4.黒い悪夢と、幼馴染の殺し文句
家の庭で私は幼馴染を待っていた。
朝の光が差し込むその庭は幼いころから一緒に遊んだ小さな庭だったけれど、花や緑に溢れた落ち着く場所だった。
「クレアちゃん!」
名前を呼ばれ振り向くと、小さな人影がこちらにやってくるのが見えた。
あれ?思ってた人じゃないな。ちっちゃい子だな。
ふわふわと柔らかな金髪に緑色の美しい瞳をした、天使のように可愛い男の子がこちらを見ている。あの子は……
「ルカ?」
私が声をかけると、その子は嬉しそうに笑ってこちらへ駆けてきた。
あれ?なんで子どもの時のルカなんだろ?
不思議に思う私の元へやってきた小さな幼馴染は、にこにこしながらキラッキラの瞳で私を見る。
「クレアちゃん。おくすりラムネちょうだい。あまいやつ」
小さな手が私の服の袖をちょんと引っ張った。
幼い子特有のとろりとあまい声と喋り方に、私も笑う。
夢っぽいなー、昔の夢を見てるんだろうなー。
頭のどこかでそう思いながら、私はポケットからラムネの包みを取り出した。
ルカが寂しい時や元気のない時に薬代わりにラムネをあげたのが始まりで、これを食べれば元気になり、楽しい気分になるとこの頃のルカは信じていた。
「はい、どうぞ」
顔を上げると、幼いルカはいつの間にか私と同じくらいの身長の少年になっていた。
びっくりして彼を見ると、緑色の綺麗な瞳で優しく微笑んで私の名前を呼んだ。
「ありがとうクレア。クレアの薬が本当に一番よく効くんだよ」
――気づけば、私の手の中のラムネはポーションの小瓶に変わっていた。
そして目の前の彼は学園の制服を着ているいつものルカだ。
「騎士科の生徒にも評判だよ。クレアの薬は甘くておいしいって」
「効果よりも味なのね?」
「効果はもちろん味もいいってことだよ」
幼い天使から美少年へとしっかりと成長したルカはくすくすと笑った。
「クレアの薬、本当は誰にもあげたくないんだ。だから、薬学科の実習で作ったものは全部俺にちょうだい?」
「うん、その代わりちゃんと効き目を私にレポートしてね」
「任せておいて」
笑顔で答えるルカに私も笑う。
いつものやり取り過ぎて、夢であることを忘れそうになる。
現実は試験も控えているし、目覚めたくないな。
そう思った瞬間だった。
あたりが一気に暗闇に包まれた。
「!?」
何も見えない。ただただ闇だけが続いている。
「ルカ!」
彼の名前を呼ぶけれど、その声すら闇に吸い込まれるようだった。
「ルカ!大丈夫なの!?どこにいるの!?」
私がそう叫んだ時だった。
少し先に金色の髪の毛が見えた。
「ルカ!」
駆け寄ろうとするけれど、まったく前に進めない。足を動かそうとしても重くて重くて持ち上がらないのだ。
思わず手を伸ばすと、先の彼がゆっくりと振り向いた。
「もういいんだ」
暗い漆黒の瞳を伏せながら、ルカはそんなことを言った。
知らないルカがそこにいるように思えた。私よりも背が高くて大人びて見える。
「薬じゃどうにもならない。俺には何の役にも立たないんだ」
その言葉に血の気が引くのが自分でもわかる。
「もう会うことはないよクレア」
徐々にルカの美しい金髪も闇と同じ漆黒に変化していった。
そして私に背を向けると、暗闇の中へとゆっくり消えていく。
「ルカ!待って!」
私は必死に彼を呼び止めるが、彼が振り返ることはなかった。
目が覚めると、涙で頬が濡れていた。
「やっぱり夢……」
まっくらで怖い。一人ぼっちで寂しい。
そして、もう会えなくなってしまった。
夢なのにそんな喪失感がすさまじい。
深呼吸して息を整えると、私は手のひらで涙をぬぐう。
子どものころの可愛いルカに会えたのはすごく良かったんだけど……。
「……ルカになにかあったんじゃないでしょうね」
ベッドから飛び起きてカーテンを開ける。
柔らかく差し込んできた朝の光は、隣に住むルカの家の庭も照らしており
