44.小さな王子様VS英雄(←4歳相手に大人げない)
気づいてしまったらもうダメだった。
ルカの一挙手一投足に、自分の全てがぐらぐらと揺れ動くのがわかる。
トーマ王子と話をしているルカは、いつもよりも穏やかな表情をしていた。
あの頃のように、柔らかい瞳でまっすぐにトーマ王子を見つめ、彼の話に優しくうなずいている。
そうなんだよね。ルカ、昔から優しいんだもの。
いつだって私の話を聞いてくれていたし、困ったときは助けてくれていた。
いくら呪いがあるとはいえ、ルカの根っこの部分は絶対に変わらないはずだ。
そう思いながら、ルカを見ていた時だった。
「クレアちゃん!なんでそんなにうしろにいるの!?」
突然名前を呼ばれ、はっとした。
トーマ王子が口を尖らせて私を見ている。
「こっちに来て!いっしょにお礼を言おうねっていったでしょ!」
トーマ王子がトコトコとやってきて、私の右手をがしっと掴む。
彼に引っ張られるようにして、私はルカの前へと引きずり出されてしまった。
ばちりとルカと目が合い、ボンっと耳まで熱くなった気がする。
気まずすぎてすぐに視線を落としてしまった。
トーマ王子は、にこにことルカに話しかけた。
「ね、英雄さん。クレアちゃんだよ。僕にお薬を作ってくれているの」
「……存じ上げております」
「あのね、クレアちゃんのお薬はすっごく甘いの。騎士団の人飲んだんだよね?英雄さんも飲んだ?」
ルカはちらりと私を見る。
そして、視線を落としトーマ王子につながれている私の手を見た。
……手?
「はい。私を含め、騎士団員が彼女に助けていただきました」
うつむいてそう答えるルカ。
「そっかぁ!英雄さんだけじゃなくてみんなも助けたなんて、やっぱりクレアちゃんはすごいんだね!」
トーマ王子はそう言って私を見上げると、つないだ手をぶんぶん振った。
どう答えるべきかわからずに、へらりと笑っているとルカが言った。
「その節は、我らを助けていただきありがとうございました」
「あ、いえ……お役に立てて何よりです……」
突然のルカの言葉に、私はあわあわと返事をする。
これは完全に騎士モードだ。
一般庶民には刺激が強すぎる。
ルカはじっとこちらを見つめていたが、やがて視線をトーマ王子にうつす。
「殿下をお助けできたのも、彼女が身を挺してあなたをお守りしたからです。彼女がいなければ、私は間に合わなかったかもしれません」
その言葉にトーマ王子が私を見た。
「そっか。そうだね。あの時クレアちゃんも、僕を守ってくれたもんね」
トーマ王子は私の手を離すと、私とルカの前に立つ。
「英雄さん、クレアちゃん。助けてくれてどうもありがとう」
右手を胸にあて、小さく頭を下げるトーマ様。
それを見た瞬間、ルカと目が合った。
たぶんお互い同じ気持ちだったと思う。
((可愛すぎる!!))
小さな王子様にメロメロになる私と、口元を左手で抑えるルカに、トーマ様がちょこんと首をかしげる。
「なに?どうしたの?」
「な、なんでもないです!」
「ありがたきお言葉です」
私とルカの言葉に、トーマ王子は「ふぅん?」と不思議そうな顔をしていた。
「あのね、僕ね、大きくなったら英雄さんみたいになりたいの。強くなってかっこよく戦いたいんだぁ」
戦ってほしくはないですね、と後ろの方で執事さんがツッコむのが聞こえる。
そうですよね、一国の王となる人ですもんね、と心の中で同意をしていた私。
「それでね、クレアちゃんにお嫁さんに来てもらうの」
響き渡るトーマ王子の声と、「おぉ~っ!」という騎士団員からのどよめき。
ダンディ騎士もにこにことしている。
4歳児の言うことなので、真に受けるつもりなんてまるでない。
けれど……この場で言うことではありませんよ、王子!
「あ、あの、トーマ王子。それはちょっとどうかと……」
「え?でもさっき言ったでしょ?クレアちゃん予定ないって。だから僕がその予定もらおうかなって」
「トーマ様、プライバシーというものがありますので……」
突然暴露されたショックで何も言えなくなる私を気遣い、執事さんがトーマ王子に耳打ちをする。
ふとルカを見ると、片膝をついて、うつむいたままずっと固まっていた。
あぁ、これはクールモードですね?と思っていたら、すっと顔を上げる。
「殿下に見初められるとは、彼女も幸せですね」
「クレアちゃんのこと大好きだから。優しいし、お薬作るの上手だし」
褒めてくれるトーマ王子の気持ちはとてもうれしい。
けれど、ちょっと……ルカの表情が気になる。
「でも、早く大きくならないと、誰かに取られてしまうかもしれませんよ?」
ルカはそう言って、トーマ王子をまっすぐに見る。
「え!そうなの!?」
「こういうのは早い者勝ちですから」
4歳児に向かって容赦ないな、と大人ならみんな思うはずだ。
でも次の言葉で一気に風向きが変わる。
「だから、好き嫌いしないで何でも食べてくださいね」
そう言ってにこりと笑うルカに、トーマ王子は力強くうなずいた。
「わかった!!今日からがんばってお野菜も食べる!!」
後ろで執事さんが「ありがとうございます!さすが英雄!!」と小さく拍手していた。
「それから……」
そう言ってルカが立ち上がる。
「ライバルがたくさんいるので、お互いがんばりましょうね」
その言葉とともにちらりと後ろを振り返るルカ。
騎士団員がわぁっと歓声を上げた。
「王子様がライバルとは手ごわいよなー」
「癒しの女神争奪戦だ」
「俺も参加しよっかなぁ」
口々に何かを言っている。
賑やかさの中、ルカは小さく頭を下げて王子から離れる。
そして私を見た。
「……みんなノリがいいんだね」
なにか話さなきゃ!と思って出た言葉がこれだった。
ルカはうなずいてから、小さな声で言った。
「俺だけスタートラインにすら立てないんだけどね」
「なに?」
私が首をかしげると、じっとこちらを見る。
……何か言いたげだわ。
「クレア、予定ないの?」
「うっ……」
そこを掘り返されるとは思ってなかった……。
「……ない、です」
なんでこんなことを言わされるのか。
恥ずかしさでうつむいてしまう。
「……よかった」
そんなルカのつぶやきに、私は顔を上げる。
「あるって言われたら、相手を灰にするところだった」
「え」
それってどういう……
「特にオーウェン様だと思ったら、ね」
なんでオーウェン様?
思わず顔をしかめてしまう。
「俺には予定をもらう資格なんてないんだけど……」
そう言いながら、刺繍入り手袋をした右手を見る。
「考えるだけですっごい腹が立つ」
ギリギリと右手を握り締めるルカに驚いて、ドキドキしながら見つめることしかできない私。
ルカは私に視線を移すと、静かに言った。
「この手じゃなければ、もらうのにな」
え。
思わずルカを見る。
黒い瞳が探るように私を見つめていた。
3秒くらい見つめあってから、ルカははっと我に返ったように目をそらす。
くるりと私に背を向けて歩き出した。
気まずそうに片手で口元を覆い、だいぶ速足で去っていく後姿を見て、私もじわじわと顔が熱くなってくる。
「クレアちゃん。どうしたの?」
トーマ王子が私の顔を覗き込んできた。
「なんでもないです」
両手で顔を抑えながらそう言いつつも、ドキドキしすぎて息が吸いづらくなっていた。




