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45. 「今日くらい俺の言うこと聞いて」

 自分の気持ちに気づいてしまったその日。

 夕方の特別調剤は散々だった。


 ルカの目の色どころか、髪の毛を見るのもドキドキし、測定器を巻く際も震えて落としてしまうし、白衣の胸元に刺したペンを探してうろうろしたりと、自分でもどうした!?というくらいどうしようもなかった。


 調剤に至っては魔力をカプセルに注入させるところで、1度失敗してしまった。


「……ご、ごめん。やり直すね。……疲れてるところ、ほんとに申し訳ない」


 自分のダメダメなところをこれでもかと披露してしまい、ルカをみることができない。


 割れたカプセルを取り除きながら、新しいものを準備しようとした時だった。

 ずっと黙っていたルカが口を開いた。


「大丈夫?」


 見ると、ルカが心配そうに私を見ていた。

 彼の瞳を見て、かっと顔が熱くなる。


「だ、大丈夫!うん、ごめんね!次はちゃんとやるから!」


 私は逃げるようにぱっと彼に背を向けると、調剤の準備を始める。


 ……ダメだ私。

 ルカのこと見れない。

 ドキドキと心臓の音がうるさい。

 息がうまく吸えない。

 どうしよう、これ調剤できるのかな。


 浅くなった呼吸を整えようと目を閉じる。


「大丈夫大丈夫。できるよ私」


 そうつぶやいて、そっと目を開ける。


「!?」


 びっくりして飛びあがる。

 目を開けた瞬間、ルカが覗き込むように私を見ていたのだった。


「なっ……!?」


 言葉が出ない。

 この至近距離は心臓に悪すぎる。

 私は胸を押さえながら、一歩後ろに下がった。


 その仕草が、私の具合を悪く見せたらしい。

 自分が原因だとは思ってもいないであろう彼が、私に言った。


「……どうしたの?クレア、具合悪いんじゃない?」


「だ、大丈夫!大丈夫だよ。元気だから!!ほら、私ちょっとくらい具合悪くても薬飲めば大丈夫だし、けっこう薬漬けなのよね、職業柄!!」


「……それ、やばくない?」


 何を言っているのかわからなくなる私に、ルカは冷静にツッコミを入れる。


「とりあえず座りなよ」


 ルカに言われ、私は椅子に座る。

 これじゃあどちらが患者かわからない。


「なにかあった?」


 あなたが好きだと気づきました。

 とか言ったらドン引きだよね。うん、自分でも思う。


「……べつに何もないよ」

「でも、調剤に失敗するクレアなんて、今まで見たことがない」


 眉根を寄せるルカに、私は首を振った。


「失敗ばかりしてるよ、私。ほんと、自分でもなにしてるんだろって思う」


 それに比べて……私はルカを見た。


「ルカはすごいよね。今日の訓練もすごかったし、王子の前に突然呼ばれてもちゃんとしてたし……なんでもそつなくこなすところ、うらやましいなって昔から思ってたの」


 私の言葉に、ルカは一瞬驚いたように目を開いた。

 そして視線を落とす。


「……そう見えてたならよかった」

「え?」

「変なところ、見せたくないってずっと思ってたから」


 小さな声でそう言ったルカは、口元に手を当てる。


「クレア。俺は一日くらい薬を飲まなくても平気。もういいから休んだら?」

「ダメだよ。仕事だし、ルカに何かあったら嫌だし……」

「俺だってクレアに無理させたくない」


 ルカはそう言って私をじっと見た。

 思いきり見つめられて、私は思わず目をそらす。

 ドクドクと体全部が心臓になってるみたいだ。

 静まりかえる部屋。

 ルカの視線をものすごく感じて、居心地が悪い。


「……絶対おかしいだろ」


 そんな声とともに、ルカが立ち上がった。


「終わり。帰って」

「え?」


 見上げると、ルカが口を結んで私を見ていた。


「体調管理も仕事のうち」

「でも、別に体調が悪いわけじゃ……」

「挙動不審すぎるだろ。いつもしない失敗してるし」

「そうかもしれないけど、でも」

「クレア」


 ルカの左手が私の肩をがしりと掴む。


「今日くらい俺の言うこと聞いて」


 ルカは私を見つめる。

 突然の至近距離に、私は動けなくなる。

 ただじっと彼を見つめ返してしまう。


 心配してくれている彼の優しさと、それを嬉しく思う自分に気づいてしまった。

 なんだか泣きそうになる。


「……っ……」


 数秒後、ルカが気まずそうに視線を外した。

 何か言いたげに口を開いた彼に首をかしげていると、彼はぶっきらぼうに言った。


「行くよ」

「え」

「薬局」

「でも……」

「『でも』っていうの、もうやめて」

「……え」


 そんなに言ってたかしら?

 何も言えなくなる私を見て、ルカが少し笑ったような気がした。




 薬局は混み合っていた。

 入口から普通に入って行くルカに、私は後ろからついていく。

 カウンターで接客をしていた薬局長が、私とルカを見て目を丸くした。



「おや、珍しい。ルカ君、どうしました?」

「体調悪そうなので連れてきました」

「おやおや、そうでしたか。わざわざありがとうございます」


 ルカにそう言うと、薬局長は私を見る。

 表情はいつもと同じだけれど……ほんとに体調悪いのか?って顔してる気がする。


「今日は薬、飲んでません」

「……すみません、調剤にちょっと失敗しちゃって」


 表情は(略)……お前、ちゃんと仕事しろよって顔してる気がする。


 気まずさでいっぱいになっていると、薬局長が言った。


「クレアさんはとりあえず事務所で休んでください。ルカ君、ありがとうございます」


 ルカは薬局長に頭を下げると、私をちらりと見て、薬局から出て行った。


「すみません。私、大丈夫なんです」

「そうなんですか?」

「そうなんです!ほんとに。ルカが心配症だっただけで……」


 そこまで言ってなんだか恥ずかしくなる私。

 薬局長はにこにこ笑ってこちらを見ている。


「……なんですか?」

「え?僕は何も言ってませんよ? 微笑ましいなぁとは思いましたけど」

「……」


 あぁ、もうほら。こういう人ですよね。

 見た目優しそうなのに……。

 からかう気満々の笑みですよね。


「そういうのって薬じゃ何ともできないんですよねぇ」


 意味深に微笑む薬局長に、私は恥ずかしさで隠れたくなるのだった。

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