなるために、野菜を頑張って食べているそうです」
くすくす笑う彼に、気まずさと何とも言えないイライラが募ってくる。
「……どこからそれを?」
「王子本人ですよ。さっきお会いしたんです」
「ライバルが王子様ってすごいですねー、ルカ君」
「子どもですよ?」
「なおさらすごいですよね」
……そんなのわかってる。
4歳相手に、バカバカしいくらいに張り合ってしまった自分。
最悪だ。
しかもあの後、俺はクレアに何を言った?
頭を抱えたくなる。
思い出したくもない。
「……あんまりからかわないでくれます?イライラがおさまらないんで」
「おやおや、珍しいですね。いつも落ち着いているルカ君なのに。欲求不満ですか?」
癪に障る言い方をするので、こっちも言い返す。
「当たり前でしょう。思うように動けないことに、イライラしない奴なんていない」
すると、そこでやっと彼が心から笑い出した。
「あはは!素直に認めたと思ったら、どうにでも取れる発言ですよねー。さすがルカ君。賢いです」
「……ほんといい加減にしてください。王子やら同僚やら、揃いも揃ってなんなんですか。クレアにポーション作らせるのやめてくださいよ。あぁ、エーテルもですね。あれは絶対に嫌です」
不満を吐き出したら止まらなくなった。
すると、彼は微笑みながら頷いた。
「ため込みすぎてたんですね。いいですよ。どんどん吐き出しちゃってください。その方が右手も楽になるんじゃないですか?」
「……もういいです」
ばつが悪くなった俺は、彼から視線を逸らす。
「ルカ君、本当に変わりましたね」
今度はなんだ?と、いいかげん嫌になりかけた時だった。
彼は先ほどとは違い、まっすぐに俺を見ている。
「ちゃんと『生きて』ます」
その言葉に胸をえぐられた。
「怒らせてしまってすみませんでした。
でもね、イライラも嫉妬も、全部生きている証拠。
人生をあきらめかけていた時のあなたは、もういませんね」
この人が数値だけでなく、本当に俺の中身まで見通していたことに、言葉にできない思いが込み上げてきた。