世界はいつも通りのようだった。
なんとなくほっとした私は、制服に着替えはじめる。
それでも、やっぱり胸のざわつきが奥底に残っていた。
**********
「行ってきます」
玄関を出た私は、そのまままっすぐルカの家の庭に向かう。
うちの庭とは境目が合ってないようなものなので、幼いころから出入りは自由だ。
ずんずん進んでいくと、制服姿のルカが庭のベンチに座っていた。
「おはよう、ルカ」
「クレア。おはよう」
彼はゆっくりとこちらをみると、にこりと微笑んだ。
なんだかちょっといつもよりも疲れているように見えるけど……
「どうしたの?クレア。今朝はずいぶんと早いね」
「あ、うん、ちょっと変な夢を見ちゃって」
私はそう言ってベンチに座るルカをあちこちから眺める。
彼は困ったように眉を寄せながら、自分の髪の毛を撫でつけて言った。
「え、なに?なんか変?」
「ううん、変なところないかなって。今日みた夢の中でルカがちょっとね……」
「え、なに?不吉な夢を勝手に見ないでくれる?」
戸惑うルカにかまわず彼の周りをぐるぐる回り、特に髪の毛やら目やらをじっと見つめる。夢の中で真っ黒に変わっていたところ。
どうやら大丈夫そうだ。
いつも通りの綺麗な金髪と緑の瞳を確認した私は、安心して一人うんうんうなづいた。
首を傾げつつもおとなしくしていたルカは、「もういい?」と私を見上げる。
久しぶりに見る角度のルカは、夢の中の小さなルカを思い出させた。
「あーあ。あんなに可愛い時代があったんだよねぇ」
「え、なに?それ俺に言ってるの?」
「小さいころのルカも夢に出てきたの。すっごく可愛かったなぁ」
うっとりとため息をつく私に、ルカが笑う。
「まぁ気持ちはわかるよ。俺の全盛期だからね」
「……そうだねと言いたいけど、今もそうとうおモテになるみたいだから何とも言えないなぁ」
「そんなことないよ」
ここで否定するのがルカなんだよなぁ。
私がその容姿を持っていたら「まぁ否定はしないよね」とかいっちゃうのにな。
何にせよ、私にとってはいつまでも弟のような可愛い幼馴染だけれど。
「クレアは昔から変わらなくて可愛いらしいけどね」
「は!?」
思わぬ言葉にざざざっとルカから距離をとる。
「え、なんでそんなに驚くの?」
「いや、驚くでしょ。どうしたの?突然そんなこと言うなんて……」
熱でもあるの?とおでこに触れようとすると「え、そんなに驚くこと?」と首をかしげるルカ。
「思ってたことを言ってみただけなんだけどな」
「だからそれがおかしいって言ってるの」
今までにないことを急にしてくるなんて、熱以外になにがあるというのだ。
動揺する私の手を自分のおでこから外しながら、さらにルカが恥ずかしげもなく言う。
「クレアと一緒にいるのが嬉しいんだよ」
「……殺し文句よ、それ」
他の子にやってみなさい、と言おうと思ったらルカが急に真面目にこう言った。
「実習でね、騎士団員の話を聞いたんだ。やっぱり騎士団員ともなると、生死がどうなるかなんてわからない。だから、周りの人への感謝とか愛とかをちゃんと伝えておかないとその時がきたら後悔するって」
「……なるほど」
確かにそうかもしれない。
「だから、思ってることはちゃんと言っておこうと思って。クレアにも周りの人にも」
「それはいいことかもしれないわね」
納得してうなずく私に、ルカは優しく微笑む。
その顔を見て、私も思ったことを素直に言った。
「でもさ、ルカには無事でいてほしいな。ケガなんてしないでほしい」
「うん、そうだね。気を付けるよ」
「万が一の時は、私が絶対に治してあげるから」
「心強いよ」
そう言って笑うルカを見て、今日見た夢はただの夢だ。絶対にそうだと思った。
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