43.気づいてしまった恋心
演習場の扉をあけると、屋内ながらとてつもなく広い空間が広がっていた。
私達がいる所は少し高くなっており、下の方にある演習場が見渡せるようになっている。
少し先に演習場へ降りる階段があった。
「降りてもいいの?」
と言って、手すりに駆け寄ったトーマ王子にダンディ騎士が言う。
「今は危ないのでお待ちくださいね。キリのいい所で止めるので」
トーマ王子は素直にうなずくと、手すりをつかんだまま演習場を見下ろした。
私達も彼に続いて、手すりから下を眺める。
たくさんの騎士たちが、数名ずつのグループにわかれて実戦形式で訓練をしているようだった。
「わあ!すっごい!!」と食い入るように騎士たちの訓練を見ていた。
ヒーローが大好きな男の子、という感じで目を輝かせるトーマ王子。
「音がすごいね!」「みんな痛くないのかな!?」「かっこいいなぁ~」と感想をもれなく言っている王子がとても可愛い。
微笑ましく思っていた時だった。
「あ!あそこにいたよ!英雄さん!!」
トーマ王子のテンションが一気に上がった。
そして、私も彼の言葉にびくっと反応してしまう。
彼の見ている方へ視線を向けると、確かにそこには黒髪のルカがいた。
ルカ対4,5人の騎士が木刀を構えている。
にらみ合っている彼らだったけれど、次の瞬間バッと相手役の騎士たちがルカにとびかかっていった。
ルカはそれらを木刀でいなしつつ、他の攻撃をよけ、くるりと敵の背後をとった。
一瞬の出来事に私もトーマ王子も唖然とする。
「すごーい!見た?クレアちゃん!!すごいね!!カッコいいね!!」
わーわー大騒ぎのトーマ王子。
見ました。もうばっちりと見てしまいました。
私はドキドキがますます大きくなり、ルカから目が離せなかった。
考えてみれば、彼がこうやって訓練しているところを学生時代からほとんど見たことがなかった。
同じ学科の子どころか、いろんな子が騎士科(というかルカ?)を見に行っていたけれど、私は行かないようにしていたのだ。
ただの幼馴染だから、わざわざ見に行く必要がないと思っていた。
今思うと、それって逆に意識していたのかもしれない。
「……本当に騎士なんだぁ」
思わずつぶやくと、トーマ王子が私を見る。
「ただの騎士じゃないよー!満月の英雄さんなんだからすごいんだよ!!」
まるで自分のことのように胸を張って誇らしげにするトーマ王子。
よっぽどルカに憧れているらしい。
一瞬にして背後をとられた敵役の騎士たちは「あー!もうなんだよっ!」「訓練でいろんな欲を発散してる聖人だからなぁ」「聖人っていうか変人だよな」と悪態をつきつつも笑っている。
ルカはというと表情をほとんど崩さず、額の汗を軽くぬぐっていた。
これは……ちょっと心臓が持たないかもしれない。
他の人を見ておちつこう。
そんなことを考えていた時だった。
「英雄さーん!」
隣にいたトーマ王子の高い声が響き渡る。
「え?」
驚いたのは私だけではなかったようで、その場にいた大人たち全員がトーマ王子を見る。
もちろんルカも、もれなくこちらを見ていた。
「英雄さーん!すごいねー!かっこいい~!!」
無邪気に笑って手を振るトーマ王子に気づいたルカは、驚きつつも小さく頭を下げる。
そして、すぐそばにいた私を見ると一瞬固まった。
彼に気づかれたことで、私まで固まりそうになる。
その時、ダンディ騎士がよく響く声で号令をかけた。
「そこまで!!トーマ殿下のご臨席だ。全員収め!」
ダンディ騎士の言葉とともに、ばっと全員が木刀を収める。
その速さと音にびっくりしていると、さらに彼が言った。
「トーマ殿下に敬礼!」
その場の全騎士がトーマ王子に向け、右手にこぶしを当て頭を下げた。
整列しているわけではなかったのだけれど、一糸乱れぬその動きに倒れそうになる。
「そんなのいいのに~」
と小さくつぶやいたトーマ王子はたぶん慣れているのだろう。
4歳とはいえさすが王子様。
圧倒されている私とは大違いだ。
「直れ!」というダンディ騎士の号令で、全員が直立不動になる。
いや、もうカッコいいんだけど、どうしましょう。
こんなにもまとまっているものなのね。
ちょっともう軍隊よね。
そりゃそうだ騎士団だもんね。
なんか知らない世界過ぎるし、一般人は三歩くらい後ろに下がっておきましょう。
混乱気味の私が、ドキドキしながら後ろにそっと下がった時だった。
「クレアちゃん?どうしたの?帰っちゃうの??」
王子がくるりと振り返って私に言った。
静まり返った演習場に響き渡る王子の高い声。
いや、もう存在を消したいだけなんですってば。
冷や汗をかきつつ「かっ、帰りませんよ」と言う。
「癒しの女神さまもご臨席だぞ。敬礼しておくか!?」
と楽しげに言うダンディ騎士に、下から謎の歓声が上がる。
「いやいや!!ほんと、大丈夫ですから!!」
思いっきり両手を振る私に、ダンディ騎士がますます楽し気に「断られたぞー」と下に報告するのだった。
階段を降り、演習場へやってきた私達。
トーマ王子は大興奮で、「わー、すごいね!広いね!!」ときょろきょろとあちこちを見回している。
私は黒子のように後方からついていき、なるべく目立たぬように気配を消した。
執事さんに王子の隣を勧められたけれど、丁重にお断りをする。
だってもう無理ですって。
慰労会の時もそうだったけど、迫力ありすぎるのよ。
人数もそうだし、大きいんですみんな。無理でしょ。
トーマ王子、一番ちっちゃいのになんでそんなに余裕でいられるのかしら?
ついそんなことまで考えてしまう。
「殿下、今日はなにか目的があるとお聞きしましたよ?」
ダンディ騎士がそういうと、トーマ王子はぱぁっと目を輝かせた。
「うん!そうなんだ!僕英雄さんにお礼を言いに来たんだよ!この前おっきな魔物から助けてもらったから!」
トーマ王子の言葉に、騎士団員の皆さんがぱっとルカを見る。
注目されたルカは、居心地悪そうに視線を動かしてから小さく頭を下げる。
「ルカ・エヴァンス。こちらへ」
ダンディ騎士がそういうと、ルカは周りの騎士たちに小突かれながらこちらへと歩いてくる。
このノリはだいぶ体育会系男子だなぁと思う。
王子が4歳だから怒られないと思っているのかもしれない。
訓練中だったためか、髪の毛が少々乱れてはいたけれど、あんなに動いていたとは思えないくらい落ち着いた表情でトーマ王子の前までやってきたルカ。
すっと片膝をつき、左手を胸に当て、刺繍のついた右手は隠すように背中へと回す。
「トーマ殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
あまりにも絵になる美しい姿。
本当に、私はこの人と一緒に十数年もすごしてきたのだろうか?
私の知っているルカだけど、全然知らないような感じもする。
そこにいるルカは、もう年下の幼馴染なんかじゃない。
一人の騎士なのだ。
そこに思い当たった瞬間、私の中で全てがカチリとはまった。
まるでパズルの最後のピースがはまったかのようだ。
ドキドキと心臓がさっきからうるさい。
胸いっぱいというよりも、なにかこう、感情が溢れだしそうでどうしようもないのだ。
気づかないふりなんてもうできなかった。
私は、ルカが好きなのだ。
幼馴染としてではない。
ルカ・エヴァンスという一人の人間が好きなのだ。




